サムライ・ニッポンにようこそ。

 

 3年に一度、野球の生まれた国アメリカで行われる最高峰の野球の祭典の一つ、WBC[ワールド・ベースボール・チャンピオンシップ]。2回目となるこの大会。

前回優勝した日本代表に連覇の期待がかかる。


 その前哨戦ぜんしょうせんとも言うべき北京五輪で日本代表は金メダルを獲得。国民からの期待値はますます上がっていることは肌で感じられる。


 そして、俺もかなりこの合宿を楽しみにしていた。今回はMLBが主催者である大会ゆえに、メジャーで活躍する日本人選手も代表に名を連ねていたのだ。


 ボストン・レッドアックスの松阪まつざかさん。シカゴ・キャバリアーズ(キャブス)の富久留ふくどめさん。タンパベイ・レイザースの磐村いわむらさん。⋯⋯そしてシアトル・マトリクスのヰチローさんと錠島じょうじまさん。


 そうそうたる顔ぶれだ。国内トッププロの方々はおそらくシーズン中やオールスターやらで彼らとは交流があるのだろう。親しげに挨拶を交わしている。


 おぉ、あれがメジャー組かぁ。神々しいぞ。俺がいつもの一般人に戻っているとあちら「様」が俺を見つけて手を振ってきた。


「バンちゃん、噂の健ちゃんが来たぞ。」

磐村いわむらさんがヰチローさんが俺を手招きした。

「おー、ウチのシブチンのGMが7億円も積んだ健ちゃん……来たな。」

磐村さんが妙なところを感心している。タンパベイ・レイザースは昨年のドラフトで俺を1巡目、しかも全体1位で指名した球団で、俺はマイナー契約を結んでいる。


 「初めまして。沢村健さわむらけんです。よろしくお願いします。」

俺が一礼すると場違いな俺の堅苦しい挨拶に笑いが起こる。


「知ってるよ。日本人初のメジャードラフト全体1位で、契約金7億円で、五輪で金メダルを取った高校生とか、マンガの世界でも稀だろ。」

「俺が編集者ならアイデアの時点でボツだけどな。」


 今回の代表最終候補33人の中に前回の五輪代表の選手は俺を含めて12人しかいないのだ。残りのみなさんとも挨拶を交わす。まあすでに顔と名前はお互いに全員知っているレベルの有名人たちばかりだから、改めて覚える必要はない。


 翌日の16日から早速練習に入った。


  「うー、寒っ。」

 俺にとっては3年ぶりの日本の冬。さすがに埼玉の実家よりは暖かいが、ここ3年、短期留学先のフロリダの温暖な冬を味わい知ってしまった俺にとっては辛い。


 ただ、最初からなんとなくだが悲壮感が漂っていた五輪の事前合宿に比べると雰囲気は明るい。国民の優勝への期待が五輪に比べてさらに大きくなってしまっているのは事実だ。


 ただそれを重圧プレッシャーとして選手にそのまま背負わせてしまった干野ほしの陣営の失敗を反省材料としたのが大きい。波羅はらさんは監督して同じてつを踏まぬよう選手とのコミュニケーションを円滑にするためにオープンな雰囲気を作っている。


 それよりもメジャー組の存在が大きい。前回のWBCで優勝の原動力になっていたメジャー組が五輪では不在だった。残された国内組の選手たちには世界と戦う姿勢に迷いや不安があったのも確かだ。


 さらには体調や国際試合に不安を持つ選手が一律で辞退したことも大きい。五輪の時はみな体のあちこちに不安材料を抱えていたのだ。


 いずれにしてもみなさん、しっかりと身体を作ってきている。俺もブルペンに入る。今回俺は「投手枠」での招集なのだ。だから俺を「当落選上」だと考えている上の人たちに俺をお披露目する必要がある。


 俺の球を受けてくれるのはヰチローさんと同じシアトル・マトリクスの錠島じょうじまさん。それだけでも感慨深いのに、しかも監督やらコミッショナーやら顧問の尾羽おうさんまで見に来てるよ。投げづれぇわ。


「健ちゃん、気にすんな。」

錠島さんはそういうが、一球ごとに偉い人たちひそひそ何か喋りながらこっち見てるから気が気じゃない。


 別のところを見に行った3人。俺は投球練習を終えたあと投手コーチの矢間田やまださんに成否を聞いてしまった。


「いやいや、海外組は直接見る機会が少ないからね。健ちゃんは五輪で1勝2S。プロ実績は少ないけど国際試合の経験は豊富だからデンと構えてくれていればいいよ。」

海外組いうても俺はマイナーリーグですからね。


錠島さんにも褒められる。

「コントロールがいいね。フレーミングで誤魔化す必要もない。このコントロールで150出るとか、ほんとに高校生かよ。下手な変化球ならいらないレベルだな。」

「ありがとうございます。」

俺のコントロールは「魔法」じかけなんでセンチ単位で指示を受けつけますよ。

 

 

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