第85話「優しい彼女でも許せない事」
『――もうっ! もうっ! お母さんのばか! お母さんのばか!』
私は自分の部屋に隠しておいた沢山の本を別の場所に移動させながら、独り言でお母さんに文句を言っておりました。
娘の隠している物を探すまではまだしも、よりにもよってメイドさんの前で暴露するのは酷いです。
帰ってきたら文句を言わないと怒りが収まりません。
とりあえず、後で金庫でも買ってきてお母さんの手が触れないようにしときませんと……!
――そうして本の隠し場所を変え終えると、私は一旦一息つきます。
あまりカリカリしても仕方がありませんし、これから明人君に会うのにこんな姿は見せたくありませんからね。
落ち着く事も必要なのですよ。
『……それにしましても、明人君まだでしょうか……? ……あれ、いつの間にかメッセージがきてますね?』
スマホを確認してみますと、気が付かないうちに明人君からメッセージが届いておりました。
私の耳でメッセージが届いた事に気が付かないのは珍しいのですが、もしかしたら先程叫んだ時に届いたのかもしれませんね。
そして、メッセージを確認した私は――ガックリと落ち込んでしまいました。
『あ、明人君……折角二人だけで会えるというのに……それはないです……』
明人君から来ていたメッセージは、まさかの遊べなくなったという内容でした。
所謂ドタキャンです。
なんですか、明人君。
エマがいなくなったら私は用なしなのですか?
泣きますよ?
泣いていいのですか?
先程のお母さんの一件でやさぐれていた私は、明人君のドタキャンで拗ねてしまいました。
しかし、すぐにおかしい事に気が付きます。
それは、彼がドタキャンをしたという事です。
エマが遊ぶ気満々になっていたのに、それをドタキャンするという事がどういう意味か明人君が理解していないはずがありません。
泣いて叫び、手が付けられなくなる事は目に見えています。
ですから彼はエマとの約束を守る事に全力を尽くすでしょうし、例えそれが無理だったとしてもお隣さんなのですから直接言いにくると思います。
そしてエマが怒らないようにどうにか宥めるはずなのに、このメッセージだけで終わらせるなんて彼の性格を考えるとありえない事でした。
もしかしたら、余程の事が起きたのかもしれません。
試しに私は明人君にお電話をかけてみます。
すると、呼び出し音はなるのに彼は一向に出ませんでした。
やはりおかしいです。
『…………』
私は少し考えた後、念のため明人君のお部屋に行く事にしました。
彼がもう出ているようでしたら仕方ありませんが、もしいらっしゃるようなら何が起きたのか聞いてみたいと思います。
もう彼女ですから、私が彼の元を訪れる事はそれほど悪くはありませんよね?
少なくとも、明人君は嫌がらないはずです。
そう考えた私は、すぐに見た目を整えて――一応、デートができるように昨日買いましたボーイッシュの服装に着替え、彼の部屋の前に行きました。
そしてインタホーンを鳴らすのですが、明人君が出て来られる気配はありません。
『もう出かけてしまいましたでしょうか……?』
一応、もう一回だけインターホンを鳴らしてみます。
しかし、やはり明人君は出て来られる気配がないので、もう出かけてしまったのかもしれません。
『仕方ありません、それほど慌てていたという事で――あれ?』
諦めて自分の部屋に戻ろうとした私は、お部屋のドアがきちんと閉まっていない事に気が付きました。
ドアが半分はみ出している感じになっており、しっかり者の明人君にしては絶対にありえない状態です。
彼が部屋を出る際に鍵をかけないなど、どれだけ慌てていてもありえないでしょう。
ですから、ドアがきちんと閉まっていないという事もありえないのです。
「――明人君?」
考えた末、やはりおかしいと思った私は行儀が悪いですがゆっくりとドアを開けてしまいました。
そして、中を確認した瞬間血の気が引きます。
ドアを開けて私が見た物――それは、壁に持たれて俯いた状態で座る、明人君の姿でした。
「あ、明人君!? ど、どうされたのですか!?」
私はすぐに靴を脱いで彼の元に駆け寄ります。
そして明人君の顔を覗き込むと、更に驚いてしまいました。
『泣いて、いらっしゃる……?』
どうやら明人君は寝ているだけのようですが、その両頬には目から涙が伝っておりました。
何か怖い夢を見られたのか――また、別の要因があられるのか、私は気になって仕方がありません。
そしてもう一つ、気が付いたものがありました。
『この微かに匂う香水の匂い……これは、明人君の物ではありませんね……』
明人君は普段からとても素敵な匂いがしますが、香水のような物はつけておりません。
ですから彼から香水の匂いがする事自体おかしく、そしてこの香水の匂いは先程嗅いだばかりなので私には身に覚えがあります。
『この香水の匂い……先程のメイドさんが付けていたものですね……』
これにより、私の中では全てが繋がりました。
明人君の部屋のドアがきちんと閉められていなかったのは、彼が開けたのではなく外部から別の方が入ってきちんと閉められなかったのでしょう。
そしてその入ってきた相手は、香水の匂いから十中八九あのメイドさんです。
きっと、わざとそうされたのでしょう。
狙いは、ドアが閉まっていない事で違和感を覚えた私が中に入るようにしたかったというところでしょうか。
あのまま閉まっていれば、私はドアを開けて鍵がかかっているかどうかを確かめずに部屋に戻っていましたからね。
どうしてそこまでして私を中に入れたかったのか――それは、今の明人君の状態に関係しているんだと思います。
私をこの部屋に行かせようとお母さんは言葉で誘導しており、あのメイドさんと繋がっている事も直接確認しました。
そして、メイドさんがお付きをしていた大和撫子さんとお母さんの意味深なアドバイス。
『……やっぱり、許せませんね』
いったいどういうおつもりなのかは知りませんが、明人君が泣いておられるという事は明人君が傷つけられたという事です。
例えどんな理由があろうと、彼を傷つけられて笑っていられるほど私も寛容ではありません。
ですから、私はすぐにお母さんに電話をかけました。
しかし、スマホから聞こえてきたのは――おかけになった電話番号へのお繋ぎはできません、というメッセージでした。
『着信拒否!? そこまでしますかお母さん……!?』
娘の電話を着信拒否するというありえない事をしたお母さんに私は驚きを隠せません。
おそらく私が電話をかけてくる事まで見越していたのでしょうが、本当に何がしたいのか理解できませんでした。
ですが、電話が繋がらない以上今文句を言っても仕方がありません。
それよりも、明人君の事が大切です。
「明人君、起きてください……。こんなところで寝てしまいますと、体を痛めますよ……?」
私は彼の涙をハンカチで拭いた後、優しく彼の体を揺らすのでした。
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