第104話「黒幕」

「テ、テレビ……?」

「あ、あの、もしかして私のキスの写真、全国で流されているのでしょうか……?」


 戸惑いながらシャーロットさんの顔を見ると、シャーロットさんは目に涙を浮かべて俺の顔を見上げていた。

 顔は真っ赤に染まっており、恥ずかしさからプルプルと体を震わせている。

 まぁあの写真が全国で流れているのなら恥ずかしくてこうなっても仕方がないだろう。


 ただ――あの写真、全国どころか世界に流されているんだよな……。


 既に拡散は日本人だけでなく外国人にもされているし、コメント欄ではシャーロットさんに対する外国人からの称賛の声が多く書かれていた。

 下手をすると彼女のイギリスにいる友達の目にも留まっている可能性があるレベルだ。

 正直に言うと、あの写真だけに関して言えば今更テレビに取り上げられたところで大したことはないと思う。


「もう今更だと思うよ」

「はぅ……」


 俺の言葉を聞いたシャーロットさんは恥ずかしそうに俺の腕に顔を押し当ててきた。

 多分凄く後悔しているのだろう。

 だけど、確か拡散を促したのは彼女だったはず。

 これはもう自業自得として割り切ってもらうしかなかった。


「とりあえずテレビを見てみようか……」

『いやいやいやいや! その前に俺を中に入れてくれよ!? しかもその感じ、部屋にシャーロットさんを連れ込んでいたんだな!』


 テレビを見に戻ろうとすると、インターホン越しに彰のツッコミが聞こえてきた。


 そういえば玄関先にいたんだったな。

 シャーロットさんに気を取られて一瞬忘れてしまっていた。

 どうやらシャーロットさんがいることもバレてしまっているようだし、中に入れてしまったほうがいいか……。


 そう結論付けた俺は、ドアの鍵を開けて彰を中に入れた。


「…………」


 中に入った彰は、顔を真っ赤に染めながらモジモジとするシャーロットさんを見て黙り込んでしまう。

 それによってシャーロットさんは恥ずかしそうに再度俺の腕に顔を埋めてしまった。

 おかげで彰の目が一気に怖くなる。


「人が心配している時に、随分とお楽しみだったようで……」

「いや、彰? お前何か勘違いしていると思うぞ?」

「勘違い!? 女の子が顔を真っ赤にしてモジモジしながら男にくっつくなんて、そんなの事後――!」

「やめろ馬鹿……!」


 とんでもない発言をしようとした彰を俺は慌てて止めた。

 いや、もう手遅れかもしれないが、そういう会話は彼女がいるところでしたくないものだ。

 ここはシャーロットさんが聞きとっていてもとぼける方向でいくしかない。


「絶対にお前が考えているような事はしてないから、もうそんな発言はするな」

「でも、シャーロットさんの様子……!」

「これはまた別だ!」

「そ、そうなのか……?」


 俺の言葉を聞き、俺ではなくシャーロットさんにそう問いかける彰。

 質問を受けたシャーロットさんはとても恥ずかしそうにしながらもコクコクと一生懸命に首を縦に振っていた。

 ちゃっかり彰が言った言葉は理解しているようで、意外とそっち系の知識も豊富なご様子。

 だけどそんなツッコミを本人相手に入れられるわけがなく、逆にこの話をシャーロットさんに振った彰のことをある意味勇者だと俺は思ってしまった。


「はいはい、もうこの話は終わり。それよりもテレビだ。いったいどんな内容が放送されているんだよ?」


 これ以上はシャーロットさんを辱めるだけだと思った俺は、移動を促しながら彰に問いかける。

 すると、彰は凄く神妙な面もちをしながら口を開いた。


「いや、結構やばいことになってるんだって。とりあえずテレビを見てみろよ」

「そんなになのか……?」


 どう見ても彰の様子は尋常じゃないため、俺は緊張をしながらテレビを付ける。

 そして画面に映ったのは、よくわからないおじさんたちが話をしているシーンだった。


『いや、本当にこれは大問題だと思いますよ? 当時の映像を見返してみましたが、確かに彼がいれば日本のサッカー界は大きく変わっていたかもしれません』

『ですよね。むしろどうして当時は注目されていなかったのか不思議なくらいです』

『それは彼が試合中目立たないようにしていたからだと思いますよ。決定機を作るために伏線は張るが、それ以外はマークされないように目立たない動きを意図的にしているようですからね。たったワンプレー目立つ動きをしただけでは、そこまで注目をされませんよ』


 そんなふうにおじさんたちは俺が昔プレーをしていた時の映像を流しながら語りあっているのだが、本当に誰だろう、このおじさんたちは……。


「これは……?」

「有名なサッカー解説者たちによるお前の絶賛会と、そのお前を失ったことに対する嘆く会」

「いや、そんなことを今更しても無意味――というか、これがお前の言っていた大事?」


 確かに全国的に流れる局でされている緊急番組のようで、大事と言えば大事だろう。

 しかし、これだけなら彰がこれほど慌てるほどでもないはずだ。

 これなら、SNSで拡散され続けている内容のほうがやばい。


 だけど――。


「いや、この後だって」

「この後……?」


 彰にそう言われ、俺は黙ってテレビを見続ける。

 すると――。


『それで、皆さんが言われている日本の宝になったかもしれない彼がサッカー界を去った理由なのですが――』


 テレビを見ていると、聞き手に徹していたとても綺麗なお姉さんが急に深刻そうな表情で喋り始める。

 俺が全国大会初戦を放棄したことや、それによってチームが混乱し試合が壊れてしまったこと。

 戦犯や、最低の司令塔などというあだ名が付いたことを話していた。

 テレビに出ている人たちはそれに対して何かを言うことはせず、真剣な表情で話しを聞いている。


「明人君、もう見るのをやめたほうがいいのでは……?」


 あまりにも俺に対する酷い説明がされるため、顔色を変えたシャーロットさんが心配したように俺の顔を見上げてきた。

 だけど、今更こんなことで動じるほどではない。

 それに彰が何も言わないってことは、こいつが見せたいのはまだ先の話しだろう。


「いや、大丈夫だよ。そうだよな、彰?」

「あぁ、このまま見てろよ。とんでもない情報が飛び出すからよ」

「…………」


 俺と俺が見るのをやめようとしないせいで、シャロットさんはギュッと俺の服の袖を握ってきた。

 表情は暗く、優しい彼女に心配をかけてしまっていることがわかる。


 本来なら頭を撫でてあげたいところだけど、今は彰がいるのでさすがにやるわけにはいかない。

 だから、代わりに彼女の手をソッと優しく握った。


「あっ……」

「大丈夫だから、ね?」

「はい……」


 優しい笑顔を意識して微笑みかけると、シャーロットさんは安心したかのように俺の腕に再度体を預けてきた。

 それにより彰の舌打ちが聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだろう。

 そんなふうにシャーロットさんの相手をしていると、テレビのお姉さんが言葉を切り、大きく深呼吸をした。


「くるぞ」


 お姉さんの態度を見た彰は、俺の隣でそう呟く。

 そして――。


『しかし、今日真実が発覚しました! なんと、青柳君は自ら試合を投げだしたのではなく、彼がそうせざるを得ないように追い込んだ黒幕がいることが発覚したのです! しかもそれは――あの日本を代表する財閥、姫柊財閥のトップだったのです!』


 そう高らかに発言するお姉さん。

 その言葉を聞いた俺はとんでもない発言に驚愕してしまった。


「なん、だと……?」

「なっ!? これやばいだろ!?」

「やばいどころじゃないだろ……」


 隣で興奮する彰に対し、俺は焦りを感じながらそう口にする。

 彰的には面白くなってきた、これは仕返しのチャンスだ、というふうにワクワクしているようだが、俺としては素直に喜べる状況ではなかった。


「どこの局もこんな放送をしているんだぜ! それにしてもさすがテレビ局だよな、こんなに早く情報を手に入れるなんて!」

「いや、いくらなんでも早すぎる。俺と理玖の発言から裏で糸を引く存在がいることがわかったとしても、こんなに特定が早くできるはずがない」


 ましてや相手は大手財閥のトップ。

 こんなテレビで名誉棄損のようなことをすればどんな仕返しをされるかわかったものじゃないし、もし万が一その情報が間違っていた場合のリスクも大きすぎる。

 だから裏は慎重にとらないといけないのに、たった半日足らずでこんな行動に移れるはずがないのだ。


 考えられるのは、テレビ局があっさり信じるほどの人間による情報リーク。

 それも、確実な証拠を提示した上での行動だ。


 これは理玖がやっているわけではないだろう。

 それだけではテレビもこんなふうに行動に出ることはできないと思う。

 となれば、いったい誰が糸を引いているのか――そんなことができる人間、心当たりは一人しかいなかった。


 しかし、動機がわからない。

 今更こんなことをして何になるのか――。


「俺たちがSNSで話題になったから、それを利用したのか……? いや、そもそもあの人・・・が現れた後の理玖との遭遇……これは本当に偶然……? でも、それだったら最初にあの人が俺の前に現れた内容とは全く関係性が見えない……」

「明人君……?」


 いったい何が狙いなのか。

 そしてこの後どんな展開になっていくのかがわからずに考えごとをしていると、シャーロットさんが不安そうに見つめてきた。

 そんな彼女の手を俺は優しく引き剥がし、スマホを取り出す。


「ごめん、ちょっと連絡をしたいところがある!」


 今すぐにでも確認をとらないといけないと思った俺は、慌ててシャーロットさんから離れ、ある人へと電話をかけるのだった。

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