第4話 灰色の街

荷取り場横の自動扉を出てモノレールの駅へ向かう。

空港のターミナルは人々でごったがえしている。

ターミナル内には冷房が効いているが、人々の熱気と、閉まる暇の無い自動扉から入り込んでくる外からの熱風でやや蒸し暑く感じる。

すれ違う人々は皆一様に楽しそうな笑顔を浮かべ、甲高い笑い声を立てあいながらそれぞれのバスやレンタカーに乗っていく。

周りを見渡すと東北で見るようなスーツにコートを着ている人はほとんどいない、ほとんどの男性はかりゆしやTシャツに短パン姿。

女性は夏を思い出させる太めのパンツや薄い生地の上着。


4月も間近の3月の沖縄は思いのほか暑い。

子供たちはターミナル内を走り回り、時々現実を思い出させる小さな子供の泣き声が救急車のサイレンのように耳に響く。

のんびりとモノレールの駅へ向かう僕等の横を、沖縄に全く似合わない暑苦しいスーツを着た男性が追い越していく。

スーツケースを引きずりながら無個性な黒いパソコンバックを持っている姿は、仕事の出張で来ているサラリーマン風に見える。

何年も着ているのであろうジャケットと、靴下を擦るのではないかと思うほど踵のすり減った革靴が、くたびれた中年男性の姿にその男性を見せているが、そのくたびれた恰好とは裏腹に、僕等の前を歩いていくその姿は少しだけ軽やかに見える。

旅行で来ている人も仕事で来ている人も、皆沖縄に何かを求め、沖縄に何かを置いていく。

沖縄で南国の風土を感じ、日常生活とは違うその何日間を過ごす楽しみが、日々の代り映えの無い生活を少しだけ変化のある生活にしているのであろう。

そしてその楽しみが大きければ大きいほど、この沖縄でそれを爆発させ、

それらは煙となって沖縄の空へ消えていく。


”旅人達の現地限りの無責任で底抜けに明るい高揚感”


そんな幸福な旅人達の間を通り抜け、僕等はモノレール乗り場へ向かう。

新居となる家のある駅を僕等は駅賃表で探し切符を購入する。

沖縄のモノレールではSuicaやPasmo等の車両系電子マネーは使えず、

Okikaという沖縄独自の車両系電子マネーが使えるようになっている。

改札口は本土と違いバーコード形式になっており、切符を改札に通すのではなく電子マネー同様に切符のバーコードを改札機のリーダーにかざす形式となっている。

モノレール2回目の僕は、初めてモノレールに乗る嫁に

「バーコードを当てるんだよ」と教える。

切符をかざすとスーパーのレジと同じような電子音が鳴る。

その電子音が沖縄で初めてモノレールに乗った時の事を僕に思い出させる。

僕は3ヶ月程前に1人で沖縄に来て、初めてモノレールに乗った。

その時の切符の使い方が東北と違い珍かったので、僕はその時の沖縄土産の1つとして嫁に切符を持って帰った。

嫁は切符のお土産を全然嬉しがらなかったが、僕は嫁にモノレールの乗り方の珍しさとバーコードを当てるのに初めは意外に苦労したことを話したものだった。

「前にこれお土産に持って帰ったの覚えてる?」

駅のエスカレータを昇りながら僕が聞く。

「そんなことあったね、でもこれからはずっとこれが普通になるんだよ」

と笑う嫁は販売機でジュースでも買うのか鞄から小銭を出している。


”そうなのだ、これからはずっとこれなのだ”


僕等がホームに立つと2両編成の車両が那覇空港駅のホームに入ってくる所だった。

初めてモノレールに乗った時も思ったが、沖縄のモノレールの駅は余計な物が無くこざっぱりとした印象を受ける。

駅名の看板と待合のイスと防護冊だけ。ホームの長さは短く、本土の様な無駄にうるさいアナウンスも無い。白で塗装された防護柵や柱の塗装も剥げてはおらず、朽ち果てている感もない。

東京に住んでいた頃、よく乗っていた中央線や西武線のホームに感じる重苦しい暗い感じも無く、なんとなく列車を待っている間もイライラしない様な気がする。

まあ、沖縄の青い空とうちなータイムがそう思わせるのかも知れないが。。。


車両を待っている人のほとんどの人達は観光客のようで、皆一様にスーツケースを持ち、観光案内の本や携帯を眺めながらテンションの高い会話が弾んでいる。

僕は携帯で不動産屋の場所を再確認しながら、タバコを吸っていない事を思い出す。

仙台空港で飛行機に乗ってから3時間以上もタバコを吸っていない事に自分でも少し驚く。

思い出すと急にタバコが吸いたくなってきたが、モノレールが着いたので仕方が無いと我慢する。

モノレールが発進し、周囲の変わらぬ騒がしさの中、僕は窓の外に見える沖縄の街並みを斜め上から眺める。

モノレールは空港出て街中を走り、戦後から築50年はたっていそうな古びた低い建物が所狭しと並ぶ街並みを通る。

灰色のコンクリート建造物。

街は灰色で塗り潰され、潰れかけている商店の看板が所々に差し色となる。

灰色のコンクリートの街に、錆びついた剥き出しの鉄筋が混じりあうその風景は、

僕に沖縄の歴史と昭和的懐かしさを感じさせ、道路沿いに並び立つ街路樹やヤシの木の葉が太陽に照らされる光とのコントラストが、より一層僕の中に沖縄の現在と過去を映し出す。


遥か昔にアメリカから返還された沖縄は、ニュースでも見るように今でも日本やアメリカや住民の間で色々なイザコザが絶えない。

テレビを見ない僕でも沖縄には多くの問題があることを知っている。

それが、モノレールの窓から見える灰色と光の世界とどのように関わりあっているのかは分からないが、南国の明るいトロピカルなイメージの中には沖縄の深い過去が関係していると言う事はこの景色を見ているだけで僕にも何となく想像できる。

僕がそんな事を考えているうちに、モノレールは僕等の目的の駅に着いた。

モノレールを降りた僕は空を見上げて大きく息を吸う。

沖縄の空気が僕の体の隅々に入り込み、体中が海の匂いのする空気で満たされる。

隣では、少しだけ生温く感じる潮風が嫁の髪をサラサラと揺らしている。

「さて、行くか」バッグを背負い、駅のホームから街を見下ろす。

灰色の街が少しだけ明るく見えた。

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