第86話「甘えん坊の彼女」

「――きてください」

「んっ……」


「起きてください、明人君」


 誰かに優しく体を揺らされ、俺はゆっくりと目を開ける。


「あっ――おはようございます、明人君」


 目を開けた先にはとてもかわいい笑みを浮かべる美少女が――というか、シャーロットさんが俺に微笑みかけていた。

 寝起きで頭が働いていないはずなのに、かわいい彼女の顔がすぐ近くにあって思わず顔が熱くなる。


 そして、すぐにあの事・・・を思い出して胸が苦しくなった。


「明人君……?」

「あっ……ごめん、ちょっと眠気に襲われてシャーロットさんが出た後に寝てしまったんだ」


 先程起きた出来事をシャーロットさんに知られたくない俺は笑顔で誤魔化す事にした。

 彼女を絶対に巻き込みたくないし、なるべく傷付けないようにして別れたい。

 そのためにも、先程の事は絶対に隠したいのだ。


「…………」

「シャーロットさん?」

「いえ……だめですよ、こんなところで寝てしまっては。めっ、です」

「〜〜〜〜〜っ!」


 ジッと見つめられたので何かと思ったら、廊下で寝ていた事をとてもかわいらしく怒られてしまった。

 コツンと頭に当てられた軽く握られる拳は当然痛くないし、浮かべている表情も照れ笑いのような感じでかわいくて仕方がない。

 きっと本人も恥ずかしかったのだろう。

 そんなかわいい事をされたら悶えずにはいられなかった。


「…………」

「シャ、シャーロットさん……?」


 そうして悶えていると、今度はなぜかシャーロットさんは無言で抱き着いてきた。


「ごめんなさい……少しだけ、こうしたくなりました」


 か、かわいい……。


 俺は抱き着いてきている尊い存在にかわいさを感じずにはいられなかった。


 しかし、これはまずい。

 こんな事をされたら本当にこの子を放せなくなる。

 折角した決心が揺らいでしまうのだ。


「シャ、シャーロットさんは甘えん坊だね」

「そうですね……。明人君がとてもお優しいので、甘えたくなってしまうのです……」


 こう言えば照れて離れるかと思ったのに、逆にギュッと抱きしめられて頬を俺の頬に当てられた。

 思わぬ反応に俺は更に全身が熱くなる。

 これでは余計に放せなくなっただけだ。


「ごめん、シャーロットさ――」

「――お布団、行きますか……?」

「えっ!?」


 シャーロットさんに離れるよう言おうとしたら、なぜかお布団に誘われてしまった。

 まだキスもしてないのに、シャーロットさん積極的すぎでは……!


「こんなところで寝てしまうほど眠たいのですよね? 昨日は私のせいで徹夜をさせてしまいましたので、今からでもお布団でお寝になられたほうがよろしいかと……」

「あっ、そういう……」


 うわぁ、もう穴があるなら入りたい……。


 なんで俺はこうも度々勘違いをしてしまうんだろう。

 本当に恥ずかしくて仕方がない。

 それに、シャーロットさんのような純粋な子がそんな知識あるわけないじゃないか。


「明人君、大丈夫ですか?」

「あっ、えっと、うん。ちょっと驚いただけで――」

「驚く?」

「い、いや、なんでもない!」


 危ない、うっかり口を滑らすところだった。

 もし先程勘違いした内容を口走れば、付き合い始めたばかりで何を考えてるんだって事になるし、変な空気になるから気をつけないといけない。


 そんな事を考えていると、なんだか抱きしめているシャーロットさんがソワソワとし始めた。

 そして頬を俺から離し、なぜか近距離から俺の顔を見つめてくる。

 その後は顔を赤く染めながらモジモジとして俺から視線を外してしまった。


 ――だけど、そう思ったらチラチラと俺の顔をまた見始め、ゆっくりと口を開いた。


「明人君が望まれるのであれば……私も嫌ではないと言いますか……むしろ喜ばしいと言いますか……」

「えっ?」

「――っ! い、いえ、なんでもありません! そ、それよりもどうされますか? お寝になりますか?」


 シャーロットさんが小さく呟いた言葉に俺が反応すると、彼女は慌てて誤魔化した。


 今の反応、もしかしてシャーロットさんも意識してる……?

 てか、絶対に意識してるよな……?


 そういえば、よく考えると彼女は漫画やアニメが大好きで、コスプレイヤーとかのオタク系の事も大好きだ。

 そして、たまに彼女が漏らす言葉を思い出すとこの子は結構知識が豊富だったりする。


 下手すると俺よりも知っているかもしれない、というレベルだ。

 たまにシャーロットさんが使うオタ――日本語で、俺が理解できない言葉があるくらいだしな。


 だからやはり理解して――――――いや、もうやめておこう。

 これ以上は踏み込んだら駄目な気がする。


「えっと、寝るのはいいかな。そ、それよりも、エマちゃんはどうしたの?」


 これ以上考えてはいけないと思った俺は、エマちゃんの話題を持ち出す。

 すると、シャーロットさんは小さく頬を膨らませてしまった。


「やっぱりエマのほうが……」

「ち、違うから! エマちゃんの姿が見えないから聞いただけだって!」

「むぅ……」

「信じてよ……」


 明らかに拗ねた様子を見せるシャーロットさんに俺は頭を抱えたくなった。

 彼女に告白してロリコン疑惑はなくなったはずなのに、どうもシャーロットさんは未だに俺の事をロリコンだと疑っている節がある。

 いったいどうやったらこの疑惑は拭えるんだ……。


「エマは、お母さんが連れて行きました」

「連れて行ったって……えっ、大丈夫なの……? エマちゃん公園で遊ぶ気満々だったよね?」


 遊べないと連絡した俺が言える事ではないが、あの子は幼いから自分の思い通りにならない事は結構怒る。

 それも楽しみにしている度合いに比例し、今回は凄く楽しみにしていたはずだ。

 そんなエマちゃんの予定を狂わせたとなると、普通に手が付けられなくなる気がするんだけど……。


「母親ですからね、泣き喚く娘のあやし方ぐらい知っているはずです」


 あれ?

 なんだかシャーロットさんらしくない言い回しだ。

 心なしか、少し怒ってる気がする。


 もしかして……。


「お母さんと何かあった?」

「えっ……どうしてそう思われるのですか?」

「シャーロットさんの様子がいつもと少し違うから、かな。何か悩んでるんだったら話を聞くよ?」


 今後シャーロットさんと別れないといけないとはいえ、今彼女が困ってたり悩んでたりするのなら力になりたい。

 そう思って言った言葉なのだけど、なぜかシャーロットさんには凄く悲しそうな顔をされた。

 そして、ゆっくりと彼女の右手が俺の頬へと触れる。


「あなたという人は……」

「シャーロットさん……?」

「いえ……なんでもございません……」


 なんだろう、彼女がここまで悲しそうな表情をするくらい酷い喧嘩をしているのだろうか?

 でも、シャーロットさんがここに来た雰囲気を思い出すとそんなふうには思えない。

 本当に酷い喧嘩をしているのなら彼女の場合は気落ちしているはずだ。


 それに、先程シャーロットさんが呟いた言葉……もしかして、彼女を悲しませているのは俺なのか……?


「シャーロットさん、何か俺が気に障る事を言ったかな?」

「えっ、い、いえいえ、そんな事はないです……!」

「だったら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?」

「こ、これは………………なんでもないのです……」


 どうやら、彼女は教えてくれるつもりはないらしい。

 凄く気になりはするが、無理矢理聞くのは良くないだろう。

 だから俺は彼女の体を優しく抱きしめて、頭を撫でる事にした。


「あ、明人君……」

「ごめんな、気の利かない彼氏で……」

「な、何をおっしゃるのですか……! 明人君は気の利かせすぎというくらい気が利く彼氏さんですよ……!」

「そうかな……?」

「そうです! 本当にそうなのです!」


 気の利かせられる彼氏が彼女に悲しい顔をさせるとは思えないんだよな。

 だけど、優しい彼女は俺の事を肯定してくれる。

 なんだか若干怒り始めたような声のトーンが気になるけれど、本当にいい子だ。


 ……やっぱり、別れたくないよな……。

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