第8話 ガス屋の忠告
聞きなれた奥行きの無い電子音が鳴り、僕は携帯を開く。
ガス屋からマンションに着いたと連絡が入り「家にいますよ」と僕は伝えると、携帯を切り嫁にガス屋が来た事を伝える。
ベランダに出ると、大粒の雨の中ライトバンから出てきた作業着姿の男性2人がマンションの中に小走りで向かう姿が見える。
チャイムが鳴り、嫁が玄関まで行きドアを開ける。
ガス屋が入ってくる姿が、奥の部屋で床に座る僕からも見えて僕は軽く会釈をする。
ガス屋は2人そろって2回づつ頭を下げる。なんだか非常に恐縮しているように見える。
嫁がガス器具についての説明を受けている間、僕は床に座ったまま携帯を開き家の近辺の居酒屋を検索する。
外は大雨が降っているが部屋の中は生暖かい。
携帯の画面にいくつものお店の説明や写真が映り、僕はよく使うサイトの飲食店情報を見る。
家の近辺と言っても半径1キロの圏内には何百件の居酒屋があり、サイトを徘徊いているだけで面倒くさくなってくる。
スマホが普及して、確かに便利になったしは良い事だとは思うが、いらない情報やフェイクも多く精査しているだけで無駄に時間が取られている感じがする。
大体こんな小さな画面に顔を近づけてブルーライトに瞳孔ひらっきぱなしの状態は目が疲れるし肩が凝る。
僕は携帯を置くとビールを一口飲んでタバコを吸いにベランダへ行く。
浴室からは給湯器の説明をするガス屋の声が聞こえてくる。
気が乗り気じゃないときに携帯やパソコンを見ると何故か無性にタバコが吸いたくなるのは今に始まったことではない僕の習性だ。
タバコに火を付けると大雨の向こう側に目をボンヤリと向け、今後の沖縄生活を少し思う。
仕事やプライベートで多くの移動や大勢の人達と関わる事のあった僕は沖縄での移住生活もある程度はどうにかなると思っている。
明日は新しい職場に挨拶に行き、少しは事前にコミュニケーションを取る予定でいる。
そんな沖縄の人達との新たな関わり合いの中で、沖縄の事を少しでもは教えてもらえたら面白い発見があると僕は思う。
自分の知らない事や興味を持っている事について他人の話を聞くことは色々と勉強になる。
そこから自分なりの知見を広げていく事に楽しみがあり、それは何歳になっても変わらずワクワクするものである。
そんな僕と正反対の嫁はほとんど他人と話すことがない。
仕事で関わる人達とは少しは話すようだが、洋服を買いに行っても店員の声掛けも無視するようなそんな人見知り具合だ。
そんな人見知りな嫁が上手く沖縄生活に慣れる事ができるかは疑問だが、まあ嫁もやる時はやるだろうと僕は気楽にいる。
もし何か有った時は、僕がやれば良いのであって夫婦二人三脚で過ごしていく事が重要だ。
我が家は結婚前からそうだが、僕がどうのこうのではなく嫁が笑顔で居てくれることが重要な関係性で繋がっている。
結局のところ”俺の意見より嫁の機嫌”である。
外から部屋の中に目を向けると、ガス屋の説明が終わったようで嫁がキッチンで書類にサインしている。
僕は部屋に入り、早く立ち去ろうとしているガス屋に質問する。
「沖縄っていつもこんなにすごい雨が降るんですか?」
ガス屋は僕の質問を聞くと二コリとし、少し甲高い声で言う。
「この位は普通ですよ。結構スコール的な雨降りますけどこの位だったらすぐ止みます。GW開けたら梅雨になるんでもっと降りますけどね。これから梅雨に入ったら洗濯物乾かないんでここについてる乾燥機使った方が良いかも知れませんけど、このガス乾燥機あまり効かないんで近所のコインランドリーに行く人も多いですよ」
さも当たり前の様な感じで話すガス屋の話を僕等は聞く。
沖縄は南国、この時期からのスコールはやはり当たり前であり免れない。
ガス屋の話を真剣な顔で聞く嫁はきっと洗濯物の危険な予想を立てているのだろうと思う。
僕はコインランドリーへ洗濯物を持って歩いていく嫁の姿を脳裏に浮かべる。
僕等が黙っていると、話を終えたと思ったようで
「それじゃ、今日はありがとうござました」と話し終えたガス屋は頭を3回下げて部屋を出ていく。
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