第99話「チェックメイト」

「なっ、なななな!」


 頬にキスをされた俺は、その部分を手で押さえながらシャーロットさんの顔を見る。

 しかし、彼女は既に俺のほうを見ていなかった。


「お好きに拡散して頂いて結構ですので」


 彼女は一緒に写真を撮っている女の子たちや周りの観客に視線を向けながら、微笑んで写真の拡散を促した。

 それにより周りのテンションは更に上がってしまい、ほとんどの人間がスマホをタップしまくっている。

 まるでアイドルの許しを得たかのようなテンションで、とんでもない勢いで拡散をされているようだ。


 誰がどう見ても火に油を注ぐ行為。

 ましてや、こんな大勢の前でキスをしてくるだなんて俺は彼女の考えがわからなかった。


「シャーロットさん……」


 バクバクと激しく脈だつ心臓の鼓動を感じながら、俺はシャーロットさんの名前を呼ぶ。

 すると、彼女はゆっくりと俺の顔を見上げてきた。

 その顔は羞恥心により真っ赤に染まっており、目はグルグルと回っているかのように焦点が合っていない。


 この顔を見て俺は、シャーロットさんの内心を察してしまった。


「あの……凄く嬉しかったけど、無理はしなくてよかったのに……」


 怒っていないアピールをするためになるべく優しい声を意識して俺はそう伝える。

 すると、シャーロットさんは照れや甘えたい度がかなり高まった時に取る行動――ぎゅっと、俺の腕に抱き着いて自分の顔を腕へと押し付けてきた。


 恥ずかしくて顔を隠したいのだろう。

 だけどそれは更に火に油を注ぐ行為なわけで――結果、シャッター音が数分間駅内を包み込むのだった。


「――ごめんなさい……」


 やりすぎたと思ったのだろう。

 シャーロットさんはタクシーに乗るなり消え入るような声で謝ってきた。

 あの後もいろんな人から写真を一緒に撮ってほしいと求められたのだが、みんなの前でキスをしたシャーロットさんの精神的ダメージは大きく丁重にお断りさせて頂いた。


 ちなみに、タクシーに乗っているのはファンを自称する人たちをまくためだ。


 とりあえず、これからどうするかをちゃんと家に帰ってから考えないといけないだろう……。


 俺はそんなことを考えながら、不安そうなシャーロットさんの頭を優しく撫でるのだった。



          ◆



「――さすが、お姉様の娘さんと明人ですね……。こちらの予想の斜め上を突っ切ることをしてきました」


 私は腕の中にいる天使のようにかわいい銀髪の幼い子供をあやしながら、別部屋で過ごして頂いていた銀髪の女性にそう伝えました。

 彼女とは幼い頃からお付き合いがあり、その頃にお姉様と呼ばせて頂いていましたので、今でもお姉様とお呼びさせて頂いております。


「どういうことかな、花音ちゃん?」

「――こちらをご覧になってください」


 私が何かを言う前に、できるメイドである有紗がスマホをお姉様にお見せします。

 すると、お姉様は大層驚いたように声を上げられました。


「まぁ……! ロッティーたら大胆ね……!」


 そう言いながらも、お姉様はとても嬉しそうです。

 彼女にお見せしたのは、女の子数人と写っている明人とシャーロットさんの写真です。

 その写真では、シャーロットさんが明人の頬へキスをしておりました。


 この写真は先程有紗がSNSで見つけたものですが、今や彼らは時の人になっているようです。


 お姉様は娘さんがネットの晒し者になっていることは気にしていないようですが、普通このような事態になることはありえません。

 特に明人の評価は、昔の悪名を打ち消すほどに人気となっているようです。


 さてさて、本当にやってくれたものですよ。

 目を離すとすぐに厄介事を増やすところが、昔からあの子の悪い癖ですね。


 ……まぁしかし――こんな状況に置かれていたからこそ、シャーロットさんはこのような行動をお取りになられたのでしょう。


 こんな大勢に囲まれた中でキスをするような子には見えませんでしたが、やはり独占欲はかなり強そうです。

 さて、恋愛ごとになると鈍感になるあの子はこのキスの意味に気付いているのでしょうか?


「でも、どうしてこんなことに?」

「どうやら昔の知人と明人が接触してしまったようです。明人の表情を見るに、彼の中で何かしらの答えは出せたようですね」

「それ、ロッティーじゃなくてその知人の子が何か手助けしちゃったってこと?」

「はい、おそらくその知人によって最悪のケースから免れる手段を得た、というところでしょうか」


 彼らがしていた会話の内容のほとんどはSNSで飛び交っています。

 ですから内容は把握しておりますので、まず間違いなく明人はもう絶望の淵には立っていないでしょう。


 それにその様子は動画にも撮られておりましたので、明人の表情の変化を見ることができたおかげで簡単に彼の心情が読み取れました。


「それ、結構まずい方向に進んでない? 大丈夫?」

「必要があればまた私が心をへし折りに行きますが、どういたしましょうか?」


 状況が想定とはかけ離れた方向に進んでいるため、お姉様と有紗は私に意見を求めてきます。


 今の状況は望まぬ形――それはまず間違いありません。


 しかし、結果的にはこちらにとって求めていた以上のものを返してくれることでしょう。


「いえ、もう十分です。おそらく数日以内に明人は私の元を訪れることでしょう。そうなれば――いよいよ、チェックメイトです。そうですよね、お父様?」


 私はお姉様たちの質問に答えた後、かわいい妹分の頭を撫でながらこの場にいない男性に向けてそうメッセージを飛ばすのでした。

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