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…その頃の、聖蘭高等学校では…
校門からすぐ近くの樹の陰で、ひとりの少女が、数名の女生徒に取り囲まれていた。
…その少女の風貌は、金髪にセピアの瞳。
言うまでもなく、先程、柩の手帳に載っていた、燐藤朱音その人だ。
その朱音は、自らの周りを取り巻く女生徒たちを、強気にも、睨むように一瞥した。
「…何か用なの?」
すると、そんな朱音の態度が余程気に入らないのか、その中でも特に一癖ありそうな、いかにも意地悪そうな“お嬢様”が、腕を組んで言い捨てる。
「
「氷皇!?」
この頭ごなしな言い草に、カチンときたらしい朱音が声を荒げる。
「手を出すも何も、氷皇はただの幼なじみよ! それ以上でも以下でもないわ!」
「…そう…」
すると、見た目からしていかにもお嬢様風の少女は、頷いたふりをするも、次には先程よりも更に冷たく吐き捨てた。
「勘違いもいいところね。…残念ながら、向こうはそうは見ていないようよ」
「!…っ、そんなのあたしの知った事じゃないわよ!」
朱音は苛々としながらも、きっちりと反論は怠らなかった。
しかしその態度が、より少女の怒りを煽ったらしく、少女はあからさまな腹立ちを隠そうともせず、朱音に詰め寄る。
「隠してたって分かってるのよ! 貴方、氷皇君と付き合ってるんでしょ!?」
「!なっ…、どこをどう見たら、あたしが氷皇と付き合ってるように見えるのよ!」
謂われのないことで糾弾され、さすがに朱音の方も爆発し、声高に言い放つ。
…先程から応酬に出てくる、“氷皇”。
まずは彼について説明をする必要があるだろう。
“氷皇”こと
頭脳明晰にして容姿端麗、そして超資産家の三拍子と、まさしく非のうちどころのない17歳の少年。
それが先程から、件のやり取りの内容に上がっている人物だった。
…そして、恐らくは興信所か探偵でも使ったのだろうが…
朱音の目の前にいる少女は、その朱音自身が氷皇の幼なじみであることすらも調べあげていた。
そして、ここまで来れば分かるだろうが、この少女は、明らかに朱音と氷皇の関係に嫉妬していた。
「話にならないわね。付き合ってられないわよ。…帰らせて貰うわ」
朱音は踵を返し、その場からそのまま立ち去ろうとする。
すると突然肩を掴まれ、いきなり後ろに引き倒された。
勢い余って、朱音は反射的についたらしい両手を、綺麗なまでにすり剥く。
それに気を取られて視線を己の手に向けていると、それこそ嫉妬の固まりのような、いかにも下賤な言葉が、上から降ってきた。
「貴方は氷皇君には相応しくないわ!」
蹴りこそ飛んで来なかったものの、雰囲気としては確実なまでにそれに近い。
この、数に物を言わせたような理不尽な態度に、ついに朱音の堪忍袋と理性の緒は、ぶちぶちと音を立てて切れ始めた。
──すると。
「…随分と下らない事をしてるんだな」
どこか呆れたような青年の声が、その場を支配した。
すると少女とその取り巻きたちは、ぎくりとしたように声のした方を振り返る。
勿論それは朱音も例外ではなく、はっと気付いたように伏せ加減になっていた顔を上げた。
…が。
そこにいた人物の余りの美しさに、綺麗なものなど見慣れているはずのお嬢様連中が、揃ってぎしりと動きを止めた。
そこに居たのは、言うまでもなく懐音だった。
極上の絹糸のような美しい銀白色の髪を風になびかせ、その透き通った灰の双眸で、じっと朱音を見下ろしている。
この醜態を他人に見られた事から、朱音は先程までの強気な態度は何処へやら、かあっと顔を熱らせて俯いた。
それによって勢いを盛り返したらしい少女が再び口を開くより早く、懐音がその周囲の者に対して、きつく目を細める。
「…一対多数が当たり前…か。これだから女って奴は分からない…
ここは“お嬢様学校”のはずじゃなかったのか? それにしては随分と中身が醜悪なようだが」
「…っ!」
主犯格らしい少女は、懐音から向けられる、言いようのない威圧感と雰囲気に圧されてしり込みする。
そのまま、じりじりと後ずさった少女たちは、やがて蜘蛛の子を散らすかのように居なくなった。
それを見やった懐音は、軽い溜め息と共に呟く。
「ったく近頃のガキは…」
「…、あ、あの…」
朱音が立ち上がり、自分の様子を構う事もなく、懐音に話しかける。
対して懐音は、そんな朱音の例の容姿に、ちらりと一瞥をくれた。
「……」
その一瞥のみで視線を逸らそうとするも、先程の例の件での制服の汚さが、それを許さなかった。
「…先にその格好をどうにかしろ」
懐音は無情に呟いて、悠然とその横を通り過ぎようとする。
それに、朱音は反射的にすり剥いたはずの手でストップをかけた。
…当然、砂と血が懐音の手に付着する。
「……」
懐音は再び無言になり、そのまま掴まれた手に視線を落とした。
「あ! …あ、ごめんなさい!」
再度、反射的に手を引っ込めるも、時既に遅し。
懐音はすっかり苛立ちを見せ、そのまま己の手には構わず、とにかく朱音をやり過ごすべく、その横を通り過ぎようとした。
…すると。
「!っ…、ちょっと待ってよ!」
言うが早いか、朱音は懐音の右足を思いきり体重をかけて踏みつけた。
「! …この女…!」
動きを止められてさすがに腹を立てた懐音が、朱音を怒鳴りつける…よりも早く、朱音が懐音に噛みついた。
「聞こえなかったの!? …こっちが謙虚に謝ってるのに素通りするなんて、最低もいいところじゃない!」
「!…っ、このくそガキが…!
謙虚だったら足を踏んでもいいって論理なのか? お前は」
灰の瞳に、まさしくそれだけで射殺しかねない程の殺気を込めて、懐音は朱音を睨み据える。
一方の朱音は、そんな懐音の迫力に思わず息を呑むも、そこは生来の性格が勝ったのか、強く拳を握り締め、言い放った。
「助けてくれた人を、何もお礼しないまま素通りさせる訳にはいかないでしょ!?
足でも何でも踏んで止めないと…!」
「だからそれは一体どういう理屈だ!
…とにかく、助けたのはこちらの気まぐれだ。お前が気にかける必要はない。
俺はこの学校の理事長に用事があるんだ。邪魔するな」
「!えっ…理事長に?」
懐音は素っ気なく頷いてみせる。
「この学校に、燐藤朱音という女が通っているはずだ。そいつの情報を知りたくてな」
「!えっ…じゃあ別に、理事長に会う必要なんかないじゃない」
「…何だと?」
何となく嫌な予感がしながらも、懐音は唖然と朱音を見やる。
すると朱音は、満面の笑みで懐音に微笑んでみせた。
「だって、それってあたしの事だもの」
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