第22話 第3階層 ボス
椅子に座って新聞を読む男。
新聞に隠れて男の顔は見えない。
机の上にはコーヒーと灰皿。
クシャクシャになったタバコが灰皿に積み重なっている。
「お前がこの階層のボスか!? 俺たちはお前を倒す!」
ハヤトは男に向かって拳を突きつける。
「ほう……よくこの階層までこれましたねぇ~」
男は新聞を机に置いてハヤトに顔を向ける。
「なっ、なにこいつ……めちゃくちゃ弱そうね……」
レナは怪訝な顔をする。
男はヨレヨレのスーツを着た五十代のサラリーマン。
バーコード頭にメガネ。
手足はガリガリのくせに、お腹だけぽっこり出ている。
「私の名はリーマン鈴木です。新卒で入社してから30年間、この会社で社内ニートをやっています!」
リーマン鈴木はメガネに指をかけてキメ顔をする。
「いや、リーマン鈴木さん! 全然立派じゃないですよっ!?」
ヨウスケは言い返す。
「あなたにはこのロマンがわからないんですか? 私は30年間、無遅刻無欠席で社内ニートをやってきました! ただの一度だって、会社の業績に貢献したことはありませんっ!!」
「わかりたくないですよ!」
「まったく……これだからゆとりは。私は自分の意志で社内ニートのキャリアを歩んできたのです! 仕事ができなかったわけでも、出世競争に敗れたわけでもありません。入社した時から確固たる信念と意志を持って社内ニートをやっているのです!」
リーマン鈴木は自分の胸を叩く。
「なんでそんなに誇らしげなんですか!?」
ヨウスケがつっこむ。
「当然です。私は常に職場で攻め続けてきました。挨拶は絶対に返さない。仕事は3回に2回は必ずミスる。上司の名前を間違える。ネットニュースは一日最低3時間以上! 解雇されるか、されないかの最前線で戦い続けてきたのです! あなたたちとはくぐり抜けてきた死線の数が違うんです!!」
「カッコよく言ってますけど、人として最低ですよっ!? 働いてくださいよっ!」
「嫌です! 労働なんてまっぴらごめんです!! 定年までこの会社に居座ってやる! 社内ニート歴最長の男としてギネスブックに載るんです!」
「全然嬉しくないですよねっ!?」
「ヨウスケ殿、落ち着くでゴザル。リーマン鈴木殿と戦わずして勝つ方法があるでゴザルよ。拙者に任せるでゴザル」
レンタロウはヨウスケの肩に手を置く。
「レンタロウ、あんた全然懲りないわね? 無駄だから下がってなさい!」
レナはレンタロウを睨みつける。
「レナ殿が拙者を心配する気持ちは痛いほどわかるでゴザルよ。誰だって惚れた男が傷つくところは見たくない。しかし、拙者は武士! 引けぬときがあるでゴザル!!」
「あんたの心配なんてしてないからっ!」
「ヤレヤレ、素直でないでゴザルな~。拙者の雄姿を見ているでゴザルよ?」
レンタロウはレナにウィンクを送る。
レンタロウは机の上にあった紙に何かを書き込む。
その紙を持ってリーマン鈴木の前に立つ。
「リーマン鈴木殿、ここはどうか降伏して頂けぬか?」
「何を言ってるんですか、あなたは? するわけないでしょう」
リーマン鈴木は肩をすくめる。
「もちろん、タダでとは言わぬでゴザル。これを見れば気が変わるでゴザルよ!」
レンタロウは一枚の紙をリーマン鈴木に見せつける。
「こ……これはっ!」
「そうでゴザルよ! 驚いて声もでないであろう。『肩たたき券』でゴザル!! 拙者が3分間、リーマン鈴木殿の肩を叩いてあげるでゴザルよ!」
「ゴミですね」
「へ……?」
「だからゴミだと言ってるんです。昇給とか退職金割り増しとかそういうのにしてくださいよ」
リーマン鈴木はつまらなそうな顔をする。
「な、なぜでゴザル!? 50代サラリーマンなら『肩たたき券』を貰って大感動でゴザろう? 子ども時代を思いだしたり、自分の子どもを思い出したり、ノスタルジックな気分になること間違いなしでゴザル!!」
「そんなことよりお金です! お金があれば酒やたばこ、パチンコに使えますから! 働かないでお金が欲しい。だから社内ニートしてるんです!」
「最低でゴザル! ハヤト殿、コイツはダメでゴザるよ!!」
「うん、知ってる」
即答するハヤト。
「それにしても……レンタロウ君といいましたっけ? あなたは良い目をしている。生粋のクズだけが持ち合わせるクズの瞳。あなたとは同じ匂いを感じます」
リーマン鈴木は優しい笑みをレンタロウに投げかける。
「いやいやっ! 拙者はリーマン鈴木殿とは全然似ていないでゴザルよっ! 勘違いもはなはだしいでゴザル!!」
「いーえ、あなたはこっち側の人間です。30年間社内ニートをやってきた私の経験から断言します。高校生の今から社内ニートを目指せば、この私さえも越えれます!」
「超えたくないでゴザルよ!」
「良かったわね、レンタロウくん。同類が見つかったわね。レンタロウくんもこの会社に就職したらどうかしら? そしてすぐに、二人まとめて肩たたきされてちょうだい」
「リン殿、その『肩たたき』は意味が違うでゴザルよ! と、とにかく交渉決裂でゴザル! リーマン鈴木殿をさっさと倒すでゴザル!!」
レンタロウは全力でレナの後ろに隠れる。
「そうですか……惜しい人材ですがしかたありませんね。さあ、どこからでもかかってきてください」
リーマン鈴木は立ちあがる。
左手には丸めた新聞を握りしめている。
「一発必中!」
ホノカが仕掛ける。
矢はリーマン鈴木めがけて一直線に飛んでゆく。
「ふんっ!」
リーマン鈴木は丸めた新聞で矢を撃ち落とす。
「ちっ! だったら接近戦だっ!!」
ハヤトはリーマン鈴木に飛び掛かる。
「無駄ですよ。この私に近づくことなんてできません」
リーマン鈴木はニヤリとする。
大きく息を吸う。
「ハッ……ハ……ハックショォォォォオオオーン!!」
リーマン鈴木はとんでもなく大きなくしゃみをする。
爆風が発生し、ハヤトは後ろに吹き飛ばされる。
オフィス内の窓ガラスが砕け散る。
「な、なんてデカいくしゃみなんだ……あんなにヨボヨボガリガリな体のくせに……」
ハヤトは尻もちをつきながらリーマン鈴木を見上げる。
「おじさん、おばさんに限ってくしゃみの音が大きいってよくあるわね。でも、あいつのくしゃみは別格ね……」
レナは盾を前に構えつつ、鋭い視線をリーマン鈴木に投げる。
「うひゃひゃひゃ。私はくしゃみで大きな音を出すことに人生を懸けてきたのですよ」
リーマン鈴木は胸を張る。
「リーマン鈴木さん、もっと生産的なことに人生懸けてくださいっ!!」
「ヨウスケさん、あなたは何もわかっていません。ここまで来るのは長かったんですよ……。この会社に入社して最初の5年でヤフーニュースは飽きました。次の5年でウィキペディアも飽きました。その時にひらめいたのです! くしゃみをすることで『自分はここにいるよ』って周りにアピールできることに! くしゃみは生理現象。周りも止めろとは言えません!」
「たちが悪いですよ! 仕事して周りにアピールしてください!!」
ヨウスケは叫ぶ。
「静かにしてください。話はここからです。私はその時から一日100回をノルマにくしゃみをしました。雨の日も、風の日の、オフィス内でくしゃみに明け暮れました。次第に肺活量は増えてゆき、最初の10年間で周りの書類を吹き飛ばせるようになりました。さらに10年たった今、くしゃみで窓ガラスを割れるようになりました!!」
「その努力を仕事に向けてください!」
「それは私の信条に反します。私は自分の心に嘘をつく生き方はしないのです」
リーマン鈴木はバーコード頭をクシで整える。
「さて、そろそろ私の番とさせていただきますよ」
リーマン鈴木はメガネを外し、目を大きく見開いた。
「みんな、気をつけろ! 仕掛けてくるぞ!!」
ハヤトは防御態勢をとる。
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