第17話 三人の魔女
翔に言われて玲が一人でホテルの玄関外に佇んでいると、赤い外国車がホテルに到着し助手席の窓が下がった。
「君が、鳴瀬玲君?」
髪を夜会巻きにし真っ赤なルージュの女は、サングラスを下にずらして声を掛けてきたので玲は歩み寄った。
「はい。あの……翔さんのお姉さんですか?」
「そうよ。早く乗って!」
彼女は玲が助手席に乗り込みシートベルトを締めたのを見計らって、車を発進させた。
「大変だったわね。お兄さんの忘れ物を届けて、帰れなくなっちゃんだって?」
「はい」
「ここまではバスで来たの?」
「いえ。バイク便です。うちの兄は常に忘れ物をするので、馴染みのバイク便の人に、僕を乗せてもらうんですよ」
「馴染みのバイク便?あ、私は翔の一番上の姉の
一美さんの話しによると、二番目のお姉さんは仁美 《ひとみ》さん。三番目は
「ええと。仁美さんはモデルの仕事をしていて、一美さんがマネージャー。三春はメイクアップアーティストで、三人は撮影があるんですね」
「そういう事!よくできました」
一美の運転する車はホテルから一本道を十五分程行くと、白亜の館に到着した。
「部屋は散らかっているけど、気にしないでね」
……いや。これはダメでしょう。
玄関の靴は脱ぎっぱなし。服はその辺に置いたままの荒れた部屋に玲は唖然としていた。
「おかえり!一美姉さん。へえ?その子が翔のボーイフレンドなの」
シャワーを浴びたばかりなのか長い髪を拭きながら、セクシーなお姉さんが現れた。
大きく胸の開いたバスローブという刺激的な姿を見た玲は、自分を男の子と知ってのこの挑戦的な態度に大人の女の恐ろしさを見た。
「よろしく坊や?私は二番目の姉の仁美よ」
「こんばんは。僕は鳴瀬玲です。御世話になります」
お辞儀をした玲に、仁美はにっこりとほほ笑んだ。
「まあ、可愛い事。それよりも三春、ご飯は?レンジ使えるようになったの」
「やっぱりダメみたい。どうしようか」
キッチンの奥からもう一人、お姉さんが慌てて出てきた。
「ねえ!三春。この子が翔の大事な玲君よ」
ショートカットの色白な末妹は玲を見る余裕が無く慌てていた。
「あ?よろしく!ってところでさ。お湯を沸かそうとしてもガスもダメみたいだし」
「何やってんのよ。もう。お腹が空いたわ」
どうやら落雷のせいで電化製品の調子がおかしいようで彼女達はパニックになっていた。そこで玲はそっとキッチンに向かった。
「あの。僕キッチン見てもいいですか?あ、これはエラーが出ているから……」
そう言って玲は室外のガスの機械を見てエラーを解除した。
「お姉さま!ガスは使えるようになりましたよ」
「「「やったー」」」
「でも。この電子レンジは落雷でショートしたみたいで、壊れてます……」
「「「イヤーー!!」」」
「……どうしよう!食事は全部冷凍食品で済まそうとしてたのに」
三春は頭を抱えてしまったが炊飯器やガスは使えるようなので玲は彼女に向かった。
「あの、三春お姉さま。夕食は僕が作りましょうか?」
「え?君、料理できるの」
「はい。あの、この食材も使って良いですか?そうだな、四十分お待ちください」
玲は冷蔵庫の食材を使って、手早く料理を仕上げた。
「……はい。お待たせしました!」
冷凍庫にあったエビとアサリを使ったパエリア。新鮮な魚のカルパッチョ。イカのお刺身。ホタテのフライ。カレイの煮付け、シーフードサラダ。この豪華なテーブルに三人は我先にと群がって来た。
「うわ?アンタ何者なのよ」
「いいからどいてよ!一美姉さん」
「仁美姉さん!箸取って!」
「何を言ってんのよ!私が先よ!頂きまーす」
そしてイエーイとワインでカンパーイと、三姉妹は祝杯を上げた。
しかし、玲は散らかし放題の部屋が許せず少しずつ片付け始めていた。
「ところで……玲君?君って翔とはどういう関係なの?」
一美はカルパッチョを箸でつまみながら玲を見た。
「兄と翔さんは、同じ学校で友人で」
「ちがう、ちがう!君と翔の関係よ!この前、翔ったら奴、妙に嬉しそうにメールしているから、お風呂に行った隙に暗証番号を解除して私メールを見たのよ」
「一美お姉さま。それは犯罪です」
「いいの!で、内容は勉強のことだったけど、相手は全部、玲君なんだもの」
確かに勉強やバンドの練習や、執事喫茶のバイトの楽しい話しをやり取りしていた事を思い出していた玲を仁美は悪戯そうな顔で見た。
「もしかして君。翔の恋人?」
そういって怪しく笑う彼女は、焼酎のボトルを握っていた。
「それ本当なの?」
「超受ける!」
ギャハハハアと笑う三姉妹に玲はすっかりあきれていた。
……翔さんがいっていた魔女とはこのことか。
一美は知的な美人。仁美はとにかくセクシー。三春はとても可愛いのにスタイル抜群のこの三人の中身は、悪乗りが過ぎていた。
……でも。私は魔女三姉妹には、負けるわけにはいかないよ……
翔に正体がばれるわけにはいかない玲はふう、と息を吐いて動き出した。
「お姉様。グラスが空ですね」
玲はセクシー魔女達にお酒を注ぎ始めた。
「一美お姉さま。僕がブランデーを注ぎます。どうぞ」
「あら。気が利くのね」
「三春お姉さま。お酒は冷でよろしいですか?量はジョッキ半分で良いですか?」
「あ、お願い!かあー。美味い!」
「仁美お姉さまは、明日は撮影ですよね。焼酎は瓶のままで良いですか?」
「う、うん。君……かわいいね……」
「それほどでもないですよ」
このように三姉妹を酔わせて潰した玲は、それぞれを誘導しベッドで寝かせた。
こうして魔女を静ませた彼女は言われたソファに横になった。
寝る前に読んだメールは翔からで、兄と隼人と正樹に状況を説明した事と、玲の心配だった。
このメールに微笑んだ玲は『問題無し、おやすみなさい』と返信し、目を瞑った。
そして翌朝。
玲は本当に帰るつもりだったのに、電車の脱線事故が起き、不通になってしまった。
仕方なく玲は三姉妹のご好意により、もう一泊させてもらうことにした。
そして彼女達が仕事で不在の午前中に部屋を大掃除し、午後には浜で新鮮な魚介類をゲットし食事の用意を整えていった。
翔は化け物の姉を恐れ何度もメールを寄越したが玲はその都度、『問題無し』と返信した。
そして夕食のバーベキューを終えた直後に事件は起きた。
「無い!無いわ??」
「何が無いのよ、仁美?」
「スマホが無い。マジでヤバいよ」
仁美は浜辺での撮影中に自身の写真を撮っていたと話した。
「やだ!あれを他の人に見られたら……」
「あの。みなさん。今夜は満潮になりますから。早く行かないと砂浜は波にのまれてしまいますよ」
「やだやだやだ!一美姉さん、車出してよ」
「全くもう。仕方ないか。でも夜だから、三春も一緒に行ってくれない」
「いいよ。ね、玲君も来てくれるかな?君は男の子でしょう?」
「は、はい。お供します」
撮影現場の砂浜を懐中電灯で照らしながら進み、やっとスマホを見つけた時、あきらかにナンパ目的の男の人達五人に彼女達は囲まれてしまった。
「ねえねえ。お姉さん達。僕らと遊ばないって。おい。この人モデルのhitomiじゃないか」
「ちょっと!何によ。手を離しなさいよ」
腕にタトゥーの男達からアルコールの匂いがし、玲は危険な感じがした。
「一美さん、警察を呼んで!」
「おっと。そうはさせるか。ハハハ」
男達は一美のスマホを奪いヘラヘラと笑っていた。
「ど、どうする玲君?」
玲を男の子と思ってしがみ付いていた三春は震えていた。
「……三春さんは暗闇に隠れて警察に連絡して。そして翔さんに電話を!潮騒ホテルの海側。上から二番目、左から三番目の部屋に向って、この懐中電灯を当てて下さい!」
「えええ?」
そうして彼女を後にした玲はそっと闇に紛れ男達の背後に廻った。
つづく
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