LOW GROW DARK AGES

如月統哉

†堕落†

「這い上がれない? …なら、堕ちたままでいろ」

「また来たのか…、いい加減しつこいぞ」



…外国の、ホラー映画を思わせるような屋敷の中の、薄暗い一室で…


窓際に立ち、ぼんやりと外を眺めていた青年が、ゆっくりと振り返り、顔見知りらしい来客を鋭く睨むと、さも不機嫌そうに吸っていた煙草を灰皿へと押しつけた。


この青年の名は、懐音かいね

懐音=デュランダル。

銀白色の髪に、透き通った灰の目を持ち、痩せ型の…美女と見紛うばかりの美貌の持ち主だ。


その懐音は、未だ返答することのない、招きもしない件の来客に苛立ちを覚えていた。


「…で? 俺に一体何の用だ、死神」


死神と呼ばれた、黒の長いコートを着込んだ男の来客は、この懐音の皮肉めいた口調に、これまたそれを上回るような皮肉めいた笑みを浮かべ、答えた。


「そんな口を利いていいのか?」

「何だと?」


その男の呟きに、懐音は目に見えて眉を顰めた。

それを享受するように一瞥した後、男は、どこか悪戯っぽく懐音に言い聞かせる。


「解るだろう? “お前が異を唱える限り、俺たちはいつでもお前を連れ戻すことが出来る”…」

「ちっ」


あからさまに、忌々しげに舌打ちをして、懐音はうんざりしたように肩を竦めた。


「お前らはそれで、いつも当然のように俺を駒にしやがる…!」

「分かっているなら、素直に聞くのが理想だと思うがな」


懐音の扱いに慣れているらしい死神は、痛烈なまでに毒を吐いた。

そのまま、懐音が顔を逸らすのを黙認する。

こうすることで、懐音が決断を急ぐであろうことは、その死神には読めていた。


…程なく、根負けしたらしい懐音が、それでも面白くなく呟く。

その灰の目の奥が、静かに、暗く光った。


「分かっているだろうな。相手が貴様だから俺が動くんだ。下らない事に付き合わせるなよ」

「重々承知の上だ」


死神が苦虫を噛み潰したような表情をする。

この反応からすると、以前に何か下らないことに付き合わせたことがあり、その時に酷く苦い思いをしたらしい。


「…で、今度はどいつを殺ればいい?」


上目遣いに懐音が尋ねると、死神はただ、嘲笑った。


「今度の標的は、17歳の女子高校生だ。名前は、燐藤朱音りんどうあかね…」


これを聞いて、今度は逆に、懐音が嘲笑った。

整った表情に、僅かながら棘が生まれる。


「そんなガキ相手に、わざわざ俺が手を煩わすのか? …堕ちたもんだな、死神」

「その科白は、殺しが成功してから吐くんだな」


いつになく冷めた口調の死神に、懐音のこめかみが僅かに引きつった。


「ふん…、やけに引っかかる物言いだな。まるで、失敗を招くような要素が端から含まれているような口振りだ」

「…まあ、あながち間違いではないな」

「俺に、危ない橋を渡れということか?」

「既に渡りかけているお前が、今更言う科白じゃないだろう」

「…いい度胸だな、このエセ死神が」


間髪入れずという表現がぴったりなまでに、的確に皮肉混じりの返事をする死神に、懐音はこれまた最上級の皮肉で応酬する。


「まあいい。…で、報酬は何だ」

「報酬は、その子自身…と言ったら?」


死神が意味ありげな笑みをこぼすと、反して懐音は、目に見えて不機嫌になった。


「乳くさいガキなんぞ、頼まれても要らん。依頼は引き受けるが、もう少しマシな報酬を用意しておけ…」


部屋の扉に手をかけて、動きを見せた懐音は、射るような視線を死神に向けて言い放った。


「──いいな、“ひつぎ”」


…その言葉だけを残し、今の今までそこにいた存在感すらも消し去った懐音の行く先は、恐らくは殺しの標的ターゲットとなった少女の元…


後に残された死神── 柩は、そんな懐音の様を目の当たりにし、さも楽しげにくすくすと笑った。


「“柩”…か。久しぶりに懐音に名を呼ばれたな…

思惑はどうであれ、少しは依頼に興味を示したということか」


くっ、と最後に張り付けたような笑みを浮かべて、柩は空中に何かを求めるように手をあげた。

すると、いつの間に手にしたのか、その手には黒い一冊の、厚めの手帳があった。


…風もないのに、勝手にぱらぱらとページが捲られる。

それはとあるページで、ぴたりと止まった。


そのページに載っていたのは、ひとりの少女の顔写真。

そして、彼女に関する詳細なデータ…


…“顔写真”。


「…あれ?」


ここまで来て柩は、ふと、とある事実に気付いた。


「懐音…、あいつ、標的の顔…分かっているのか?」


恐らく分かっちゃいないな、という考えを、溜め息と共に吐き出した柩は、改めて少女について載っているページを見やった。


そこには色素の薄そうな、金髪にも近い髪質の、ロングヘアの綺麗な顔立ちの少女が写っている。

恐らくは元々の色素自体も薄いのだろう。その両の目の色は、茶というよりも、むしろセピアに近い。


…名前は、燐藤朱音りんどうあかね

私立聖蘭しりつせいらん女子高等学校、いわゆる上流階級のお嬢様学校の、2年生のようだ。

9月21日生まれのB型。成績は中の上。

性格は…


「………」


そのひと通りを読んだ柩は、変に眉をひそめたまま、ぱたりと手帳を閉じた。

…引きつった眉が、まだ元に戻らない。


「懐音の奴…、こんなお嬢様とかけ離れたような性格の持ち主と会ったりして、大丈夫なのか…?」


依頼を持ち込んだのが自分でありながら、柩はそれを気にかけずにはいられなかった。

何故なら──


「この少女…、お前が最も苦手とするタイプだ…」


もはや頭痛を覚え始めた頭を抱えながら、柩は懐音の行く先を案じることに、その後の神経を費やさざるを得なかった。

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