第21話 第3階層 空想料理人 その4


「2年B組 普通じゃない飯田 陽介、普通じゃない料理出しますっ!」


 ヨウスケはドームカバーを開く。


 皿の上に謎の球体が現れる。

 全体がモザイクで隠されている。


「……ヨウスケくん、これは一体なにかしら?」


 リンはゴミを見る目でヨウスケを見つめる。


「『ペンペン草の最終定理』です! どう? 普通じゃないでしょっ!?」


「たしかに普通じゃないけれども、これは食べ物なのかしら?」


 リンはフォークで謎の球体をつつく。

 球体に触れた瞬間、フォークがウネウネと独りで動きだす。


「これはダメなやつね……」


 リンはフォークを皿の上におく。

 フォークはウネウネとウナギみたいにのたうち回る。


「ヨウスケ!! あんたバカなの? 『ペンペン草の最終定理』ってなに? 食べ物じゃないでしょ!?」


 レナは机をたたく。


「ご……ごめん。普通じゃない料理を出すことしか頭になくて……」


「まったく……あんたがこんなにバカだなんて思わなかったわ。あんたは普通にバカね!」


「えぇっ! 普通にバカってなにっ!?」


「黙りなさいっ! この普通バカ!」


「レナさん! 変なあだ名をつけないでよっ!」


 ヨウスケは頭を抱える。


 電光掲示板が光りだす。


 味:0点

 想像性:70点

 合計:普通負け


「普通負けってなにっ!?」


 ヨウスケが叫ぶ。

 ライフが60になる。


「次はボクの番だね! 南京錠はあと一つ。ここでフランソワに勝つよ!」


 ホノカはドームカバーを開く。


 パイ生地が積み重なったお菓子が現れる。

 生地の間にはクリームと果物が詰まっている。


「『黄金リンゴのミルフィーユ』だよ! 北欧神話に出てくる『黄金のリンゴ』。食べれば不老不死になると言われているよ。アンチエイジングに最適だよ!」


 ホノカは『黄金リンゴのミルフィーユ』をレナとリンに差し出す。


「お、美味しいわっ! サクサクのパイ生地がバターのいい香り! 焼かれた黄金リンゴは風味が凝縮されてより甘くなってる! シナモンの香りもたまらないわ……」


 レナはうっとりする。


「それにこのクリームも美味しいわ。軽い口当たりでパイ生地とリンゴの風味を邪魔しない。ホノカさんの空想料理はほんとうに美味しいわ」


 リンも大きく頷く。


 電光掲示板が光りだす。


 味:90点

 想像性:80点

 合計:170点


「凄いぞ、ホノカ! 高得点だ!! フランソワを追い詰めたぞっ!」


 ガッツポーズするハヤト。


「ありがとう! ハヤト先輩に褒められるとボクは本当に嬉しいよ!」


 ホノカはニッコリ笑う。


「や、やるンヌね……でも私は空想料理一筋んぬ! 負けるわけにはいかないのですっ!!」


 フランソワはドームカバーを開ける。


 真っ赤な果物で彩られたタルトが現れる。


「『冥界めいかいザクロのタルト』ですンヌ! 冥界に育つ伝説の果物・冥界ザクロ。食べた者は人知を超えた能力を得る悪魔の実でありンヌ!」


「鮮血のような色のザクロね。……でもっ! 手が勝手に動いてしまう!」


 レナは『冥界ザクロのタルト』を口に含む。


「……素晴らしわっ! ザクロの甘酸っぱさがその下にあるサワークリームと絶妙にマッチしているっ!!」


 レナは目を丸くする。


「生地もサクサク食感で良いアクセントになっているわね。さすが空想料理人といったところね……」


 リンも2口、3口とタルトを食べ続ける。


 電光掲示板が光り始める。


「頼むっ! ホノカより低い点数でいてくれ!」


 ハヤトは拳を力いっぱい握り締める。


 味:85点

 想像性:80点

 合計:165点


「勝った! フランソワに勝ったぞ!! さすがホノカだ!」


 ハヤトはガッツポーズする。


「そ、そんなバカなっ! 空想料理一筋の私が負けるなんて!! ありえンヌ……」


 フランソワは床に崩れ落ちる。


 ガッシャーン!


 扉にかかっていた最後の南京錠が外れる。


「フランソワさん、キミは強かったよ!」


 ホノカはフランソワに手を差し伸べる。


「な、なぜなんだ!? なぜ、ホノカ・マドモアゼルはそんな素晴らしい空想料理を作れるンヌ!?」


 フランソワは絶望した顔でホノカに問う。


「ボクは家の手伝いで料理するんだよ。それが空想料理でも生きているんだ」


「な、なにっ!! 料理でありンヌかっ!? 私は人生で一度も本当の料理はしたことないンヌ。そんな時間があったら、空想料理を磨いてたんヌ!!」


 フランソワは目を大きく見開く。

 信じられないといった表情を浮かべる。


「実際の料理にも空想が必要なのさ。いつも材料がそろってるわけじゃない。冷蔵後にある食材を使って夕食を作る時もあるんだよ。どんな料理を作れるか、どんな味なのか想像力を働かせるんだよ」


「そ、そんな秘策があったンヌか……。本当の料理をすることで空想料理の腕を上げるなんて……盲点だったンヌ! まさに逆転の発想っ!!」


「いや、フランソワさん? 逆転どころかド直球な発想ですよ!?」


 ヨウスケがつっこむ。


「お前は黙っていろっ! この普通ンヌ!!」


「普通ンヌ!? ボクの名前はヨウスケです!!」


「ヨウスケくん……いえ、普通ンヌくん。二人の会話を邪魔するなんて無粋よ」


 リンはため息をつく。


「リンさんまでっ! 変なあだ名を定着させないでよっ!!」


「……じゃあ、最終定理くんでいいかしら?」


「そんな中二病っぽいあだ名も嫌だよ!!」


「まったく……普通の最終定理くんはワガママね」


「なにそれっ!? ってか人間の名前じゃないよねっ!? 『普通の最終定理』って何それ? 普通なの? それとも普通じゃないのっ!?」


 ヨウスケが頭を抱える。


「フランソワさん、キミならできるよ! 今度はちゃんと包丁を握って料理してみてくれよっ! キミの空想料理はもっと美味しくなる!」


 ホノカはフランソワの肩を優しく叩く。


「ホノカ・マドモアゼル……あなたと勝負できて光栄でしたンヌ。さあ、勇者たちよ! この階層のボスが待つあの扉を抜けるンヌ!」


 フランソワはホノカに一礼したあと、キッチンの奥にある扉を指さす。


「いくぞ、みんな! この階層もクリアするぞっ!!」


 ハヤトは扉に向かう。

 みんなもハヤトについてゆく。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「なんだここは? どうみても職場だよな……」


 扉を抜けたハヤトたちはあたりを見渡す。


 机の上に規則正しく並ぶ何台ものパソコンと電話機。

 書類を閉じたバインダー。

 整然と並んだ椅子には誰も座っていない。

 無人のオフィス。


「まってくれっ! 誰かいるよ! 奥のほうから微かな物音がするっ!」


 ホノカは目をつぶって全神経を耳に集中する。


「わかった! みんな、いくぞ! この階層のボスだ。気をつけろ!」


 ハヤトたちは物音をたてないように部屋の奥へと進む。


「あいつだ! 呑気に新聞を読んでるぞ……」


 ハヤトは前方にいる男を睨む。


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