第90話「随分と変わったね」
「――遊園地、ですね……!」
レジャーランドに着くと、建物を見たシャーロットさんのテンションが上がった。
横目で見てもわかるくらいに目を輝かせている。
「やっぱり遊園地は好き?」
「それもありますが、やはり憧れがありましたので……」
声をかけるとシャーロットさんはモジモジと恥ずかしそうに身をよじる。
そしてチラチラと俺の顔を見上げてきては、何かを期待するような目を向けてきていた。
うん、なんだろうこのかわいい生き物は。
俺はニヤケそうになる顔を必死に我慢しながら口を開く。
「憧れって、今まではあんまり遊びに来れなかった感じかな?」
「た、確かに両親が凄く忙しいので遊びにこれませんでしたが……今回の場合は違いますよ……」
よほど遊びに来たかったんだなと思ったのだが、なぜかシャーロットさんは小さく唇を尖らせて拗ねてしまった。
拗ねた顔もかわいいな、と思いつつも俺は再度口を開く。
「違うって、じゃあどういう事?」
「それは……」
尋ねてみると、恥ずかしそうにモジモジとするだけで彼女はその続きを言おうとしない。
だから彼女が続きを言うのを待っていたのだけど、そうすると困ったような笑みを向けられてしまった。
「明人君は普段察しがよろしいのに、なぜかこういう事になると急に鈍感になられますよね? もしかして、私をからかって楽しんでおられますか?」
「えっ、いや、そんな事はないけど……」
「となりますと、まるでラブコメの主人公みたいな御方です。彼女は困りものですよ……」
そう言うシャーロットさんは冗談を言うかのように笑みを浮かべるが、それはどこか困ったような笑みにも見えた。
うん、ラブコメ主人公みたいって何?
最近はシャーロットさんと漫画を一緒に読んでいるから昔よりは知っているけれど、それでも読書量が足りないからよくわからなかった。
それに、ラブコメに関してはシャーロットさんも見せてこないし。
「えっと、ごめん」
とりあえずシャーロットさんの事を困らせてしまっているようなので謝っておく。
すると、彼女は途端に慌て始める。
「あっ、いえ、決して責めているわけでは……!」
「はは、わかってるよ。困らせてごめんね」
シャーロットさんが責めてくるような子じゃない事はわかっている。
だから俺もそこまで深刻に受け止めていたわけではない。
「さて、じゃあどれから乗ろうか?」
話に一区切りついた後、俺はどのアトラクションに並ぶかシャーロットさんに聞いてみる。
しかし――。
「あ、あの、申し訳ございません……。少しお花を摘みに行きたいです」
なぜか照れてもいないのにモジモジとしているシャーロットさんが、恥ずかしそうにしながらそう言ってきた。
やはり女の子だからこういう事を言うのは恥ずかしいんだろうけど、それにしても本当によく日本語を知っている。
「あぁ、わかったよ。行っておいで」
「ご、ごめんなさい……」
シャーロットさんは申し訳なさそうに謝ると小走りに建物のほうへと向かってしまった。
どうやら大分我慢させていたようだ。
とりあえず彼女は目立つし、こういったところでナンパというのは結構定番のようだから一応ついて行っておいたほうがいいだろう。
もちろん、彼女が恥ずかしくないように建物から少し離れたところで待機はするが。
そう思って移動をしようとすると――。
「――楽しそうだね、明人」
後ろから、誰かに声をかけられた。
聞き覚えがあるようなないような声に振り向くと、そこには優男の代表みたいな顔を付きをしたイケメンが立っていた。
「お前……」
「やぁ、明人。僕の事覚えているかな?」
優男は俺と目が合うと、女の子を虜にしそうなほどに素敵な笑みを浮かべてきた。
現に数ヵ所からは黄色い歓声があがる。
「――ねぇ、あの人って……!」
「間違いないよ、最近テレビや雑誌に引っ張りだこの……!」
「えっ、やばくない!? 本物!?」
「そうじゃない!? あんなイケメンそうそういないよ!」
……うん、というか、注目を集め過ぎだ。
「あらあら、どうやら目立ってしまったようだね」
当の本人は注目を浴びている事に関してあまり気にした様子はない。
もう慣れてしまったのだろう。
今やかなりの有名人だからな、こいつは……。
「わずか16歳でオリンピック代表に選ばれるという飛び級をし、なおかつ結果を出して将来の日本を背負って立つと持て囃されるお前がこんなところにいれば、それも当たり前の事だろうが……
俺は額を手で押さえたくなる衝動に駆られながら優男の名前を呼んだ。
こいつは
「やぁ、覚えていてくれて嬉しいよ。会うのは二年ぶりだっていうのにね」
「何しに来たんだ? こんなところに遊びに来るような奴じゃないだろ、お前は?」
「はは、それを言うなら君だってそうじゃないか。僕たちを裏切ってサッカーを辞めたかと思えば、こんなところに彼女とデートか。あの青柳明人ともあろう者が、随分と変わったものだね」
理玖は肩を竦めながら俺の事を煽ってきた。
どういうつもりだ、こいつは……。
「――えっ、青柳明人ってあの……?」
「誰それ?」
「あんたサッカーファンなのに知らないの!? ほら、この人だよ!」
「えぇ!? 何これ!?」
理玖の言葉を聞き、俺たちを囲むようにして見ていた女の子の一人が反応し、それに呼応して更にざわつき始めた。
たくっ……本当に何を考えているんだ、こいつは……。
「人目があるんだ、その話を今持ち出すのはやめろ。話があるなら今度聞いてやる」
周りの状況からもうこの場にいるのは不可能だと察した俺は理玖に背を向けた。
シャーロットさんが戻ってきたら可哀想だけどすぐに帰ったほうがいいだろう。
そうしないと、彼女にまで嫌な思いをさせてしまう。
「あ~、待ってよ明人」
「馬鹿か、こんな悪目立ちしたらいられなくなるに決まってるだろ。どういうつもりか知らないが、彼女とのデートに水を差した事は恨むからな」
「まぁ、待ちなって。これはすぐに収めるよ」
理玖はそう言うと女の子たちの元に歩いて行く。
そして、歓喜する彼女たちの服にサインを書き始めた。
勝手にこんな事をすれば普通は怒られるが、テレビにさえ引っ張りだこの人気者でイケメンなあいつだから許されるのだろう。
全く、これだからイケメンは……。
俺は呆れながらもその様子を眺める事にした。
本来なら今のうちに隠れてシャーロットさんが戻ってくるのを待つところだが、こいつにはこいつで一応借りがあるのだ。
だからこれが収まるのなら待つしかない。
それに、折角遊園地を楽しみにしていたシャーロットさんの期待を裏切りたくはないしな。
「――じゃ、僕がここにいる事は内緒にして、さっき話してた事も忘れてね」
「「「「「はい……!」」」」」
サインを書き終えると理玖は鼻の前で人差し指を立ててウィンクをしたのだが、それによって女の子たちは目をハートにしながらコクコクと頷いた。
完全に彼女たちの心を掴んだらしい。
「――よし、これで大丈夫だね」
女の子たちが立ち去った後、鞄から帽子を取り出した理玖は深く被りながら笑顔を向けてきた。
そんな理玖に対し俺は――。
「うん、とりあえず俺はお前の事が嫌いになったよ」と、返しておいた。
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