第5話 駅到着 色と音と
僕等は改札を通り抜け駅を出る。
我慢に我慢してきた僕は、ライターが手におぼつかない程の勢いでライターの火をつけタバコを咥えて一服する。
沖縄ではまだまだ路上喫煙者が普通にいる。
タバコの煙と沖縄の空気を肺に大きく吸い込み、勢いよく煙を吐き出す。
タバコの煙が空に昇っていき、体の中にニコチンが染み渡る。
ほんの少し目の前の視界が開けた感じがして、視線の先には手をつないだ高校生のカップルが見える。
沖縄移住最初のタバコは中々爽快な気分だった。
不動産屋に向かうために僕等はタクシーを探す。
周りを見渡してもタクシー乗り場は無く、僕等は交差点を渡り駅の反対側へ向かう。
駅の反対側にもタクシー乗り場は無く、交差点に向かう路を人を乗せたタクシーが何台か通り過ぎる。
「タクシー捕まらないね」
交差点から離れた場所まで僕等は歩き続ける。
僕も嫁も額に汗をかき、僕のTシャツの背中に汗が滲む。
晴れ渡る太陽の陽と湿度の中で体を動かすと、沖縄が暑い地域だと言う事がいっそう体感できる。
「とりあえず、何か飲もうか?」
汗の止まらない僕は、目の前に広がる公園の自販機に清涼飲料水を買いに向かう。
嫁は公園の石垣に座り、行きかう車を目で追っている。
清涼飲料水は、東北での真夏の現場を僕に思い出させ、現場で飲むのと同じくらい爽やかで冷たい液体が喉を通り過ぎていく。
”うまい!”
僕は嫁に飲み物を渡し、タクシーを探す。
嫁が3口程飲み終えた時に、向こうの交差点からタクシーがこっちに向かってくるのが見える。
フロントには「空車」の文字。
僕は立ち上がると路に出て行き、左腕を大きく伸ばして左右に大きく振る。
タクシーが左にウインカーを出し僕に気が付く。
「来たぞ」
僕は嫁に声を掛け、嫁は慌ててペットボトルの蓋を締めながらこっちに早足で向かってくる。
タクシーが僕等の前で止まり、ドアが開く。
僕等はタクシーに乗り込み、僕は不動産屋の名前を言い行き先を告げる。
不動産屋へは行き方が何種類かあるようで、運転手から道の説明を僕は受ける。
道など勿論分からない僕の答えに、少し困ったような曖昧な表情を見せる運転手。
取りあえず運転手に道は任せることにしてタクシーは発進する。
路面に揺られながらタクシーが進み始めると、僕は急に力が抜けたような疲労感に襲われる。
ワクワクしながら沖縄移住を楽しみにしていた僕も多少は緊張で疲れていたようだ。
隣を見ると、嫁も疲れていたようで窓ガラスに頭をもたれかけながら目をつぶっている。
運転手はずっと無言でタクシーを走らせる。
冷房の効いた車内。
小さく流れるラジオからは沖縄のイベント情報が騒がしく流れる。
窓の外には、この暑さにも負けず懸命に自転車を漕いではしゃぐ中学生の軍団。
長ネギのはみ出した買い物袋を下げている腰の曲がったおばあちゃんは、進んでいるのか止まっているのかわからない。
外の景色を眺めていると空気の色が東北と沖縄では違うように感じる。
東北の空気は微かに青味をおび、沖縄の空気はオレンジ色にうっすら色づいているような。。。
”対照色”
嫁は東北の寒さが嫌だと言い、沖縄の暑さに憧れていた。
東北と沖縄では気候も違えばイメージする色も違う。
東北は冬の色、沖縄は夏の色。
”山と海” ”りんごとマンゴー” 雪とスコール” そして”寒色と暖色”
僕が外を眺めながら物思いにふけっている間にタクシーが不動産屋に着き運転手が僕に声を掛ける。
僕は運転手に待っていてくれるよう言い、嫁に一声掛けてタクシーを降りる。
これと言って特徴のないごく当たり前の不動産屋。
沖縄と言っても全国チェーンの不動産屋は全国どこでも一緒だ。
青の下地に黄色の文字で書かれた看板が大きく掲げられている。
白く塗られた壁はペンキが剥げかかり、入り口のガラス扉には昭和を思わせる丸いアルミで出来たドアノブが付いている。
僕はドアノブを回し不動産屋に入る。
ドアノブの軋む音が店内に響く。
店内は時間が止まったかのように物音ひとつしない。
カウンターで僕が名前を告げると、パーティションの奥からイスの動く音が聞こえ、担当者らしき人がカウンターまで歩いてくる。
大学生にも間違えられそうな幼い感じに、5000円程度の黒縁のメガネと、19800円に見えるスーツがよく似合う。
担当者は僕の前に来ると、傷の入ったアルミケースの名刺入れから名刺を取り出し、書類と一緒に名刺を僕に渡す。
名前からすると沖縄の人らしい。
僕は受け取った書類に必要事項を書きながら、生活環境の事や家具が故障した場合の事などいくつか質問をする。
担当者は少し早口に僕の質問にすごくザックリと答える。
日常的な会話や沖縄の話など、コミュニケーションを図る為の会話は一切ない。
あまりにも回答がザックリし過ぎて、詳細な事は何一つわからないまま、僕は書き終えた書類を担当者に渡す。
電話もラジオもキーボードを叩く音さえ聞こえないカウンターで、僕はボールペンをペン差しに戻し、担当者はほとんど書類を見もしないままコピー機へ向かう。
コピー機の動く音が店内に響く。
コピーが終わりカウンターに戻ってきた担当者はコピーした書類の控えを僕に渡し、そのついでにという感じで部屋の鍵を僕に渡す。
鍵を受け取り担当者に一言礼を言うと、僕はアルミのドアノブを回し沈黙の不動産屋を出る。
外に出て背伸びをし大きくあくびをする。
走る車の音や目の前を通る人達の歩く音が聞こえてきて現実に戻ってきた感じがする。
僕はタクシーに戻る。
嫁は起きていて「どうだった?」と僕に聞く。
「普通に鍵貰ったよ。メッチャ愛想悪かったけどね」
僕は笑いながら答えると、運転手に引っ越し先の家の住所を告げる。
大体の場所しか分からないと運転手は言い、僕はGoogleマップに引っ越し先の住所を入力し、携帯を運転手に見せる。
「ああ、ここか」と呟いた運転手は携帯から目を離すと、車をいきなりバックさせ、来た道とは違う方向にタクシーを走らせる。
タクシーの時計は15時40分を表示している。
ガス屋の立ち合いが16 時にある。
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