第73話「逃げ道をなくす」

「青柳君……」

「は、はい……」


 熱っぽい瞳で見つめられた俺は、思わず緊張しながら返事をする。


 シャーロットさん、ここがデパートの中だと忘れているのではないだろうか?

 まるで恋人にある事をおねだりするような――。


「――もう一つ、取って頂けませんか……?」

「……えっ?」

「あの、もう一つ……」


 俺が聞き返してしまったせいか、シャーロットさんはとても言いづらそうにモジモジとし始める。

 どうしよう、見てて凄くかわいいのだが、違う意味のおねだりを想像してしまった俺は罪悪感と恥ずかしさから穴に入りたい気分だ。


 シャーロットさん、勘違いするからそんな表情でお願いはしないでくれよ……。


「えっと……いいけど、一つじゃ足りなかった?」

「一つだと、多分エマに取られちゃいますので……。他のものならあげるのですが、これだけはあげたくなくて……」


 シャーロットさんはそう言うと、大事そうに抱き締めている猫のぬいぐるみを更にギュっと抱き締める。

 渡さないという意思表示かもしれない。

 見ていて、いじらしさがとてもかわいいと思った。


「うん、わかったよ。同じのをもう一つ取ったらいいかな?」


 もし別のを取ってしまうと、シャーロットさんが抱いているぬいぐるみのほうをエマちゃんが欲しがる可能性がある。

 それならいっそ、同じものにすれば問題は解決すると思ったのだが――。


「あっ、えっと……あの猫ちゃんなら大丈夫だと思います」


 同じものになるのを嫌ったのか、シャーロットさんは別のぬいぐるみを指さした。

 そのぬいぐるみは、前にエマちゃんが動物園でかわいがっていた猫にそっくりだ。


 位置的にも取りやすいところにあるため、問題はないだろう。


 ――その後はすぐに目的のぬいぐるみをゲットし、そのままシャーロットさんに渡した。

 するとシャーロットさんはゲームセンターの店員さんから景品を入れる袋をもらってきて、エマちゃん用の猫のぬいぐるみだけを袋へと入れる。


「そっちのぬいぐるみはいいの?」

「はい、この子はいいのです」


 シャーロットさんはギュッと猫のぬいぐるみを抱き締めると、俺の腕にもまた抱きついてきた。


 どうやら残りの時間はずっと猫のぬいぐるみを抱き締めて歩くようだ。

 気に入ってもらえて凄く嬉しいし、大事そうにぬいぐるみを抱き締めるシャーロットさんはとてもかわいい。

 たまに《えへへ》と笑いながらぬいぐるみの後頭部に自分の口を当てて遊んだりもしていて、なんだかもう本当にかわいすぎる。


 この時間がずっと続けばいいのに。


 子供のようにはしゃぐシャーロットさんを横目に見ながら、俺は幸せだなと思うのだった。



          ◆



「青柳君、折角ですからお洋服を見ていってもよろしいですか?」


 ぬいぐるみにはあらかた満足したのか、普段通りの様子に戻ったシャーロットさんが聞いてくる。


 折角だからというか、元々そのつもりで来ていたのだが、別のものに寄り道をしすぎていたからな。

 俺は頷くと、シャーロットさんの行きたいお店へと足を運ぶ。

 後は、彼女が選んできたものを観賞しながら褒めてあげればいい。


 そう思っていたのだが――相手はシャーロットさんだ。

 そんな甘い考えが許される相手ではなかった。


「青柳君はどういうお洋服がお好きですか?」


 店内に入ってすぐに切り出された言葉。

 いきなり話を振られたものだから俺は言い淀んでしまう。


 どんな服が好きかなんて聞かれてもよくわからない。

 女の子の私服なんて亜紀や美優先生――いや、あの人は女の子ではないな。

 とりあえず、亜紀ぐらいしか見てないのだ。

 最近はシャーロットさんやエマちゃんのも見てはいるが、それだって服の極一部だ。

 あまり女の子の服を知らないのに何が好きかって聞かれてもわかるはずがない。


「えっと、その人に似合う服が好きかな」


 答えが見えない俺は、便利な逃げ言葉を使う。

 ほんとこういう抽象的な言葉は便利だよな。


 しかし――。


「でしたら、私には何がお似合いになると思いますか?」


 これで逃げられたと思ったら、逃がさないとでも言うかのようにシャーロットさんが逃げ道を塞いできた。

 むしろ自分で首を絞めた感すらあるぞ、これは。

 

「えっと……」


 正直わからないから店員さんでも呼んで一任したいところではあるが、わざわざ俺に聞いてくれているのだからそんな真似はしたくない。

 だから、シャーロットさんに何が似合うか真剣に考えてみる。


「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいです……」


 見つめていると、相変わらずシャーロットさんはモジモジと照れ始めてしまった。

 それでも俺が視線を外さないでいると、視線から逃げるように俺の腕へと自分の顔を押し付ける。


 なんだろう、このかわいい生きものは。


 余程見つめられるのが恥ずかしいようだ。

 だけど、見ない事には何が似合うかなんてわからない。


 ……まぁ、見てもわからないのだが。


「とりあえず、色々と着て見せてくれないかな?」


 想像するよりも実際に見てよかったものを選んだほうがいい。

 そう思って提案したのだが――なぜか、シャーロットさんは顔を真っ赤にしながらコクコクと頷くのだった。

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