第95話「噛み合わない二人」

「理玖……ありがとうな」


 思うところは色々とあるだろうに理解を示してくれた理玖に対し、俺は少し申し訳なさを感じながらお礼を言った。


「いいさ、君が前を向いている。それがわかっただけでもわざわざ付いてきたかいがあった」


 理玖は少し寂しげな笑顔でそう言い、納得した様子を見せる。

 そんな理玖に対して俺は――。


「あぁ、それに関しては俺はまだ許してないけどな」


 素直に思っている事を伝えた。


「なんでだよ!? そこは水に流すところだろ!」

「いや、普通にデートえお邪魔されたほうの身にもなれよ」


 折角デートをしにきてるのに、他の事で邪魔をされるなどたまったものじゃない。

 おかげで何十分時間を浪費した事か。


 ……あれ、そういえばシャーロットさん遅いな?

 まぁあまり野暮な事は言ったら駄目なのだろうけど、そろそろ戻ってきてもいいと思うんだが……。


 シャーロットさんがいつまでも戻ってこない事に違和感を覚えた俺は周りを確認しようとする。


 しかし――。


「うぐっ……ま、まぁ、君が前向きになれてると知れて本当によかったよ。ただ、僕たちは本当にこれからどうすればいいんだろ……」


 俺の言葉に引けめを感じたらしき理玖が話を変えるように急に弱気な発言を始めたため、俺は無視をする事ができなかった。


 たくっ……こいつは本当に見た目通りというか、実績や周りの評価に似合わず繊細なんだよな。

 昔もよくネガティブになってるところをフォローした記憶がある。


「安心しろよ、理玖。お前たちは俺なんかいなくても勝てるさ」

「ふふ、随分と無責任な事を言ってくれるな、君は……」


 やっぱり理玖が先程言っていた勝てない現状に対する事は本心だったようで、この様子を見るに随分と思い詰めているらしい。

 だから俺は、理玖の胸に裏拳をポスッと当てた。


「お前は抱え過ぎなんだよ」

「明人……?」


 理玖は俺の顔を不思議そうに見つめてくる。

 さすがにこれだけでは俺が言いたい事を理解出来ないらしい。


「確かにお前はオリンピック代表にまで選ばれたんだから、他の奴らよりも頭一つ二つ抜き出てるんだろう。だけどな、お前が全て一人でやらないといけないわけじゃないんだ。チームメイトをもっと頼れよ。俺やお前と一緒にサッカーをやってたあいつらは十分に強い。だから俺はお前たちに迷う事なくパスを出し続けられたんだ。仲間を信じて頼る、そういう一番大切な事を今のお前は忘れてるんだよ」


 理玖が俺を買ってくれているのは嬉しいが、先程までの発言は今のトップ下を張る選手に対して失礼な発言だった。

 その事を無意識に言ってしまうという事は、こいつが周りを信頼できていないからだ。


 おそらく一人だけ飛び出てしまった事で、自分がどうにかしないといけないと思いこんでしまっているんだろう。


 まぁとはいえ、俺も全てこいつらのプレーを見ているわけではない。

 俺一人の時はテレビでサッカーの試合をしていればすぐにチャンネルを変えるし、自分から見ようとする事もないからな。


 ただ、シャーロットさんたちがいる時はサッカーが映った途端にチャンネルを変えてしまうと疑問を抱かれるし、エマちゃんがサッカーを喜んで見る時があるから変える事が出来ない時もある。


 そのため、一応こいつらの試合内容は把握はしていた。


 理玖はオリンピック代表のメンバーと試合する時に比べて、明らかに同年代しかいない世代別代表で試合する時は一人プレーが目立っている。

 そして、他の奴らも最終的にはボールを理玖の元に集めていた。


 あの癖のある奴らが進んでそうするとは思えないから、おそらく監督指示なのだろう。


 しかし、一番マークをされている人間にボールを集めてしまえば点が入らないのは当たり前だ。


「だけど、エースストライカーの僕が点を取らないと……」

「だからそれが思い詰めているって言ってるんだよ。エースストライカーだろうと、十年に一人の天才だろうと、人間である事には変わりない。不調な時は絶対にあるし、集中的にマークされている中で突破できるほど世界は甘くないだろうが」


「だったら、どうすればいいんだ。今の代表にはもう、君はいないんだぞ」

「なんでお前は俺にしか頼ろうとしないんだよ。さっきも言ったじゃないか、周りを頼れって。特に彰だ。日本代表というか、今のお前に一番必要な存在は彰なんだよ」

「どういう事……?」


 俺の言葉に対し、理玖は戸惑いながら首を傾げる。

 今まで長く一緒にプレーしてきたというのに、どうして理解をしていないんだ……。


 まぁ、一番必要といったのは言いすぎかもしれないが、まず間違いなく彰は理玖にとって必要不可欠な存在だというのに。


「お前にマークが集まるという事は相手のディフェンスに隙が生まれる。彰ならその隙を絶対に見過ごさない」

「だから、僕じゃなく彰に点を取ってもらえと?」


 理玖は少し不満げにそう訪ねてくる。


 当然だ、ストライカーなら自分で点を決めたいはず。

 むしろ点取りを他の奴に喜んで譲るような奴はストライカーに向かない。

 ストライカーはエゴイストじゃないと駄目なんだからな。


 その点に置いてやはり理玖はエースストライカーとして相応しい男なのだろう。


 だけど俺は、あえてここでは別の答えを示す。


「そうだ。そうすればあいつはお前と同格の存在になってくれる。いや、それどころか相手からしたら思わぬところで飛び出してきて決定的なチャンスを生む彰のほうが怖くなるはずだ」

「君は昔からそうだよね。僕より彰の事を評価している」


 俺の言葉を聞いた理玖は、拗ねるというよりも悲しそうな笑みを浮かべてしまった。


 そういえば、昔から何かと理玖は彰に対して対抗心を持っていたな。

 あの頃はストライカー同士が競う事はいいので何も言わなかったが、今こんなふうにとられるのは不本意だ。


「勘違いするなよ。確かに彰の事は凄い奴だと思っているし、チームにも必要不可欠な奴だと思っている。だけど、それはお前も一緒だ。ドリブルでもシュートでもトッププロたちに並べられるセンスを持っているお前の安定感はかなり強い。お前と彰は全くタイプが異なるってだけで、俺はどちらも同じだけ高く評価しているよ」


 彰は俯瞰的に見える視野の広さと、決定的なチャンスを感じ取れる勘の良さ。

 そして、味方さえ驚くような意表を突いた動きに、短距離走の選手並みに速い足が売りだ。


 逆に理玖は中学生の頃から同い年とは思えないくらいにドリブルやシュートが上手く、平均的な身長にもかかわらず体幹がかなり強かった。

 挙句多少バランスを崩されただけなら問題なくゴールの枠にボールを蹴られるほどの、高いバランス力もある。

 俺が知る限りでは、一人で点を取れる人間として理玖と並べる奴は同世代にはいなかった。


 正直どちらもストライカーとしての素質は一級品だ。

 ただ、サッカースタイル的に俺とより相性がよかったのが彰だったという話になる。

 それを理玖は根に持っていたんだった。


「き、君にそこまで褒められると照れるな……」

「だからってモジモジするな……。まじめな話じゃないのか?」

「ごめん……」


 男なのにモジモジと寒気がする動きをした理玖に俺は呆れた態度をとった。

 少しムカつくのは、男なのに理玖がすると絵になってしまうところだ。

 これだから美形のイケメンは……。


「話は戻るが、ストライカーとして一級品のお前でも世界が相手だと一人じゃ点は取れないんだよ。だから、相手から恐れられる彰を利用しろ。相手が実力を認めている時のあいつは最高の囮だ。つまり、彰が動けば動くほどお前が攻めやすくなるんだよ。昔はそういうプレースタイルで点を取ってきたんだろ、俺たちは」


 序盤は理玖が警戒され、それで生まれた穴に俺がパスを出し、そこに彰が飛び出していて点を決める。

 その後は彰の動きを気にしすぎるようになったディフンスの注意が散漫になり、それによって生まれた穴で他の選手が点を取っていくという形だった。


 その中でもやはり一番多く点を決めていたのは理玖だ。

 ずっとそうやってきていたのに――おそらく、一度彰が抜けてしまったせいで戻ってきてもその形に出来なくなっていたんだろうな。


「そうだったね……ただ、一ついいかな?」


 俺の言葉に納得したらしき理玖は少し弱々しい笑みを浮かべた後、俺に一つ言いたい事があると言ってきた。


「どうした?」

「君が言う事はもっともだ。確かに僕らは昔そうやって勝ってきた。ただね――だったら、君が戻ってこいよ……!」


 まるで、もう我慢ができないとでもいうかのように額を手で押さえ、理玖は悩ましげな声を出した。


 いや、うん。

 だからそれは無理だって。

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