第18話 潮騒のセレナーデ

「い痛え?誰だ。うう?」


先手必勝。夜陰にまみれビリビリリ!とスタンガンを当てた玲は躊躇せず、一人また一人と男を倒していった。



「なんだこのガキ!」


玲は殴りかかってきた男をそっと交わすと、男は岩にパンチし自爆した。



「ぎゃあああ?手が」


「玲君!後ろ!!」


一美姉の言葉に振り向かず屈んだ玲は掴んだ砂を相手の顔にかけた。




「うわ。目が!」


「この女の敵め!」


玲はそのまま男の足をタックルし、倒してスタンガンでビリビリビリ!!と男を痺れさせた。


「うわああああ」


「強制わいせつ。恐喝。強盗。婦女暴行。未成年略取。これらの精神的被害における損害賠償金を請求します」


「このくそガキ!」


立っていた玲に襲いかかってきた男の声に玲はとっさに交わした。


そして拳から血を滴らせた襲いかかってきた男を、得意の背負い投げで海にほおり投げた。


「とりゃーーっと!」


ザブーンとしぶきが立った。


「四人合わせて、一千万で!」


「何よ?それ!安過ぎよ?……玲君のバカバカ!」


玲の肩を掴んで揺さぶる仁美に、一美がまあまあ、と制していた時。良く知っている声が聞こえてきた。



「玲?玲はどこだ?三春姉さん!?」


「翔?ここよ!」



三春が大きく懐中電灯で合図を送ると、翔、隼人、正樹がジャージ姿で助けに来てくれた。



この様子に男達は去って行き、やがて到着した警察は、逃げた男達を捕まえたのだった。


    

駆けつけた警察の話によればこの周囲には女性に乱暴する事件が起きていたらしく、物々しい空気になっていた。



「ところで。スタンガンを用いたのは、どなたですか?」


「はい、この三春お姉さまです……」



警察官の問いに、玲は隣に立っていた三春に何気にそっとスタンガンを渡した。


「へ?はい、私のようです?」


「そうですか。今回は護身用と言う事で大目に見ますが、このように武器として使用するのはお控えください」


「は、はい。すみません!」



そしてこの他の取り調べは、一美が巧くまとめてくれていった。この様子を一同は離れて見ていた。




「さすが翔さんの長姉!頼りになるな」


「おい、玲。調子に乗るからに黙ってろ。それよりも姉さん達」


翔は優しく玲を胸に抱き、姉達をキッとに睨んだ。



「ダメじゃないか!玲をこんな危険な目に合わせるなんて」


「あーあ。何て薄情な弟だろ?姉さんの心配はしないわけ?」

 

プロのモデルの髪をかき上げる仕草に、隼人と正樹は、ウットリしていた。翔だけはムスとしていた。


「玲はまだ中学生なんだぞ!なあ、怖かっただろう?可哀想に」

 

そういうと翔はやさしく玲を腕の中に抱えた。



「うわ?恥ずかしいよ、翔さん」


「無理するな。お前はまだ中学生なんだから」



この様子を仁美は嬉しそうに舌舐めずりをしていた。



「……へえ。そういう事」


「何がです?姉さん」


「フフッフ。ありがとう、翔ちゃん。姉さんにこんな楽しみをくれて……」

 

赤色灯の世界。仁美の妖艶な笑みに玲の背中はぞくとした。



その時。


正樹は翔の肩をトントンと叩いた。



「あのさ。俺達やばいかもよ?」

    

ここで隼人が説明した。



「あのな、翔。今、優介からメールが来てさ、ホテルから飛び出した俺達の事で先生が怒っているらしいぞ」


「しまった!何を言わずに出てきたからな……」


「あらあら皆さん?ここはお姉さまに任せてちょうだい。玲君も、一緒にね?」



海を背に月光を浴びた美人三姉妹は、腕を組んで妖艶に微笑っていた。






潮騒ホテルのロビー。三人女は平謝りしていた。




「先生、本当に……申し訳ありません!」


「彼らは私達のSOSに気が付いて、現場まで助けに来て下さったんです!」



懐中電灯の光を当てた部屋は翔の部屋。

居場所を知らせる意図もあったが結果的にはこれが功を成したのだった。




「そうです先生!彼らがいなかったら私達、どんな目に遭ったか……」


仁美と三春の迫真の演技。そして仁美は大熊先生の手を取りハニートラップを発動させた。



「だ・か・ら。彼らの処分なんて意地悪言わないで……許してあげて、ね?」



そう言って仁美は顔を近づけて手を握り、もう片方の手は三春が握った。

そして一美は大熊の胸にすり寄っていった。




隼人と正樹はこの光景を直視できず横を向いていたが翔は頭を抱えていた。




「まあ。その……本校としましては、その……」


美人三姉妹、いや魔女達に囲まれて、デレデレの大熊先生に玲はとどめを刺した。


「パシャっとな!」


「あ。お前は鳴瀬弟?!なぜここにって。何、写真を撮っているのだ?」

    

「あ、つい手が滑った?」


「……貴様。あ、校長?」


いつの間にか、このロビーに首に手ぬぐいをかけた浴衣姿の初老の先生がいた。





「君達。御苦労だったね?まあ。詳しくは警察に聞いたし、良い事をしたのだからもういいよ」


この温情な即決裁きに全員でありがとうござます!と一行は頭を垂れた。



「それより君達。海で汚れているよ?お嬢さん達も温泉に入ってから帰りなさい。もう他の人は入った後だから」


こうして校長先生の好意を受け、温泉に入る事になったが玲は最大のピンチを迎えていた。




……どうしよう!?




「玲?何してる?俺達と入ろうぜ」


玲が女の子だと知らない隼人と正樹は、彼女の腕を取った。




「あの、その。僕はあれで」


「お待ちなさい。玲君?お姉さん達と女風呂に入りましょう。洗ってあげるわ」



もう片方の腕をとった三春は、彼女の耳に囁いた。



「……あなたの正体はとっくに見抜いているのよ。女同士仲良くしましょう?」



……ひえ!ばれてたの?この三姉妹はやっぱり魔女だった!


これに汗びっしょりの玲だったが、やはり動揺していた。




「でも、僕は……」


「あれ玲?お前ここで何してんの?」


その声に振り向くと、ジュースを片手にびっくり顔の兄が自動販売機の前にいた!





……っていうか?登場、遅っ!もう、涙が出そうになったよ……。


「お兄!?あの、僕。兄と話をしてから、向かいます」


    

この事件を一切知らなかった兄に事情を話した彼女は、今からどちらかのお風呂に入らなければ正体がばれるという話しをした。



「そうか。お前、……大変だったんだな?よぉし。ここはお兄にまかせろ!」


胸を叩く彼は、バチンとウインクを決めた。










こうして一行は温泉に浸かっていた。



「玲……気持ちいいなー」


「うん!温泉はいいねー」


海をのぞむ湯煙立ち込める露天風呂。同じく露天風呂の一行は姿が見えぬ鳴瀬きょうだいの声を耳にした。




「ちょっと!玲ちゃん。もしかして男風呂にいるの?」



すると、男風呂からも声が掛かった。



「……姉さん!こっちには居ませんよ?お前、どこにいるんだ?」



ここで優介の笑い声がした。



「ハーハハハ。俺達は家族だからな?家族は家族風呂だろう?なあ。玲?」


「うん」


ええええええーー!?と男女風呂からの六名の驚きの声が綺麗に揃っていた。

そんな驚きも無視して優介は妹と風呂を楽しんでいた。




「ところでさ。お兄の腹筋見ろよ。すげえだろう。シックスパックだぜ」



日焼けした背中の大きな傷が痛々しいけれど、優介は本当に健康になった。



今回の合宿で生まれて初めて海で泳いだ事は、兄にとって最高の思い出だろうと玲は感動していた。



「そか……でもね?これって全然シックスパックじゃないし。フワフワだよ」


「う、うるさい!そんなに言うなら……お前の腹筋、見せろよ!なあ」


「やだよ。くすぐったい。ちょっと?ばかお兄!やめろってば?うっわあ?」


ザブーン!!

タオルを取ろうとする兄から逃れようと、玲は湯にひっくり返ってしまった。





「玲!?」


ザザーとお湯が溢れる音がした。


「翔!?落ちつけよ!」




「れ、玲ちゃん!?」


ガランガランと椅子が倒れる音がした。


「危ないわよ!仁美」


そんな中、兄があんまりしつこいので、彼女はタオルの上からそっとお腹を触らせた。




「すげえ……。カチカチじゃん。これがシックスパックか……」





すると、シーンとしていた男風呂から隼人の声が聞こえた。




「おい!鳴瀬きょうだい。俺達今から、そっちに行くから。いくぞ!正樹」


「おう。玲。背中流してやるからなー。待ってろ」


「すみません!カンヌキかかってます!」



「翔ちゃんも!お姉様のところにいらっしゃい?私達も家族ですもの」


「そうよ。シャンプーがお目目に入らないように、やさしく洗ってあげるわ」


「それよりも姉さん?私達が翔に洗ってもらうっていうのはどう?」


「断ります!」








「ハハハ。玲?俺潜るから見てろー?!とりゃー」


賑やかな八月の夜。


真っ黒な太平洋に浮かぶ船はどこに向かっているのだろうか。


潮騒はまるでセレナーデのように、のぼせるほど熱く彼らの胸に響くのだった。  




つづく。

   

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