第7話  新居そして雨音

ドアを開けて僕等は沖縄での新居に足を一歩を踏み入れる。

クリーニング後の薬液の匂いが鼻をくすぐり、嫁がバッグから塩を取り出し玄関に塩を撒く。

沖縄に引っ越す何日か前から僕の母親が散々言っていたこと「引っ越し先では必ず塩を撒きなさい!」それを嫁は実行する。嫁は玄関に塩を撒き終えると、キッチンや風呂場等の水回りにも念入りに塩を撒く。嫁は節分にある「鬼は外!」の勢い有る感じで塩を撒くのではなく、相撲の力士が土俵に撒くように下からフワリと塩を撒く。

まあ、あんなに塩は使わないが。。。

嫁は水回りに塩を撒き終えると、玄関の入り口と下駄箱の上に盛塩をする。


僕は部屋に入ると背負っていたバッグを下ろし窓を開ける。

さっきまで快晴だった空は厚い灰色の雲に覆われ、窓の外に見える学校から聞こえてくる野球部の激しい掛け声と共に湿った風が部屋に吹き込んでくる。

沖縄の人が皆がそうなのかは分からないが、沖縄の人は天気を読める人が多い。

沖縄の天気予報が外れることが多いのが原因の一つだと思うが、沖縄にずっと住んでいると雨が降りそうな感じが何となく分かってくるそうだ。

僕はあまり天気を気にして生活をしてこなかった為か、雨雲が出てきたからそろそろ雨が降るかな?と言った位にしか天候が読めなかった。

でも、何年か沖縄に住んでいると空気や風の匂いや肌の感覚などで雨が降りそうだと言う事が何となく予想できるようになってきた。

人間は進化しているようで退化している。

ITなどの道具を使いこなす技術は進歩したが、生存に関する感覚を失ってきている。

機械に生存権を握られ、機械に振り回されて生きている。

五感や感情は鈍っていき、もはやロボットと大差ない人間も世の中には数多くいる。

まあ、そんな事言っても機械が発達して便利になるに越したことは無いし、

生存の危機は今の世の中ほとんどが金に関することだらけだが。。。


嫁がバッグを下ろし一息着いたのを見計らって僕はビールを買いに出かける。

タクシーに乗っていた時に目星を付けていたスーパーへと向かう。

マンションを出てタバコに火を付けると今にも雨が降りそうな匂いの中、歩いて5分のスーパーへと歩く。

歩いて進む先に黄色の看板と緑色の看板が目に入る。

サンエーと言う聞きなれないスーパーとCOOPが向かい合って並んでいる。

黄色の背景に赤文字で書かれた、少し懐かしさを感じる趣の町内に必ず1件あるようなスーパー。

沖縄では1番有名なスーパーで大型店もあり、沖縄での就職希望率も高い。

僕は迷わずサンエーへと足を運ぶ。

引っ越しの多い僕は郷に入っては郷に従えと言う諺の通りに、引っ越し先ではその土地のスーパーや商店にこそ面白い商品が有る事を知っている。

店内に入ると寒いくらいに冷房が効いている。

黄色と緑色のチェックの制服を着たおばちゃん達が品出しをしてレジを売っている。

買い物をしている人達は皆近所の人達だろうが、サンエーの中で見ると全員うちなんちゅーの様に見える。

僕は黄色いカゴを持ち店内をブラブラ歩く。

ソーキ、てびち、中身などの肉類が並び、缶詰コーナーにはスパムが数多く並んでいる。

魚コーナーには、東北と違い刺身が冊で売ってはいない。

マグロやサーモン、イカや白身魚が全て切り身で平べったく盛られて売っている。

お菓子コーナーには黒糖を使ったお菓子にムーチーや団子などの餅系が多くあり、スナック菓子コーナーでは沖縄限定味のポテトチップやドンタコスなども売っている。

僕は店内を一通り周り酒コーナーへ向かう。

赤や黒に青い缶のオリオンビール、そしてWATTAが並ぶ酒類コーナー。

東北でもオリオンビールは売っているが、さすがに沖縄はオリオン系が勢ぞろいしている。

ボトル系コーナーを覗くと、ウイスキーやワインが端っこに並べられ、泡盛がボトル系コーナーの中央を締めている。久米仙に菊の露、海人や残波など。

僕は、ビールコーナーに並んでいる国内産の飲み慣れたビールをよそにオリオンの赤缶2本とWATTAのシークワーサーをカゴに入れ、少し迷いながら久米仙の1.8ℓパックと水をカゴに入れてレジへ向かう。

昔、どこかのオジサンが僕に語っていた。

その土地に来たらその土地の酒が一番旨いと。そして、その土地の風土に根付いた酒や食事が一番旨いと。僕は昔から色々な人の話を聞いてきたがこれは多分真実だと思う。


サンエーで酒を買った僕は嫁の待つ家へ戻る。

まだ土地勘が無く道に慣れていないせいか周りをキョロキョロしながら僕は歩く。

住宅街のこの辺りはコンクリートで出来た住宅が数多く並び、台風の雨風を浴びてきた強さと年季を僕に感じさせる。

公園ではヤシの木や小さなパイナップルのような実を付けた木が立ち並び、芝生が広がる広場では高校生がテニスの練習をしている。

「買ってきたよ」

家に着いた僕は嫁にWATTAを渡し乾杯をする。

「わっ、シークワーサー味。やっぱり沖縄だね」

僕はようやく酒を飲める事にほっとしながら、缶を開けると勢いよくビールを喉に流し込む。

一気に喉を通り過ぎるオリオン赤缶が僕の身体と脳に染み渡っていくのを感じる。

胃が少し熱くなり、身体から一瞬力が抜ける。脳に詰まっていたコリの様な物がスカッと消えていく。

「やっとほっとしたね。これ美味しいよ」嫁はチョビチョビと一口ずつ飲みながらWATTAを床に置くことも無くずっと飲み続けている。

嫁が美味しい物を飲んでいる時の飲み方だ。

僕はビールでコリが吹き飛んだ頭でこれからの事を考える。

ガス屋と宅急便と片付け、それから飲みにも行きたいとも思う。

夕方の内にもうひと頑張りして夜中は少しだけゆっくりしたい気分だ。

窓を開けて網戸にしている家の中に激しい雨の降る音と土の湿った匂いが入ってくる。雲が号泣したような大雨が降り始める。

僕は床の上に寝転んで天井を見上げる。

ビールで潤った身体が少し軽く感じられ雨の音が心地よい。

引っ越して来たら何の音楽を最初に掛けるのか考えていたのに今は音楽よりも雨の音を聴いていた方が何となくしっくりくる気分だ。

何秒か僕は雨の音に耳を澄ます。

降り続ける小刻みなリズムと水溜まりに跳ねる雨音の合唱が僕に落ち着きを与えてくれる。

雨の音なんか聴いたのはいつ以来だろうと思う。

嫁は静かに僕の横で何事かにふけている。

降り続ける雨は全ての雑音を消し去るかのように、より一層激しさを増していく。

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