ソロ焼肉

あぷちろ

銀シャリの銀は銀河のぎん


 焦げ茶色の『焼肉』と名打たれた暖簾をくぐったその時から、戦いは始まっているのだ。

 黄昏時を過ぎた夕飯時。私は空腹による腹痛を耐え忍びながら店舗の框を跨ぐ。店内に入ると同時に鼻腔を直撃するのはメイラード反応を起こした牛肉の焼ける匂いだ。

 なんとも芳しく、なんとも甘美でなんとも――苦行じみているのだろうか。

 空腹の臨界を迎えている私にとっては既に毒のようなものだ。空腹時でもなければ消化を助けるようななんともであるのだが、今の私には薬も過ぎれば毒となる。

 ただ只管に――

「ぐぅ~~」

 腹の虫が悲鳴を挙げている。胃の内部では食物すらないにも関わらず多量の胃酸が産出され、口腔内には唾液が溢れる。

 そこな女性店員よ! 私はどうみても一人であろうが、早く席へと案内してくれ!

「じゅうじゅう」

 と肉と脂の讃美歌を歌う他席を後目に私は4人掛けの席へと通された。

 最近は一人用の座席に一人用のコンロ、そして目隠しの衝立まで設置された致せり尽せりの某博多ラーメン店仕様の焼肉店もあるらしい。

 一人用コンロ、これはまあいい。そもそも最初期の焼肉店では一人用と言わずとも二人用コンロしかない店もままあったはずだ。

 だが衝立はいらないだろう。そもそも焼肉店はコンロ設置の関係上多くとも6人掛け1台ほどのスペースで座席が完結する。すでにボックス席なのだ。敢えて一人用に省スペース化する必要性は、ない。

 故に私はそういったひとり焼肉専門店にはあまり行かない。4人掛けボックス席のど真ん中に陣取り、悠々と肉を焼く。それが私のソロ焼肉スタイルなのだ!

 そうこうしているうちにオーダーしていた生肉が届く。

 焼肉盛り合わせ税込み・3200円也。ハラミ、ロース、カルビが盛られている。さらに私は上タンを追加で注文していた。あと白米、ある意味ではこの輝く銀シャリこそ主役になるのだが……詳しい話はあとだ。

 ステンレスのトングを片手に持ち、いざ。

 先ずは上タンを網の上にのせる。

「じゅわ~~」

 と焼き石とバーナーの熱によって下部より焼かれたタンが身をくゆらす。

 この店は『タン』と『上タン』では全くもって切り身の厚さが違う。値段差が数百円程度であるのにも関わらず、厚さは体感2センチは違うだろう。

「じゅわわ」

 上タン片面の色が香ばしく変わる。私は変化を見逃さずさっと網から掬いあげた。

 タンは炙る程度で良い。食い放題などの肉の鮮度が劣る店で食うのならばまだしも、この店は牛一頭買いだ。肉寿司や刺し身などでも食せるほど新鮮なものを提供できる店なのだ。

 それに於いて、肉を念入りに焼く必要はなく――特にタンは表面を炙って余分な脂を落とす程度で良いのだ。

 タンはレモン汁に。

“旨い!”タンのしっかりとした歯ごたえと中に蓄えられた肉汁が舌の上で弾ける。口の中にタンが残っていようとも、次の一枚を網の上に落とす。

 鉄網が綺麗な最初期だからこそタンの繊細な味が輝く。タレものを焼いたあとではどうしても網に焦げが付くため、タン独特のさっぱりとした味が鈍るのだ。

 さっさと深く味わいながら全ての上タンを焼き上げ、胃の腑へと仕舞いこむ。

 次はロース、カルビ、ハラミだ。

「じゅぉお」

 タレ焼きのこうばしい香りが広がる。これらのタレ焼きはしっかりと焼く。これが私の流儀だ。

 しっかり焼いてるつもりでも、外観判断がしずらいタレ焼きでは、実際は丁度いいミディアムに焼き上がるのだ。

 焼き上がるロース、私は手前の焼肉たれにさっと浸し、白米の椀へとワンバウンド。


 宇宙が・広が・る。


 ロースの重厚さとくちどけの良い脂、そしてニンニク抑え目のタレが見事にマッチし、暴力的なまでのうま味を実現している。そこに入り込むのは白米の淡泊さ。無駄な暴力の化身アブラとタレを吸い込み、昇華し、一つの料理へと至る。

 これこそが焼肉の醍醐味、白米があってこそ焼肉という料理は完成へと至る。

 私は無我夢中で肉を焼き、白米を食す。肉の焼ける音以外聞こえず、他人への配慮も要らず。

 ソロ焼肉とはなんとも贅沢で甘美なのだろうか。





 おわり

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ソロ焼肉 あぷちろ @aputiro

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