第92話「自己評価が低い男と周りの評価」
「その異名で呼ぶなっていつも言ってたよな?」
異名――天才ゲームメーカーと呼ばれた事に対し、明人君は怒りの色を見せました。
茶化されている、と捉えられたのかもしれません。
「相変わらず君は変わってるよね、称賛されている事を素直に受け入れない」
「分不相応だって言ってるんだ。俺は理玖や彰を始めとしたチームメイトたちにいつも助けられていただけで、そんな大したものじゃない」
「君に唯一欠点があるとすれば、その自己評価の低さだろうね。本当に昔から謙遜のしすぎだよ、君は」
それは凄くわかります。
明人君はとても素晴らしい御方なのに、なぜか自己評価が低いんですよね。
学力だって全国模試で上位に入っておられるのに、その結果はたまたまだとおっしゃられますし。
最近いろんな女の子から好意を寄せられている事に関しても、彼は全く気が付いておりません。
そもそも自分がそのような目を向けられると思っていないようです。
それも、明人君が自分には魅力がないと思われているからでしょう。
明人君は自身を卑下されるわけではございませんが、必要以上に自信を持たないようにしているようです。
「あのな……お前は俺を持ち上げすぎだ」
「そんな事はないでしょ? 確かに君はドリブル技術はなかったかもしれない。下手というわけではないけど、トップ下なのに僕たちの中では真ん中ぐらいの技術しかなかった」
「はっきり言ってくれるな……」
明人君は言われた言葉に対し苦笑いをされました。
私はサッカー漫画も読みますので、サッカーをしていなくてもトップ下というのが何かわかります。
トップ下とは別名攻撃的ミットフィルダーともいい、簡単に言えばフォワードという点を一番取りに行かれる方たちにパスを出してチャンスを作ったり、自身でゴールを狙ったりするポジションですね。
誰を使えば点を取れるか、どうすれば点を取れるかという事を考えてプレーをされる――所謂攻撃の舵取りをされるため、司令塔と呼ばれるポジションでもあります。
そのため、トップ下には周囲の状況を把握し、瞬間的な判断が下せるような方が求められるのです。
「だけど、パスセンスは一級品だった。寸分のズレもなく味方の足元に届ける正確無比なパスに、味方の動きを完全に把握した先読みによるチャンス作り。そして、目先のチャンスに飛びつかず確実なチャンスを作るためのゲームメイク。そんなことが出来た人間は僕が知る限り日本では君だけだ」
確か、今明人君とお話をされている方は、最近テレビでよく見かけるオリンピック代表にまで選ばれた広島のプロの方、ですよね?
お歳は私や明人君と同じ16歳で、彼がテレビに映った際少しだけ明人君の顔色が変わりますのでよく覚えています。
そんな方がこれほどまでに評価されるほど、明人君は凄いサッカープレイヤーだったという事でしょうか……?
「だからやめろっての。そんな機械のような真似が出来るわけないだろ」
「実際に君はやってのけてたじゃないか。君が加わるだけでチームは数段レベルアップすると監督たちが認めていたほどだ。どうして君はそれを認めない?」
「今みたいに勝手にお前らが持ち上げてくるからだよ。妄信はロクな結果を生まない」
「だったら僕たちがあのブラジルやスペインを倒した事にはどう説明を付ける? スペイン戦はともかく、ブラジル戦は君と彰が後半出てくるまで0対2で負けていた。君たちが入ったから僕たちは勝てたんじゃないのか?」
ブラジルやスペイン……サッカーの強豪国ですね。
そんな国に勝ったとは、どれだけ明人君たちはお強かったのでしょうか……?
「あれは彰の予測不能な動きにブラジルのディフェンダーが対応できなかっただけだ」
「スペイン戦も同じだったと? 君が序盤から布石を打ち続けたおかげで後半残り五分に決定的なチャンスが生まれ、勝ち越しゴールを決められたんじゃないのか?」
「あれは終盤で、相手の気が彰に散った瞬間にお前が飛び出してくれたおかげだ。お前のドリブル技術と決定力がなかったら入らなかった点だった」
「どうして君は自分の事になるとそんなにわからず屋になるんだ!?」
「むしろ俺を持ち上げて何を狙ってるんだ? 昔の話を今更持ち出して何が言いたいのかわからないんだが?」
ど、どうしましょう……。
内容を完全には把握していない私でさえ本来お二人がされたかった話からズレていっているのがわかりますし、何やら因縁めいたお別れ方をされたからか段々とお相手の方がヒートアップされていっております。
明人君も明人君でいつもの優しさはなく、怒らないまでも少し冷たく接しておられるようです。
このままでは酷い喧嘩になってしまわれるのではないでしょうか……?
し、しかし、ここで私が入ってしまうとお二方は不完全燃焼になってしまい、後々引きずってしまいそうな気もします……。
ど、どうしましょうか……。
――結局私は、明人君が努めて冷静で返そうとされているようなので、余計な事はせず黙ってお二人のやりとりを見つめる事にしてしまいました。
「あぁ、もう! このやりとり昔もした気がするよ!」
「お前が記者にいらない事を言ったおかげでな」
「点を取っていた僕や彰ばかり持ち上げられて、そのチャンスを生んだ君がちゃんと評価されていなかったからだろ!?」
「だからいいんだよ、別に。目立ちたくてサッカーをやっていたわけじゃないんだからな」
「じゃあ君がサッカーをやっていたのはなんだったんだよ!?
お相手の方はそう怒鳴りながら、ガシッと明人君の両肩を掴んでしまわれます。
温厚で優しそうな御方に見えますのに、どうやら随分と荒っぽい御方のようです。
さすがに明人君の身が危なそうなので、私も静観するわけにはいかないと足を踏み出しました。
しかし――。
「悪いと思っているよ、お前らには」
明人君の、とても優しげな声が聞こえてきて私は再び足を止めてしまいました。
彼はこの状況で、なぜか優しく微笑んでおられるのです。
先程までは嫌悪感を出されておりましたのに、いったいどうしてこの状況でそんな態度が取れるのか。
ここ最近ずっと傍にいさせて頂いている私でさえ、彼が今何を考えているのかわかりませんでした。
――ですが、私はすぐに理解する事になります。
この笑顔は優しさなのではなく、諦めなのだという事を。
そう、私が優しい笑顔だと感じたその微笑みは、本当は自虐的な笑みだったのです。
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