第10話 居酒屋ストーリー

荷物運びでバテた僕等は、ダンボールを数個開けると荷物の片付けもそこそこに居酒屋へ向かう。

外はさっきまでの大雨が止み、生ぬるい風が少しだけ吹いている。

「せっかくだし沖縄料理屋あると良いね」

僕等は目星を付けていた店の辺りに向かってみる。

居酒屋やラーメン屋、カラオケボックスに定食屋等が立ち並んでいる。

僕等は店を吟味する。いつもそうだが店選びに僕は結構時間を掛ける。

外観は派手過ぎず、地味過ぎず。看板のセンスも重要であるしお店の中をイメージできる一言などが書いてあっても楽しみが沸く。

店員が楽しく働くと言う事を勘違いしていない居心地の良さと、その辺の大衆店では目にする事のない気の利いたおつまみがある店が僕は好きだ。値段は安いにこしたことは無い。

しかし僕等の向かった辺りには大箱の居酒屋が3店舗しかない。

そのうえ僕が気に入りそうな店は無く、沖縄料理店もない。

「ないねぇ、気に入りそうなお店。どうする?」

僕がこういう時に不機嫌になるのが分かっている嫁が心配そうに聞く。

僕は心を落ち着ける為にタバコに火をつける。

朝から何も食べていない空腹感と荷物運びの疲労感で、他の店を探す気力も無い僕は

「あの店行こう」と一番手前にある宮崎料理の店を指さしタバコを吸いながら向かっていく。

所々電球の切れた黄色い提灯がぶら下がっているチェーン店らしき店構え。

宮崎料理とチキン南蛮の文字が屋根の上に大きく飾られている。


飲みに行った感想は結論から言うと、この店は失敗だった。

失敗の店にも関わらず、家の近所過ぎて今後何回も通いお世話にはなるのだが。。。


失敗の原因は色々あるが、まずハイボールが角やブラックニッカではなくジムビームだった。

確かに最近は居酒屋でも角やブラックニッカ以外のウイスキーを使ったバラエティに飛んだハイボールを置いてある店も多い。

僕もBARではラフロイグやタリスカー等のシングルモルトを使ったハイボールを好んで飲む。

しかし僕の中で居酒屋のハイボールと言えば角やブラックニッカなのである。

しかも何と言っても僕はバーボンが飲めない。あの薬臭さを体が受け付けない。

ハイボール好きのバーボン嫌いには致命的な店だ。

つまみも宮崎名産のチキン南蛮は確かに美味しかったが、他のつまみは代り映えも無く、サラダや焼き鳥など無難なつまみしか置いていない。

こんな大箱店なのにメニューにピザが無いのも痛い。

居酒屋に気の利いたおつまみを求める僕であるが、実はピザが大好物である。

初めて飲みに行く店でメニューにピザが置いてあると100%注文するほどのピザ好きなのだ。

ピザにはその店の特徴が出る。僕はピザの旨い居酒屋には無条件に通ってしまう。


結局の所、大箱の店なので半ばあきらめてはいたが予想通りすぎる店だった。

しかも、なぜかこういう店に限って客が沢山入っていて賑わっている。

飲んでいる僕等の周りでは、ときより沖縄の方言も聞こえてくる。

沖縄の方言になじみのない僕には何を言っているのかはサッパリ分からないが、声のボリュームはかなり大きめだ。

どこからかのテーブルでは、言い争っているような激しい口調の声も聞こえる。

普段は我慢しいで大人しい沖縄の人達の中には、酔うと気が大きくなり本音で言い争いになる場合も結構ある。中には言い争いが行き過ぎて喧嘩となり警察沙汰になる事も多い。

刺した刺されたの大事になる話も時には聞く。

隣で飲んでいるサラリーマンらしき4人組は方言から聞くと九州の人達のようだ。

仕事の愚痴を話している間に、酔って上機嫌になったのかどうか言葉の片隅に博多弁が混じり始めている。

時間も夜になり始めるにつれ、店は客の出入りも激しくなり声のボリュームもてんやわんやになってくる。

僕は居酒屋は騒がしく飲む場所だと思うし、騒がしいのは嫌いではなく逆に好きな方だが、家の近所の居酒屋には少し位静かに疲れを癒しながら飲める場所が欲しいとも思う。


色々な事を何だかんだ言っても僕等は沖縄移住初日の居酒屋を結構満喫し楽しく飲んでいる。

移住初日の高揚感もあり、引っ越しの荷物整理の話や、僕の通う会社への明日の顔見せの話。嫁のハローワークへ行く話など話題は尽きない。

酒もいつの間にかビールから泡盛の水割りへ変わり、嫁も普段より多くサワーを飲んでご機嫌でいる。どういう流れか〆にチャーハンまで僕等は注文している。


「さて、そろそろご機嫌になってきたから片付けするよ」

時計が21時を回り、チャーハンを食べ終え僕が泡盛の水割りを5、6杯飲んで気分の良くなった所で嫁のストップがかかり僕等は居酒屋を出る。

お会計をしてレシートを見ると東北より2割ほど安く、さすがは沖縄だと僕等は喜ぶ。

店の外に出ると隣には沖縄料理の定食屋があり「今度行ってみよう」と話ながら僕等は家へ戻る。

帰り道の途中、嫁は飲み過ぎて酔っているようで足元がふらついている。

それでもTシャツを肩までまくり「さあ、帰って片付けしよ」と元気な声を出しながら僕の前を歩いていく。

3月の21時過ぎの沖縄は、丁度良い気候で心地よい。

東北では考えられない短パン姿の僕は、タバコに火を付けるとゆっくり吸い込み、沖縄の夜空に大きく煙りを吐く。

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