第75話「終わる関係と始まる関係」
――いよいよ、この幸せな時間も終わりが近付いてきた。
空はすっかりと暗くなっており、今は家を目指して電車に乗っている。
シャーロットさんは満足してくれているのか、猫のぬいぐるみをギュッと抱きしめて口をぬいぐるみに埋めている。
それなのに俺の腕も抱きしめており、自分の頭を俺の肩の腕に乗っけてきているため、甘えん坊モードに戻っているようだ。
電車に乗ってからは会話がないが、何も話していなくても凄く幸せだと思える。
《好きな人とは一緒にいるだけで幸せ》
そんな言葉をたまに聞くが、確かに好きな人となら一緒にいるだけで幸せだ。
ずっとこんな時間が続いてほしいと思う。
だけど――いつまでも、こうしてはいられない。
家に帰ってしまえば終わりというのは当然だが、この関係自体も俺は終わらせたいと思っている。
そして、新たな関係を作りたいんだ。
出会って二週間も経っていないにもかかわらず新たな関係に移るというのも変な気はするが、一日の密度が濃かったため仕方ないだろう。
……正直言うと、今のままでもいいと思う自分はいる。
既に彼女は凄くかわいい一面を見せてくれるようになっているし、下手に告白をして自分の想い違いだった場合、今の関係よりも悪い関係になってしまうことは明確だからだ。
ただ、そのリスクを背負ってでも告白をする意味はある。
俺はこのままなぁなぁで関係が進むのが嫌で、ここではっきりとさせたいのだ。
一応、告白をする場所も決めてはいる。
俺たちの町には夜景がとても綺麗に見える場所があるんだ。
移動は車が必要になるため、タクシーを使う。
出費は痛いが、どうせなら彼女にとって素敵な思い出になるようにしたい。
そう考えて俺は綺麗な夜景が見える場所で告白をしようと思っていた。
ただ……一つ問題があるとすれば、彼女が薄着だという事だ。
夜景が見える場所に移動すれば薄着の彼女を寒空の下に引きずり出す事になる。
シチュエーションは最高なものにしたいが、彼女に負担を掛ける事はしたくない。
俺の上着を貸すという手はあるのだが、付き合ってもいないのに貸すのは向こうが嫌がる可能性がある。
となれば、シャーロットさんが先程買った服を上から着てもらうのが一番いいか。
寒さ対策の答えが出た俺は、目を閉じて気持ちを作る事にした。
「――着いてしまいましたね……」
電車が駅に着くと、残念そうに――そして、寂しそうにシャーロットさんが俺の顔を見上げてくる。
心なしか、抱き着かれている腕にギュッと力が込められた気がした。
「あの、さ。もう少しだけ……時間をもらってもいいかな?」
ここにきて緊張が高まったのか、俺は
すると、シャーロットさんは凄く嬉しそうに目を輝かせて頷いてくれた。
「は、はい……!」
俺が何をしようとしているのかわかっているのか、珍しくも彼女の声は裏返ってしまった。
声が裏返ったのが恥ずかしかったのか、元々赤かった顔を更に赤く染めてシャーロットさんは俺の腕に顔をくっつけてくる。
どうやら、恥ずかしくて隠れたいようだ。
……本当になんなんだよこのかわいい生きものは。
見ているだけで顔が緩みそうになる。
後、理性が飛ばされそうになるから我慢するのが大変だ。
「えっと、これからタクシー拾って移動するんだけど、寒いだろうから今日買った服を着てもらってもいいかな?」
値札がついたままになるのは我慢してもらうしかない。
そう思いながら提案したのだが、シャーロットさんは首を横に振った。
顔が俺の腕に埋め込まれているから、グリグリとなって少し痛い。
「嫌です……」
「でも寒いよ?」
「ごめんなさい、青柳君。心配して頂けるのは嬉しいですけど……女の子には、寒さなどよりも優先しないといけない事があるんです」
女としてのプライドという事だろうか?
まぁ男でもその気持ちはわかる。
異性の前などではかっこ悪いところを見られたくないため、どうしてもお洒落を優先するところがあるからな。
「それに、今は体が温もっていて寒さを感じませんから」
シャーロットさんはギュッと俺の腕を抱きしめながら、寒くないと主張した。
確かに、彼女の言う通り今は寒くない。
むしろ体がポカポカしていて暑いくらいだ。
……あれかな?
今日だけは暑さが残った夜なのかもしれない。
――俺はタクシーを捕まえて移動する中、そんなとぼけた事を思い浮かべてしまうのだった。
◆
「わぁ……綺麗です……」
目的地に着くと、夜景を目にしたシャーロットさんが感嘆の声を漏らした。
ウットリとした表情で夜景に見入ってしまっている。
俺は一度タクシーを降りた後、タクシーの運転手さんに少しだけ待ってもらうようにお願いをする。
すると優しい運転手さんだったようで快諾をしてくれた。
それどころか――。
「頑張れよ」と、小さな声で応援までしてくれた。
車に乗っている間の俺たちのやりとりだけで付き合っていない事、そして何を目的としてこの場を訪れたかを理解しているようだ。
俺は運転手さんにお礼を言うと、夜景に見入っているシャーロットさんの隣まで行く。
「気に入ってもらえた?」
「はい……こんな素敵な場所があったのですね……」
ここは小さな山の上にある、夜景がとても綺麗に見える穴場だ。
留学してきたばかりの彼女が知らないのは当然だし、この町に住む人でさえほとんど知らないだろう。
俺だって昔彰に連れてきてもらうまで知らなかったくらいだしな。
この場所を彼女に気に入ってもらえてよかった。
彰には他の事も含めて、ちゃんとお礼を言おうと思う。
でもそれは――きちんとやる事をやってからだ。
「シャーロットさん、少しいいかな?」
俺が声を掛けると、シャーロットさんはコクリと頷いて上目遣いに俺の顔を見つめてきた。
次の俺の言葉を待っているのだろう。
俺は一度深呼吸をすると、しっかりと彼女の目を見つめる。
「今日はとても楽しかった。今までで一番幸せな一日だったと言っても過言じゃないと思う」
「はい……それは、私もです……」
シャーロットさんは俺の言葉を聞くと、優しい笑みを浮かべて同意をしてくれた。
そしてうっとりとした瞳で俺の顔を見つめてくる。
「それはよかったよ。……正直、初めて会った時は俺とシャーロットさんは関わる事がないと思っていたんだ」
「…………」
何か言われるかと思ったが、シャーロットさんは黙って俺の話に耳を傾けてくれるようだ。
だから、俺も話を続ける事にした。
「君がクラスの人気者になるのは目に見えていたから、クラスで嫌われ者になっている俺とは縁がない――そう思っていた。だけど、エマちゃんのおかげでシャーロットさんと話せるようになった。さすがに家に遊びに来たりするのは予想外だったけど、そんな時間があったからこそ、短期間で君の事をよく知れたと思うんだ」
もしエマちゃんがいなければ、きっとシャーロットさんとはロクに話もしていないだろう。
皆に囲まれるくらい人気者の彼女と話すには、こちらから行動をしない限り不可能だからだ。
そして、その行動を起こすという考えは俺にはなかった。
ましてやシャーロットさんが家に遊びに来るなど、エマちゃんなしには絶対にありえなかっただろう。
シャーロットさんが来るようになったのは、俺を使ってエマちゃんが日本に馴染むようにするためだ。
だから、エマちゃんのおかげでシャーロットさんが俺の家に遊びに来てくれて、ずっと一緒にいられたからこそ仲が深まった。
そうでなければ、会ってから二週間も経っていないのにこれほど仲良くなるなどありえないだろう。
そしてそれら全ての根幹にあるのは、エマちゃんだ。
こういう言い方はあまり好きではないが、天使のようにかわいいエマちゃんは、本当に天使のような役目を果たしてくれたとも言える。
あの子が俺とシャーロットさんを繋いでくれたのは間違いないからな。
「正直、シャーロットさんの事は大人っぽくて上品な子だと思っていた。だけど、本当は違ったって事も知れたんだ」
「…………」
大人っぽくて上品な子というのを否定されたからか、シャーロットさんは頬を膨らませて拗ねた様子を見せる。
いつもの彼女なら取り繕った笑顔を見せていただろうから、今は素を見せてくれている証拠だ。
「今もそうだけど、俺は素のシャーロットさんを見られて嬉しいよ。そっちのほうが魅力的だと思っている」
告白ギリギリを攻めた言葉。
本来なら今言うべき事ではないかもしれない。
だけどこれから先、シャーロットさんが俺の前では素で甘えてくれるようにするために必要だと判断したのだ。
ここを逃した後に改めて言うのは、恥ずかしすぎて無理だしな。
「今日一緒に遊んで楽しそうにしてくれたり、甘えてくれる君の事を見て改めて思ったんだ。俺は――」
次の言葉を言おうとした時、俺は言葉に詰まってしまった。
《君の事が好きなんだ》
その言葉が出てこない。
ここまできて、ギリギリの事は言えたのに肝心な言葉が出てこなかった。
言葉に詰まった俺の事をシャーロットさんが不安そうに見つめてくる。
手をモジモジとさせ、俺の顔色を窺い始めた。
ふざけんな……!
こんなところでびびるなよ……!
彼女を不安にさせてしまった事に気付いた俺は、なんとか自分の気を引き締め直す。
ここで失敗したら一生悔いても悔やみきれない。
今ここで絶対に伝えるんだ。
「俺は――シャーロットさんの事が好きです。もしよかったら、俺と付き合ってください」
全ての想いを込めて、俺は精一杯告白をする。
一度詰まった事によって言葉は変えたが、なんとか思いを伝えられた。
後は、彼女の返事を待つのみ。
「…………嬉しいです。本当に嬉しいです。どれだけ言葉にしても、しきれないくらいに嬉しいです……!」
少しの沈黙があった後、口に手を当ててポロポロと涙を流し始めたシャーロットさんが、嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
感極まって泣いてしまったというところだろうか。
俺はシャーロットさんの言葉を聞いてホッと胸を撫でおろす。
嬉しいという気持ちはもちろんだが、受け入れてもらえた事に対する安心のほうが強かった。
「オーケーって事でいいのかな?」
「はい、もちろんです……! これからよろしくお願いします、青――いえ、明人君……!」
念のため確認をすると、シャーロットさんは嬉しそうに俺の名前を呼んでくれた。
付き合うという事で一歩踏み込んでくれたのだろう。
これから先、人気者の彼女と付き合うのは俺にとって辛いものかもしれない。
だけど――この笑顔を向けてもらえるのなら、なんでも頑張れる気がする。
彼女の素敵な笑顔を見つめながら、俺はそんな言葉が頭をよぎるのだった。
――この後はタクシーの運転手さんが気を利かしてくれたおかげで、俺とシャーロットさんは夜景を見ながら二人だけの時間を楽しむのだった。
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【あとがき】
読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)
『迷子になっていた幼女を助けたら、お隣に住む美少女留学生が家に遊びに来るようになった件について』
ですが、
後5日(3月25日)で第6巻が発売します!
5巻あとがきに書いてあります通り、
二人が大人になる予定の巻です(≧▽≦)
とてもかわいいシャーロットさんを見ることができますので、
是非是非よろしくお願いします♪
(『お隣遊び』は過去に当日売り切れという報告がよくありましたので、
今からでもご予約して頂いたほうがいいかもしれません…)
口絵も1つ結構刺激的だったため、
こちらにて公開できませんでしたので、
そちらも書籍にてご確認頂けると嬉しいです♪
『お隣遊び』は
WEB版と書籍版では展開が大分違い、
1、2巻はオリジナル要素・書き下ろし満載、
3~6巻はほぼ書き下ろしですので、
既にWEB版をお読みの方にも楽しんで頂けると思います♪
また、第6巻の口絵を近況ノートで公開しているのですが――とてもかわいいだけでなく、
刺激的なイラストなので是非見て頂けますと幸いです♪
以下、口絵を公開しています近況ノートです…!
https://kakuyomu.jp/users/Nekokuro2424/news/16818093073562439289
これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪
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