第91話「明かされる過去と裏切り」

「相変わらず、僕に対して厳しすぎないかな?」

「お前、昔からなんか危ないんだよ……」

「えぇ、ショックだなぁ……。僕のどこが危ないっていうの?」

「ちょっ、顔を近付けてくるな! そういうところだよ!」


「…………」


 はて、これはいったいどうなっておられるのでしょうか?

 戻ってきましたら何やら明人君が帽子を被った御方に迫られているのですが……。


 離れたところから声を聞く限りでは、男性のような女性のような判断に迷う御方です。

 身長は明人君と同じですが、男性でしょうか、女性でしょうか?

 顔が見えづらいのでよくわかりません。


 男性なら問題ないのですが、女性であれば少し困ります。

 明人君はもう私の彼氏さんですからね、他の女性に迫られるのは困るのですよ。


 私は物陰に隠れて少しだけ明人君たちの事を観察する事にしました。

 話の内容は聞こえてきますが、別に盗み聞きをするつもりはございません。

 ただ、彼を視認できる範囲では私の耳が声を拾ってしまうだけです。

 これはもう仕方がない事ですよね。


「なんでそんなに僕の事を嫌がるんだい? 僕と君の仲じゃないか」

「誤解を招きそうな事を言うな! こんなタイミングで彼女が戻ってきたらどうするんだよ!」


 ごめんなさい、明人君。

 実はもう既に近くには戻ってきていて、バッチリと会話が聞こえております。

 とりあえず、その御方が女性であれば後程詳しくお話を聞かせて頂きたいですね。


「君はいつもそうだ、僕の心を弄ぶ」

「だからやめろって言ってるだろ!? お前絶対にわざとだろ!?」

「僕は本気だよ? 君は僕にとって一番なんだ」

「なんでこんな奴が日本の宝なんだよ!?」


 ズルズルと後ずさる明人君に対して、帽子を被った御方はグイグイと詰め寄ります。

 僕と言っている事から男性だとは思いますが、女性でも僕という言い方をする事があるため侮れません。

 しかも、内容も内容で不穏です。

 明らかに明人君に好意をお持ちのようですし、ここは止めに入ったほうが――。


 そう思った私ですが、ふと相手の御方を男性だと仮定した時の事を考えました。

 男性に詰め寄られる明人君――それは、所謂BL展開という事ではないでしょうか?


「…………今のままだとお話の内容がよくわかりませんし、もう少しだけ静観しておいたほうがよさそうですね」


 思うところがあった私は、内容を把握するためにもう少しだけ見届ける事にしました。

 決して、邪な気持ちがあるわけではございません。

 今お邪魔をしてしまうと二人の関係がよくわからないと思ったからです。

 それと、相手が男性であれば明人君を盗られる事はないと思いますしね。


 ……ないですよね?


「お前少し雰囲気がまともになったと思ったのに、猫被ってただけで実は昔のままだな!?」

「何を言ってるんだい、僕も成長したという事だよ。そう、我慢を覚えたんだ」

「だったら俺と離れるまで我慢してくれないか!?」

「それは無理な相談だね」

「なんでだよ!?」


 あんなに大声を出される明人君、初めて見ました。

 随分と楽しそうですね。


「わかってるだろ?」

「わからねぇよ!」

「ふふ、相変わらず連れないなぁ」

「ちょっ、まじでそれ以上顔を近付けてくるな! シャーロットさん、早く戻ってくれ……!」


 ごめんなさい、明人君。

 もう少し気になりますので、見学させて頂きます。


「ふ~ん、あの子シャーロットちゃんっていうんだ? 君がああいう子が趣味だなんて知らなかったな」

「お、俺がどんな子を好きになろうと勝手だろ……! とりあえずそれ以上近付いてくるな、ぶん殴るぞ……!」

「てっきり君はあの黒髪ロングのお嬢様とくっつくとばかり思っていたよ、あの子は捨てたのかい?」

「――っ!?」


 聞こえてきた内容から、私は思わず息を呑んでしまいます。


 やはり、今朝方お会いした大和撫子さんは明人君の彼女さんだったのでしょうか!?

 これはますます続きを聞かずにはおられません……!


「お前、俺とあの人の関係知ってるよな!? それに、あの事・・・が関係してる事ぐらいお前ならわかるだろ!?」


 あの事……それはいったいなんなのでしょうか?

 大きな喧嘩をされたとか、望まないお別れ方をされたとか、そういう事ですかね……?

 とりあえず明人君、私は決して気にしませんので早く関係性を白状してください。


「あぁ、そういえばあの事・・・について君と話したくて後を付いてきたんだった」

「…………」


 あの事について話したいと言われた直後、明人君の雰囲気がガラッと変わりました。

 先程まではおふざけのノリにツッコミを入れるような感じでしたのに、急に真剣な雰囲気になられておられます。

 というよりも、若干ピリピリとされていてほんの少しだけ怖さを感じてしまいました。


 ――と、そんな事を考えている場合ではなかったです。

 これはまず間違いなく明人君の過去に触れてしまうもの。

 本当は凄く気になる事ですし、このまま聞いてしまいたいという思いがあります。


 ですが、明人君は私にその過去の事を知られたくないというのはわかっておりました。

 それに、今日だって本当は何かあって彼は辛い思いをしていらっしゃるはずなのに、私の前ではその事を感じさせないように笑顔で取り繕っておられます。


 私は明人君の気持ちを尊重したいです。

 ですから彼が無理して笑顔で取り繕っている事に関しても、彼が誤魔化した以上踏み込みませんでした。

 彼が私に話す必要があると感じられれば話してくださると思いますし、今話して頂けないのは必要がないと思われてしまっているからでしょう。

 それなのに私が彼の過去に関して不本意ながらも聞いてしまうのはよくありません。


 そのため、私は慌てて移動しようとしたのですが――ふと聞こえてきた言葉で、私は無意識に足を止めてしまいました。


「まぁ正直言うと、君が僕たちを裏切った・・・・理由は知ってるんだよ」


 えっ、明人君が裏切り行為をなさった……?


 その言葉が気になった私は、思わず後ろを振り返ってしまいます。

 そして明人君の表情を見ますが、彼は黙りこんで帽子を被った人の顔を見つめておられました。


「あの時――サッカーファンからは事実上の決勝戦とさえ言われていた全中一回戦で、君が僕たちとの試合に姿を見せなかった理由については、彰から聞いたからね」

「そうか、聞いていたのか……」


「あぁ、だからあの時世代別代表に選ばれていたチームメイトはみんな真実を知っているよ。だけど――だからこそ、みんな君の事を許していない」


 一回戦に姿を見せなかった?

 世代別代表?

 みんな明人君の事を許していない?


 新たな情報が加わり、私は更に困惑してしまいその場から動けなくなってしまいました。


「まぁそうだろうな。お前にさっき言われた通り、俺はお前らの事も裏切ってしまったんだから」


 そして、明人君はあっさりと裏切り行為を認めてしまわれました。

 彼が誰かを裏切ったなど信じられません。

 本当に、いったい何があったのでしょうか……。


「そうだね。だけど、君が思っている裏切りと僕たちが思っている裏切りは違うと思うよ?」

「どういう事だ?」

「確かに君は全中の一回戦には出られなかった。だけど、サッカーを続けようと思ったら続けられた状況だったらしいじゃないか。それなのに君はサッカーを辞めてしまった。それは君を慕って付いて行っていた僕たちに対する裏切りだよ。違うかな、天才ゲームメーカーと呼ばれた元世代別代表のキャプテンさん?」


 彼はそう言いながら、被っていた帽子を外してしまわれました。

 それにより私は彼の顔を認識できたのですが――思わず、息を呑んでしまいました。


 私が息を呑んでしまった理由――それは、彼が驚くほどに綺麗なお顔をされていたからではございません。

 彼の瞳に、確かな怒りの色が見えたからです。


 先程明人君に言い寄っていた御方と同一人物とは思えない表情でした。

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