第83話「大和撫子と般若よりも怖いお母さん」
お話は、私が明人君のお部屋を出た頃に戻り――。
――い、言っちゃいました!
言っちゃいました言っちゃいました!
大好きって、言っちゃいました……!
そして、明人君って呼んじゃいました……!
明人君のお部屋から出た私は、自分が取った行動に恥ずかしさを感じて身動きする事が出来なくなっていました。
顔はとても熱くなっており、おそらく鏡で見ると真っ赤になっている事でしょう。
思い切って私の気持ちをお伝えしてみたのですが、やはりとても恥ずかしかったです。
穴があるなら今すぐに入りたいと思います。
ただ、それ以上になんと言いますか、とても幸せな気分でした。
「……明人君。明人君明人君。えへへ……」
我慢できなくなった私は、また彼の名前を呼んでみます。
それだけでとても幸せを感じ、思わず頬が緩んでしまいました。
どうしましょう、こんなだらしない表情を明人君にお見せする事なんてできません。
ですが彼と一緒にいられる事を想像しますと、どうしても我慢できる気がしないです。
だって、本当に幸せ過ぎて胸がいっぱいなのですから。
それに正直言いますと、とても甘えたくなってしまいます。
ただでさえ今は甘えるのを頑張って我慢しておりますのに、これ以上の我慢は無理かもしれません。
……早く、明人君とまたお話ししたいです。
「――お幸せそうですね」
「えっ……?」
明人君の事を考えておりますと、澄んだとても上品な声が聞こえてきました。
反射的にそちらを見ますと、ちょうど吹き始めた風によってなびかれる長くて綺麗な黒髪を手で押さえながら、同い年くらいの女性が私を見つめておりました。
まるで、漫画に出てくる大和撫子を思わせるような女性です。
端的に言って、とてもかわいらしく、そして美しいと思ってしまうような御方ですね。
しかし、どこか寂しそうな笑みを浮かべておられます。
そのお隣には背が高くて綺麗なメイドさんが――メイドさん!?
思わず私は二度見してしまいます。
上流家庭に仕えているといわれているメイドさんを前にして、私はとても気持ちが高ぶりました。
なぜならメイドさんとは、漫画やアニメなどで多く存在するとても素晴らしい存在だからです。
写真、一緒に撮って頂けませんでしょうか……?
「どうやら
「メイド服が珍しいのでしょう。それに彼女はオタ――日本文化にかなりご興味をお持ちなようですし。ですからお拗ねにならないでください、お嬢様」
「別に誰も拗ねておりませんよ。えぇ、姉である私を差し置いて――なんて事、考えておりません」
「思いっきりお考えになられておりますよね、それは……」
私がメイドさんに驚いていますと、何やら大和撫子さんがニコッと笑みを浮かべられ、そのお隣に立つメイドさんは困ったような表情を浮かべられました。
その際に聞こえました言葉についてなのですが、どうして彼女たちは私の事を知っていらっしゃるのでしょう?
そしてメイドさんのほうが年上に見えますのに、大和撫子さんのほうがお姉さんなのでしょうか?
でも、妹さんをメイドさんに?
何やら色々と気になる御方たちですね。
「ごきげんよう」
お二人を見つめていますと大和撫子さんが私の傍まで歩いてき、ご挨拶をしてくださいました。
仕草や言葉遣い、それに上品な雰囲気を見るにお嬢様のようです。
「ごきげんよう」
ご挨拶をしてくださったので、私も同じ挨拶を返してみました。
すると、大和撫子さんは優しい笑みを向けてくださいます。
「メイドはお好きですか?」
「あっ……はい、とても好きです」
「それではどうでしょう、一緒にお写真をお撮りしては」
「よ、よろしいのですか!?」
思わぬご提案に私はつい喰い付いてしまいました。
まるで私が思い浮かべていた事を読み取っていたかのようなご提案ですが、本物のメイドさんとお写真をお撮りして頂けるのはとても嬉しい事です。
しかし――。
「お嬢様、何をお考えで……?」
後ろに控えるメイドさんはあまり乗り気ではなさそうです。
というか、嫌そうです。
「減るものではないですし、よろしいではないですか」
「ですが、もしも――」
「いいのですよ、これで」
「……かしこまりました」
メイドさんが何かを進言されようとしますと、大和撫子さんがニコッと微笑んだ途端メイドさんは態度をお変えになってしまわれました。
何やら気になるやりとりをされていましたが、どうやらお写真を一緒に撮って頂けるようです。
「あっ、私のスマホ――」
「いえ、一旦は私のを使いましょう」
エマを落とさないように気を付けながらスマホを取り出そうとしますと、大和撫子さんがメイドさんからスマホを受け取り構えてしまいました。
私の、とおっしゃった事から大和撫子さんのスマホのようですが、メイドさんが管理をされていらっしゃるのですね。
「あっ、どうせなら大和撫子さんともお撮りさせて頂ければと……」
「大和撫子? もしかして、私の事ですか?」
「あっ、えっと……ごめんなさい、名前を存じ上げませんので勝手に……」
「いえいえ、むしろ光栄な事です。それに、最初に名乗らなかったこちらに落ち度はありますしね」
大和撫子さんはそう言いつつも、ご自身の名前を名乗ろうとはしません。
ずっと笑顔でおられるのですが、今しがた私に向けて来られた目からはまるで、聞いてくるなと言われているような気がしました。
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きましょうか。有紗、準備をしてください」
「かしこまりました」
大和撫子さんはメイドさんに再度スマホを返してしまわれました。
すると、メイドさんはどこからともなく自撮り棒を取り出されます。
……えっ、いえ、本当に、今どこから取り出されたのでしょうか……?
「どうかなさいましたか?」
「あっ、えっと……いえ、なんでもございません」
大和撫子さんに笑顔で声を掛けられた私は、メイドさんに関してツッコんでは駄目だと判断し咄嗟に笑顔で誤魔化しました。
きっと彼女は、花澤先生と同じ人種です。
「それではお撮りしますね」
メイドさんの合図で、私と大和撫子さん、そしてメイドさんは三人で画面に入るよう位置取ります。
エマはどうしようかと思ったのですが、寝顔を撮ると怒る可能性がございますのでやめました。
ですから、私たち三人だけで映る形になります。
「――それでは、ご連絡先を教えて頂けますでしょうか?」
写真を撮り終えますと、スマホを受け取られた大和撫子さんが笑顔を向けてこられました。
確かに、写真をお受け取りするには連絡先を交換するしかないのですが――初対面の方と交換してしまって、大丈夫なのでしょうか?
「ふふ、警戒なさらなくても大丈夫ですよ。なんせ――」
大和撫子さんはそうおっしゃいながら、視線をメイドさんに向けます。
するとメイドさんは、なぜか明人君のお隣さん――私のお部屋とは反対側の部屋の鍵を開けてしまわれました。
「同じ階に住んでおりますからね、仲良くさせて頂きたいだけなのです」
「あっ……」
私は思わず大和撫子さんとメイドさんを交互に見てしまいます。
確かに鍵を持たれていたという事は明人君のお隣さんなのでしょう。
しかし、メイドさんを雇っておられるような御方がこのマンションにお住まいになられるのでしょうか?
何より、明人君は前にお隣さんについてこうおっしゃっておりました。
《人が住んでる気配がないのに、俺が住み始めて少ししてからずっと借りられてるんだよ、この部屋は》と。
つまり、この方たちがずっと借りられているのだとは思いますが、どうしてほとんどお住まいになられていないのにお部屋をお借りされているのでしょうか?
申し訳ないのですが、私の中では少し疑いの念が強まりました。
「なるほど、更に警戒をなされておりますね」
「あっ、いえ……」
「ふふ、誤魔化さなくても大丈夫ですよ。別に怒ってはおりませんので。実はこのお部屋は私の別荘みたいなものの一つなのです」
「別荘、ですか……?」
「はい。岡山は田舎すぎず、都会すぎないとてもいいところでしょう? 極たまにではございますが、休日に遊びに来られるようお借りしているのです」
なるほど、お金持ちならではの――あれ、それならホテルでよろしいのでは?
高級ホテルをお借りしたとしても、そちらのほうが圧倒的にお安くつきますよね?
「――申し訳ございません、実は中々忙しい身でして、少し時間が押しています。ご連絡先、交換させて頂けませんでしょうか……?」
「あっ、ご、ごめんなさい! わかりました――あっ……」
考え事をしている最中に突然急かされた事で、私は咄嗟に了承してしまいました。
そんな私に対して彼女はニコッと微笑み、チャットアプリのアカウント情報を私に見せてきます。
ニコニコととても素敵な笑みで、これを今更断ってしまうと罪悪感に苛まれそうです。
「えっと、送らせて頂きました……」
「ありがとうございます」
結局断る事が出来なかった私は連絡先を交換してしまいました。
まぁですが、とても優しくていい人そうなので大丈夫だと思います。
……はい、もうそう思うしかありません。
「それにしましても――あなた
「えっ……?」
「いえいえ、なんでもございません。ただ、とても素敵な銀髪だと思っただけですよ」
「あ、ありがとうございます」
銀髪を褒めて頂けたのは嬉しい事なのですが、私も、という事はどういう事でしょうか?
まるで前例を知っているような言い方ですが……。
「お嬢様、そろそろ……」
「はい、わかっております。それでは、私たちはこれで失礼しますね」
メイドさんに囁かれ、大和撫子さんは踵を返されます。
囁かれた言葉から察するに本当に時間が押していそうですね。
しかし――。
「あっ、それともう一つ」
大和撫子さんはまだ何かあるようで足を止め、素敵な笑みを浮かべながら私のほうを振り返ってきました。
「ご連絡先を交換して頂いたお礼に、お姉さんから一つアドバイスをさせて頂きます」
「アドバイス、ですか?」
「はい。人は、見せている部分が全てではございませんので、お気を付けください」
アドバイスと言われ、何かと思いましたが少し意外な事でした。
善人を装う悪人に気を付けなさい、という事でしょうか?
「あの、どうしてそんな事を……?」
「差し出がましいですが、色眼鏡でお相手を見ないようご忠告させて頂きました。思い込みは目を曇らせ、わかりやすいほど目に見えた時に気が付いてももうそれは、手遅れの事が多いですからね」
まるで子供に言い聞かせるような、とても優しい声で大和撫子さんはそうおっしゃってくださいました。
「えっと、ご忠告、ありがとうございます」
突然のご忠告に私は少し戸惑ってしまいましたが、親切に言ってくださっているようなのでお礼を言いました。
すると、彼女はまた素敵な笑みを浮かべ――そして、一瞬だけ笑顔を引っ込めました。
「いえいえ……………………信じていますよ」
「えっ……?」
今、信じていますとおっしゃられたのでしょうか?
どうしてそんな事を……?
「お嬢様……?」
「わかっております、これ以上は言いませんよ。それではお嬢さん、私たちはこれで失礼致します。またいつか、お話し致しましょうね」
まるで
そして私に対して上品な仕草で小さくお手をお振りになられると、そのままお部屋の中に入ってしまわれました。
「な、なんだったのでしょうか……?」
朝から驚きの連続で私は戸惑いが隠せません。
本当に不思議な御方たちでした。
それにしましても……別荘みたいなものと言っておられましたが、どう考えてもこのマンションを借りられているのはおかしいですよね?
他に目的があるとしか――あっ……!
こ、これは、フラグではないのでしょうか……!?
考察を進めていた私は、衝撃的な事実に気が付いてしまいました。
普通お嬢様がお隣に住まわれている事なんてありえません!
先程の大和撫子さんは実は明人君の幼馴染みで、何かあって仲違いをしてしまいましたけど、どうにか仲直りをしようと機会を窺っているのではないでしょうか……!?
だ、だめですよ!
明人君はもう私の彼氏さんなのです……!
これ以上女の子が出てくる展開はなしなのですよ!
だってこれは、漫画やアニメの世界じゃなくて現実の世界ですもん……!
『――何一人頬を膨らませて怒ってるの、
『あっ、お母さん! だって――えっ、今シャーロットって呼んだ……?』
お部屋のドアが開いてお母さんに声をかけられた私ですが、ある事に気が付いて思わず固まってしまいました。
『うん、何々? とりあえずお話を聞いてあげるからお家の中に入っておいでよ』
『えっ、あの、うぅん! いい! 私ちょっと明人君のところに忘れものしたから――』
『そう、もう明人君と呼べるようになったんだね。そのところ詳しく聞いてあげるよ。――うん、朝帰りをして、それまでいったい何をしていたのかを、ね?』
『やだやだ! 明人君助けて~!』
逃げようとしました私はガシッと腕を掴まれ、そのままお母さんに家の中へと引きずり込まれるのでした。
――お母さんが私の事を《シャーロット》と呼ぶ時、それはとても怒っている時なのです。
そして普段温和で優しいお母さんですが、怒ると般若よりも凄く怖くなるのですよ……。
明人君、助けてください……。
------------------------------------------------------------
あとがき
いつも読んでいただきありがとうございます!
ここから話を読んでいって皆さんは何かに気が付いていくかもしれません。
しかし、気が付いていない方にも楽しんで頂けるよう、コメント欄なのでその事に関して書かないようにして頂けますと幸いです!
また話が面白い、キャラがかわいいと思って頂けましたらレビューなどをして頂けるととても嬉しいです(*´▽`*)
これからもどうぞ『お隣遊び』ともどもよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます