第118話「大切な約束」

「――エマは、そのまま寝かせておこっか。起こしちゃうと、話が進まないだろうし」


 花音さんのベッドでは、エマちゃんが気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 シャーロットさんの母親の言う通り、エマちゃんが起きるとそちらの相手をしないといけなくなるので、今は寝かせておいたほうがいいだろう。

 何より、こんなにも気持ちよさそうに寝ているのに、起こしてしまうのは可哀想だ。


「さて、どこから話したものかしら」

「私は、聞きたいことが沢山あるんだけど……」


 顎に手を添えて考える母親に対し、シャーロットさんが物言いたげな目を向ける。

 彼女が日本語でタメ口を話すところは初めて聞く気がするし、こんな表情も滅多に見ない。

 やはり、家族だと違うのだろう。


「そうね、時系列順に話したほうが早いかしら。もうロッティーも気付いてると思うけど、私は明人君が幼い頃に出会ってるのよ。一時期、本当の息子のように毎日遊んでいたわ」


 それを聞いたシャーロットさんは、拗ねたような目を俺に向けてくる。

 なぜか、ヤキモチを焼いているようだ。


 ……うん、なぜだ。


「幼い頃に会ってるんだから、やましいこととか一切ないよ……?」


 一応俺は、フォローしておく。


「そうですが……私は明人君の幼い頃を知らないのに、お母さんが知っているというのは……」


 どうやら、自分が知らないのに母親が知っているのが嫌なようだ。

 本当に、この子は……。


「ロッティーって、ほんと独占欲強いよね」

「――っ!?」


 俺が思ったことをシャーロットさんの母親が言うと、シャーロットさんの顔は一瞬で赤くなった。

 図星だったようだ。


「だ、誰だって、恋人の幼い頃は知りたいと思うもん……!」

「ロッティーの場合、ヤキモチ焼いてるでしょ? 知りたいって欲求だけじゃないわ」

「もう、なんでそんないじわるを言うの……!」


 こんなシャーロットさんは新鮮だ。

 本人には悪いけど、見ていてちょっと楽しい。

 やっぱり、俺の彼女はかわいすぎる。


「別にこんなのをいじわるとは言わないけど……。あまり大きな声出すと、エマが起きて暴れるからやめてね」

「あっ……」


 指摘されると、シャーロットさんは恥ずかしそうに身を縮める。

 チラッと俺の顔を見てきたのは、良くないところを見せたと思ってるのかもしれない。


「仲が良さそうでよかったよ」

「うぅ……お恥ずかしいです……」


 シャーロットさんはそう言うと、俺の服の袖を指で摘まんできた。

 顔は俯いており、耳まで真っ赤だ。


「仲がいいのは、二人のほうみたいだけどね」


 俺たちの様子を見ていたシャーロットさんの母親は、優しい笑みを浮かべた。

 昔と変わっておらず、優しい人のままなのだろう。


「じゃあ、話に戻るわね。明人君、あの約束って話してもいいかな?」

「約束……?」


 シャーロットさんが不思議そうに俺の顔を見てくる。

 先程も言っていたのだけど、あまり気にしてなかったのかもしれない。


「もちろん、大丈夫ですよ」

「ありがとう」


 シャーロットさんの母親はそうお礼を言ってくると、シャーロットさんに視線を向けた。


「さっきも言ったけど、私は明人君のことを本当の息子のように思ってた。だって、歳もロッティーと同じだったんだからね。だけど――私はイギリスに家族を残しているし、日本に残るわけにはいかなかったから、明人君を引き取ることもできなかった。だから日本を離れる時に、約束したの。明人君が大きくなったら、家族として迎えに来るって」


 ――そう、それがお姉さんとしていた、大切な約束だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る