第20話 第3階層 空想料理人 その3


「くっ! やるンヌね……ならばこれでどうでしょう! 『三つ目豚とほうれん草のキッシュ』でありンヌ!」


 フランソワはドームカバーを開く。

 キッシュが皿の上に現れる。


「たしかに美味しいわね……」


 レナはキッシュを口に含む。


「でも……なんだか普通ね。せっかく非日常なダンジョンにいるのに、現実世界でも食べれそうな味」


 リンは静かにフォークを置く。


 電光掲示板に得点が映し出される。


 味:80点

 想像性:50点

 合計:130点


「信じられンヌっ! この私が空想料理で負けるなんてっ! 包丁だって一度も握らずに、ひたすらに空想料理の腕を磨いてきたンヌよっ!」


 フランソワは床に手をついてうな垂れる。


「フランソワさん、努力の方向が間違ってますよっ!」


「『普通』は黙ってるンヌっ! むしろシャラップンヌ!」


「ボクの名前は『ヨウスケ』ですっ!!」


 ヨウスケが叫んだ瞬間。


 ガッシャン!!


 キッチンの奥から大きな金属音が聞こえる。


 キッチンの奥にある大きな扉。

 3つの大きな南京錠が掛かっているが、その一つが外れている。


「私に勝つとあの南京錠が外れるンヌ。でも、もう負けません! 人生で一度も皿を洗ったこともない。全ての時間を空想料理に費やして来たンヌっ!!」


「自慢するとこですか!?」


 ヨウスケがつっこむ。


「下がってろ、ヨウスケ。次は俺の番だ。うまい料理を作ってさっさとこの部屋を抜けるぞ」


 ハヤトはドームカバーを開く。


 茶色いソースのかかった魚の切り身が現れる。

 切り身の皮は真っ青で身は真っ白だ。


「リヴァイアサンの味噌煮込みだ。船乗りから恐れられている海の魔物・リヴァイアサン……だがっ! その身は柔らかく味が染み込みやすい!」


 ハヤトはレナとリンの前に料理を置く。


「なんか……落ち着くわ。ずっと洋食ばかりだったから。急に和食を出されると『あぁっ! 日本食最高!』って思っちゃうわね」


 レナはリヴァイアサンの味噌煮込みをパクパク食べる。


「白米が欲しくなるわね。それにしても、リヴァイアサンは白身なのね。柔らかくてほどよく油がのっている。味噌煮込みとの相性抜群。微かな生姜の香りが食欲をそそるわ」


 リンは左の手のひらを上にして、そこに茶碗があるかのように振る舞う。


 電光掲示板に得点が映し出される。


 味:90点

 想像性:70点

 合計:160点


「凄いっ! 高得点だよ、ハヤト先輩! さすがボクのヒーローだ!」


 ホノカはハヤトに抱きついてピョンピョン飛び跳ねる。


「くっ……ですが! 二回連続で負けるわけにはいかないンヌ! これでどうですか!!」


 フランソワはドームカバーを開く。

 薄くスライスされたタコに黄色いソースがかかっている。


「『クラーケンのカルパッチョ』でありンヌ。巨大タコのクラーケンを茹でて薄くスライスしました。オリーブオイルとレモン汁をかけたら完成ンヌ!」


「美味しいわ! クラーケンのコリコリした食感。まったく臭みはないわね」


 レナはクラーケンのカルパッチョを口に含みながら喋る。


「そうね。それにオリーブオイルとレモン汁が良く合うわ。癖のすくない味付けだからこそ、お互いに邪魔しあわない。すっきりした味わいに仕上がってるわね」


 リンも頷く。


「「でもっ!!」」


 レナとリンがハモる。


「私たちは日本人! オリーブオイルもおいしけど、日本人のソウルフード『味噌』の安心感には及ばないわっ!」


 レナは『リヴァイアサンの味噌煮込み』を指さす。


 電光掲示板に得点が映し出される。


 味:80点

 想像性:60点

 合計:140点


「オーマイガー!! わ、私が二回連続で負けるなんて……ありえンヌっ!」


 フランソワは頭を抱える。


 ガッシャン!!


 扉の南京錠がまたひとつ外れる。

 鍵がかかっている南京錠は残り一つ。


「やれやれ……残り一つでゴザルか。拙者の出番になった以上、これで勝負は終わりでゴザルな」


 レンタロウは髪をかき上げる。


「レンタロウくん、時間の無駄だからさっさと料理をだしてちょうだい。それか切腹でもいいわよ?」


「リン殿っ!? もっと拙者を信じるでゴザルよ! 初回はぬかったが、今度はちゃんと軌道修正済みでゴザル!」


 レンタロウは自信満々に親指を立てる。


「……軌道修正って、『ノーブラしゃぶしゃぶ』とか言わないわよね?」


「ギクッ!! な、何を言ってるでゴザルかっ! そ、そんな安直な発想じゃないでゴザルよっ! あははは~!!」


 レンタロウの顔から汗が噴きだす。


「食べ物じゃない料理をまた出したら、このフォークを頭に突き刺すわよっ?」


 レナはフォークを握り締める。


「わっ、わかってるでゴザルよ! 食べれる料理でゴザルか……うーん……」


 レンタロウはブツブツ呟く。


「レンタロウさん、あなたの出番ヌよ? 早く料理を出してください」


「しょ、承知でゴザル!」


 フランソワに急かされてレンタロウはドームカバーを開く。


 こんがりきつね色に焼けたパイが現れる。


「あら? レンタロウくんにしては普通ね……パイの中身はパイナップルね」


 リンはパイをつついて中身を確認する。


「さあ、食べてくだされ! 『人妻パインパイ』でゴザル! 欲求不満な人妻が旦那の帰りを待つ間に作ったパインパイ!!」


「……それはただのパインパイよ、レンタロウくん」


「えぇっ! リン殿にはこのロマンがわからぬでゴザルかっ!?」


「わかりません。むしろわかりたくもないわ」


「味も本当に普通のパインパイよ。これならお店で普通に買えるわね」


 レナは一口だけ食べて、口をナプキンで拭く。


 電光掲示板に得点が映し出される。


 味:50点

 想像性:0点

 合計:反則負け


「な、なぜでゴザルゥゥゥウー!!」


 レンタロウのライフが60になる。


「実在する料理はだめンヌ。ちゃんと最初に説明したンヌよ?」


「な、なんということでゴザルかっ! みんな、気をつけるでゴザル! こやつ、策士でゴザルぞっ!!」


「いやっ、レンタロウくん……最初にフランソワさんが言ってたよ」


 ヨウスケはレンタロウの肩に優しく手を置く。


「次はボクか……。ボクは普通じゃない……ボクは普通じゃない……」


 ヨウスケはブツブツと独り言をいっている。


「あら、ヨウスケくん? そんなに思いつめなくてもいいのよ。いつも通り、普通な感じでやってちょうだい」


「それがボクを追い詰めてるんですけどっ!? 今度はみんなを驚かせる普通じゃない料理を出すからっ!」


 ヨウスケはドームカバーに手を置いた。


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