第96話「時の人」

「納得したんじゃなかったのか、お前は……」

「いや、納得したけどさ、彰を使えと言うのなら一番彼を生かせる君に戻ってきてほしいとなるのは当たり前じゃないか……!」


 まぁ、確かにそうなんだろうけどさ……。

 こっちはこっちで片付けないといけない問題があるし、シャーロットさんと離れ離れになる事は避けたい。

 だからどうしても理玖の誘いは受け入れられないのだ。


「大丈夫さ、言っただろお前の仲間は強いって。彰に合わせられるパサーがいるのなら何も問題はないさ。それに、あいつだって中学の時とは違う。代表で自分が生きるための答えは既に出しているはずだしな」

「……そうだね、確かにそうかもしれない。うん、わかったよ、もう一度僕は彼らとどうやっていくかよく考えてみる。頼りたくても、君はどうしても首を縦に振ってくれないようだしね」


 理玖はそう言って肩をすくめてしまう。

 これ以上話をしても俺が首を縦に振らないだろうから仕方がない、といった感じだ。


「納得してくれたのならいい」


 理玖の言い分も十分わかっているため、俺もこいつが退いた以上はもう何も言うつもりはなかった。

 そして、話が終わった事で少しだけ二人の間に沈黙の時間が流れると、理玖は何かを思い出したかのように口を開いた。


「あぁ、ところで話は変わるんだけど、また君は厄介事に巻き込まれてるのかい?」

「えっ、どうしてだ……?」

「さっき言ってたじゃないか、今俺が置かれている状況だと将来が繋がる事は有り難いって。そんな事を言うって事は、将来を脅かす何かを抱えているって事だろ? そしてそれは、君の立場を考えると彼女に関わる事じゃないのかい?」

「――っ!」


 素直に驚いた……。

 昔から勘がいいほうだとは思っていたけれど、俺の失言からシャーロットさんに関わるという事まで見抜かれるとは思わなかった。


「君に対してあんな仕打ちをしたから、今度は彼女と付き合う事を反対されているのかな?」


 しかし、さすがに許婚が出来て彼女と別れないといけない立場に追いやられている、という事までは見抜けなかったらしい。


「それは、少し違うな……。だけど、似てはいる」

「なるほどね……それでも君は、彼女と少しだけ離れる代わりに明るい未来が待っているプロではなく、例えこの先困難が待ち受けていようと今彼女と一緒にいる道を選ぶと? それで将来が切り開けると信じているのかい?」


 理玖はそう言いながら俺を試すような目で見つめてくる。

 どちらを選ぶほうが賢いかなんて、恐らく考えるまでもないのだろう。

 だけど、それでも俺はシャーロットさんと離れる道は選べない。


 それに、将来に希望がないというわけでもないのだ。


「信じているさ。少なくとも、俺たちの将来を妨害されないように動くつもりだ」

「なるほどね……うん、やはり君はそういう男だよね」


 俺の答えを聞くと、理玖は優しい笑みを浮かべた。

 そして、ポンッと自身の胸を叩く。


「だったら、いつでも僕を頼ってくれ。これでも最近はテレビによく呼ばれているし、誘いも多く受けてるから結構頼りになる知り合いは多いんだ」


 確かに理玖は今やテレビで引っ張りだこだ。

 きっと番組とかで知り合った芸能人と仲良くやっているのだろう。

 俺に対しては変な態度ばかり見せる理玖だが、実はこいつのコミュ力はかなり高い。

 そしてアイドル顔負けの超イケメンという事もあって、女の子を手だまにとるのが半端なく上手い奴だ。

 多分俺が一生関わる事のないような相手と仲良くしているのだろう。


 しかし、いくら理玖の頼みとはいえ、その人たちも相手によっては付く側が変わるはずだ。


「だけど、相手を知ったらさすがに……」

「いや、何人かはそれでも手を貸してくれそうな人はいるよ。ただ、確かに絶対じゃない。だから、僕はもう一つ提案をさせてもらうね」


 理玖は俺の返しを予想していたようで、すぐに保険として違う提案をしてきた。

 俺はそちらのほうに興味が沸き、すぐさま喰いつく。


「それはなんだ?」

「君が望むのなら、プロ以外でもコネでサッカー方面の仕事に口利きをしてあげるよ。君は要領もいいから相手方も助かると思うしね」


 ここで言う口利きとは、おそらくただ紹介してくれるだけではない。

 それでは妨害を受けたら終わりになるからな。

 だからこれは、俺を縛るあの人・・・の妨害が入っても、理玖を優先してくれるところに紹介してくれようとしているというわけだ。


「お前の誘いを断ったのにそこまでしてくれるのか……?」

「君が困ってるのなら見過ごせないじゃないか。だって君は、僕の恩人なんだからね。君がいなかったら今の僕はいなかったよ。それに、僕を袖にしてまで選んだ道を他の奴に潰されたくない。ましてや、君をサッカー界から追いやったの思い通りには絶対にさせたくないからね」


 理玖はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

 理玖が言う恩とは、世代別代表の時に何度か壁にぶつかった時の事を言っているのだろう。

 俺はアドバイスをしただけで、答えを出したのは理玖自身なのだから気にしなくていいのにな。


 相変わらず、変にまじめな奴だ。


 それに日本で数本の指に入る大手財閥のトップに喧嘩を売ろうとしているところも凄い。

 こういう肝が据わっているところが16歳でオリンピック代表まで成り上がれた要因なのかもしれないな。


「お前って意外と好戦的だよな」

「ふふ、まぁね。まぁでも、君の過去を知るからこそ思うよ。君はいい加減、幸せになるべきだ」


 俺が孤児院出身な事やサッカーを辞めた理由などを知っているからか、理玖は優しく笑ってくれた。

 こういうところは素直にいい奴だと思う。

 それに、手を差し伸べてくれた事は今の俺にとって本当に有難い事だった。


「ありがとうな、理玖」


 こちらは断ったにもかかわらず手を差し出してくれた理玖に対し、俺は心からお礼を言った。


 色々と言い合いはしたが、今日理玖と話せた事はよかったと思う。

 俺はまた一歩進む事が出来たし、新たな道も開けた。

 もう俺がシャーロットさんと別れる道を選ぶ事は絶対にありえないと断言できる。


「うん、じゃあ名残惜しいけどそろそろ僕は行くよ。彼女も限界そうだしね」


 そう別れの言葉を告げた理玖の視線は、なぜか俺とは全く別方向に向く。

 その目線に釣られるようにしてそちらを見ると――俺たちを見つめる、銀髪の美少女がそこには立っていた。


 ……えっ、ちょっと待て。

 どこから話を聞かれていたんだ……?


「り、理玖、いつから彼女はあそこに……?」

「僕が君の肩を掴んだ時にはもう隠れてこっちを見てたけど?」


 俺の質問に対して小首を傾げながら不思議そうに答える理玖。

 俺はそんな理玖の両肩を思いっきり掴んだ。


「なんで言わないんだよ!?」

「いや、君も気が付いてるのかと……。本人がいるのに随分とのろけるなぁって思ってたら、あの子がいる事に気付いてなかったのか」

「気付いてたらあんな事言えるかよ!?」


 シャーロットさんがいるのに俺はあんな惚気みたいな事を言っていたのか!?

 そんなの恥ずかしすぎるだろ……!


 と、とりあえず誤魔化さないと……。


「え、えっと、ごめんシャーロットさん、待たせちゃったね」


 俺は理玖から手を離し、シャーロットさんに笑顔を向ける。

 すると、彼女は小走りで俺に近寄ってきた。

 そして、すぐ目の前にまで来るとポスッと俺の胸に自分の顔を押し付けてくる。


「おぉ、大胆」


 俺の胸に飛び込んできたシャーロットさんを見て呑気に理玖がそう評したが、飛び込んでこられた俺はそれどころではない。

 バクバクとうるさいほどに鼓動が速くなってしまった。


「シャ、シャーロットさん……?」

「…………」


 名前を呼ぶと、シャーロットさんは潤んだ瞳で俺の顔を見上げてくる。

 この様子、確実に俺たちの会話は聞かれていたようだ。


 俺は深呼吸をして自分を落ち着かせ、なるべく優しい声を意識して口を開く。


「ごめん、心配させてしまったかな? でも大丈夫だよ、もう何も問題はないから」


 そう言いつつ、彼女の気持ちを落ち着かせられるように頭を優しく撫でた。

 彼女に触れるのは未だにドキドキするけれど、自分がしないといけない事はちゃんと理解しているつもりだ。

 だから、恥ずかしくて仕方なくても我慢できる。


 それに、単純に俺は彼女の頭を撫でるのが好きだ。

 なんせ頭を撫でるとシャーロットさんは一段とかわいらしい表情を見せてくれるし、フワフワの彼女の髪を撫でるのはとても気持ちがいいからな。


 頭を優しく撫で続けると、この行動がよかったのかシャーロットさんは頬を緩ませて俺の胸に再度顔を預けてくる。

 こんなかわいくて仕方がない表情と態度を見せてもらえただけで、俺はとてつもなく幸せな気分になった。


 しかし――。


「君、勇者だな。この大勢の前で彼女の頭を撫でるとか」

「えっ……?」


 理玖の言葉に、俺は途端に血の気が引く。

 そしてシャーロットさんから視線を外し、彼女を見つけた時よりも更に視線をあげてみた。


 すると――驚くべき光景に、俺は全身から冷や汗が溢れてきた。


 というのも――。


「今度はいちゃいちゃが始まった! 明人君やっぱり彼女さん大好きなんだ!」

「周りを気にせず彼女の頭を撫でるなんて、やっぱり理玖君が認めた男は違うね!」


「わわ、見て見て! さっきSNSに投稿した動画もう1万人に拡散されたんだけど!? こんなにバズッたの初めてだよ!」

「こっちの理玖君が切ない表情をした奴と、明人君が照れて惚気けてる奴なんて反応やばいよ! 明人君に関してはリア充爆発しろみたいなコメントも多いけど、みんなめっちゃ喰いついてる!」


 ――というふうに、俺たちを囲むようにして大勢の女の子たちがいたのだ。

 中には女の子と呼べる年齢ではない方たちも多くいるのだけど、それは問題ではない。


 問題なのは、今もなお多くの人が俺たちにスマホを向けている事だ。


「り、理玖……これは、いったいいつからだ……?」

「僕が帽子を脱いで少ししてからかな?」


 理玖は悪気もない表情で人差し指を口に当て、とぼけるように小首を傾げてそう答えた。


「お前確信犯か!?」


 明らかにわかっていた素振りを見せた理玖に俺はそうツッコみを入れる。

 わざわざ帽子を取って変だなとは思っていたけれど、まさかこれが狙いだったとは……!


「人聞きが悪いなぁ。君が復帰した時に注目を浴びられるよう、ここで盛大に盛り上げておこうという僕の気遣いじゃないか」

「最初から俺の復帰を目論んでたのか!? それにしてもこれはただの嫌がらせだろ!?」


 理玖のせいで俺は今やSNSの晒し者だ。

 俺は理玖との会話を思い出すが、どれもとても恥ずかしい事を言っていて胃がとても痛くなる。


 そして、恐る恐るSNSを見ようかと思えば、チャットアプリにクラスメイトたちからたくさんのメッセージが届いていた。


 いろんな意味で手遅れらしい。


 まず間違いなく、クラスメイトたちにも俺とシャーロットさんの関係は知られてしまった。




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あとがき


いつもお読み頂きありがとうございます!

数日後に、新作を公開致しますのでどうぞよろしくお願いいたします(*´▽`*)


今後とも、お隣遊びともどもよろしくお願いいたします!!

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