第97話「ファンと女神様」

「疲れたな……」


 俺はガタゴトと揺れる電車の中でポツリとそう呟いた。


 あの後、俺はシャーロットさんと共に女の子たちから質問攻めを喰らってしまった。

 さすがに相手なんてしてられなかったのでなんとかまいて逃げてきたが、おかげでシャーロットさんとの遊園地デートはパァだ。


 それどころかシャーロットさんは、現在俺の胸に頭を預けて抱き着きながら拗ねてしまっていた。


「ごめんね、シャーロットさん……」

「…………」


 頭を優しく撫でながら謝ると、彼女は無言で顔をグリグリと押し付けてきた。

 どうやら機嫌はまだ直らないらしい。


 彼女が拗ねてしまっている理由は楽しみにしていた遊園地デートが出来なくなった――からではなく、どうやら俺が女の子たちに囲まれて質問攻めにあっていたのが嫌だったらしい。

 他の女の子にチヤホヤされているように見えて心配になったと先程漏らしていた。


 そして、もう一つ理由はあるらしい。

 それは――。


「明人君という呼び方、盗られちゃいました……」


 理玖に感化された女の子たちが俺の事を《明人君》と呼んでしまった事で、自分だけの特権と思いたかったシャーロットさんにはショックだったらしい。


 なんというか、見た目や普段の性格の割に結構ヤキモチ焼きみたいだ。


 まぁだけど、エマちゃんの姉だという事や、実は甘えん坊だという事を考えると自然と納得がいく。


 エマちゃんもヤキモチ焼きというか独占欲が強いし、甘えん坊であれば自分を甘やかしてくれる相手を独占したいと考えるのは普通だと思うからな。


 正直言うと、拗ねている彼女には申し訳ないけど今のシャーロットさんも凄く可愛い。

 いや、それどころか普段は見えない表情だけに更に魅力的に見えた。


 しかし、今や俺はSNSの晒し者で、ここも人が多くいる電車の中という事もあって絶賛注目を集め中だ。


 特に女の子たちが目を輝かして俺たちを見ており、先程から話しかけてきたそうにウズウズとしていた。

 だけど、話しかけてこないのは今のシャーロットさんの様子にあるのだろう。

 俺たちを見つめている女の子たちはとても尊いものを見るような目をしているからな。


 今もなおSNSでは俺たちの話題が飛び交っているようだけど、本当にこれからどうなる事やら。

 正直頭が痛くて仕方がないが、今はそれよりもこのかわいい彼女をどうにかしないといけない。


「まぁ元々下の名前で君呼びだったから、仕方ないところはあると思うよ。他の呼び方に変えてみるのはどうかな?」

「では、ダーリン――」


「「「「「――っ!?」」」」」


「――は、恥ずかしくて無理ですね……」


 とんでもない呼び方を提案してきたシャーロットさんに俺とこちらを見つめている女の子たちが驚くと、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら再度顔を俺の胸へと押し付けて隠してしまった。

 どうやら言ってみただけらしい。


 女の子たちはその様子を見てめちゃくちゃ興奮してしまうのだが、スマホを向けてきているのは頂けない。

 俺やシャーロットさんは理玖とは違って一般人なのだから盗撮は本当に駄目だ。


「すみません、写真を撮るのはやめて頂けますでしょうか?」


 とりあえず、反感を買わないように笑顔で優しく女の子たちに言ってみる。

 すると、なぜか彼女たちは顔を赤くしてコクコクと頷いた。

 それを見たシャーロットさんは顔を俺の胸に押し付けてグリグリと不満をアピールしてくる。

 どうやら彼女的に今のはNGだったようだ。


 いや、うん、なぜだ……。


 シャーロットさんの態度には少し納得がいかないけれど、やっぱり盗撮は無視できない。

 とりあえず、話しかけてしまったという事もあり彼女たちと話してみる事にした。


「えっと、何か用でしょうか?」


 俺は更に拗ねてしまったシャーロットさんの頭を優しく撫で続けながら女の子たちに声をかける。

 とんでもない事をしているな、という自覚はあるのだけど、撫でるのをやめると寂しそうな顔をされるので仕方なかった。


 声をかけてみると、女の子たちは何やら顔を見合わせて頷きあう。

 そして、一人が代表するように俺の前へときて、意を決したように口を開いた。


「あ、あの、写真を一緒に撮ってもらえませんか……!」

「……えっ?」


 予想外のことを言われた俺は、一瞬何を言われたのか理解できずに首を傾げてしまう。

 すると、再度女の子は口を開いた。


「あ、明人君ですよね……? 私たち、理玖君とのやりとりや、彼女さんを何よりも大切にされてる姿勢に感動してファンになりました……! ですから、一緒に写真を撮って頂きたいです……!」


 女の子はそう言って、スマホを胸の前へと掲げた。

 それに呼応するように女の子たちもコクコクと後ろで一生懸命頷いている。


 いや、うん。

 ちょっと待ってくれ。


「あの、俺一般人ですよ? ファンとかその、普通におかしくないですか?」

「でも、元日本代表だったんですよね! そして、あの理玖君が凄く頼りにされてる人です! それだけで一般人じゃないですよ!」


 うん、なんだその無茶苦茶な理屈は。

 理玖の奴どんだけ崇められているんだよ……。


「えっと、評価してくれるのは有り難いのですけど、ファンとか、写真を撮るなどの行為は困りますね。どうやら彼女を大切にしてる姿勢も買ってくれたみたいですが、君たちのそういう行動は彼女を不安にさせると思いますので」


 ファンと言ってる子たちと写真なんか撮ってしまえば、今絶賛拗ね中のシャーロットさんが更に拗ねるのは目に見えている。

 だから言葉は少し変えたが、俺は迷う事なく断った。


 しかし――。


「あっ、もちろん彼女さんも一緒にお願いします……! 外国人の方ですよね、凄く可愛くて羨ましいです……!」


 どうやら、彼女たちは引くつもりがないらしい。

 というか、目を惹く存在であるシャーロットさんとも写真を撮りたいようだ。


「すみません、そういうのは――」

「いいですよ」


 俺が断ろうとすると、なぜかシャーロットさんが俺から顔を起こしてオーケーしてしまった。

 それにより女の子たちは喜んでしまい、今更駄目だとは言えない雰囲気になってしまう。


「シャーロットさん、いいの……?」

「彼女たちの気持ちを無下にしたくはございませんので」


 そう言ってシャーロットさんは誰もが見惚れるようなかわいらしい笑みを浮かべる。


 うん、この子が他人のお願いをそう簡単に断れるような子じゃないという事を忘れていた。


 だけど無理をしている事は明白だ。

 ただ、ここで無理矢理断る手もあるのだろうけれど、それでは不満を買ってしまいある事ない事を言いふらされてしまう可能性がある。

 だから、一度オーケーしてしまった以上もう彼女たちと写真を撮るしかなかった。


「――それに、明人君の彼女は私です、とアピールしておきませんと……」

「えっ?」

「いえいえ、なんでもございません」


 今、なんだか気になる言葉が聞こえた気がしたんだけど、これは気のせいなのだろうか……?


「電車の中ではご迷惑になってしまいますので、次の駅で降りてからでもかまいませんでしょうか?」


 俺がシャーロットさんの言葉に戸惑っていると、彼女は俺から離れて女の子たちに声をかけた。


「は、はい、もちろんです! みんなもいいよね!?」


 代表の子が振り返って後ろの子たちに尋ねると、彼女たちはとても嬉しそうに首を縦に振っていた。

 まるで芸能人と写真が撮れるとでもいうかのようなはしゃぎようだ。


 本当に頭が痛い。


「明人君の彼女さんは見た目だけでなく中身も女神様みたい、と。よし、送信」

「……ちょっと待ってください。今何に送信したんですか?」


 何やらスマホを操作していた女の子が不穏な言葉を呟いたので、俺は思わず反応してしまった。


「えっ? 何にってSNSにですよ?」

「うん、そういう事は書かないでくれると有り難いです……」


 なぜ悪気もなく小首を傾げているんだ、という文句は頑張って呑み込んで俺はそう頼んだ。

 しかし――。


「でも、今やSNSは明人君たちの話題で持ちきりですよ? 今更一つや二つ変わりませんって」


 どうやらこちらの思いは汲んでもらえなかったらしい。

 何気ない事を呟くのが当たり前になってしまっているのだろう。

 この子はもう少しマナーというものを知ったほうがいいと思うぞ。


「明人君、いいですよ。悪口を書かれたわけではないのですから」


 どう注意したら伝わるのか考えようとすると、隣にいるシャーロットさんが優しい笑顔で首を横に振ってしまった。


 それによって――

「「「「「彼女さん、やっぱり優しい〜!」」」」」

 ――女の子たちは更に興奮してしまうのだが、その様子を見て俺はこの子たちと相性が悪いと認識するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る