第72話「クレーンゲーム」

 カフェで休憩した俺たちは、またブラブラとデパートの中を歩き回った。

 すると、広場では数組によるライブイベントが行われていたので俺とシャーロットさんは観に行ったのだが――少しだけ、問題が起きた。


 ライブをしている中でも一段と歌が上手な女の子がいて俺は思わず聞き惚れていたのだけど、そうしているとシャーロットさんが《むぅ……》と拗ねたような声を出して、抱き締める俺の腕を更にギュッと自分の胸へと引き寄せてきたのだ。


 いや、まぁ、シャーロットさんは胸とか意識していないのだけど……おかげで俺はそこからライブに集中出来なくなり、彼女の事が頭から離れなくなったんだ。

 そしてシャーロットさんはプクーッと頬を膨らませたまま、今も俺の肩に自分の頭を乗せていた。


 なんだかこの子、いつの間にか拗ねると甘えてくるようになっている。

 エマちゃんがかなりの甘えん坊だから、姉であるシャーロットさんの根も本当は甘えん坊なのだろうか?


 どうしよう、付き合ったらシャーロットさんも凄い甘えん坊になったら………………いや、普通にありだよな?

 だって想像しただけで凄くかわいいと思うし。

 むしろ甘やかしたい。


 ……今、頭を撫でたらどんな反応をするかな?

 甘えるような態度を見せてくれて――って、何考えてんだ俺!?


 あまりにもシャーロットさんがかわいいせいで妄想に走りかけた俺は、慌てて我に返った。


 もう少しでとんでもない事をするところだった。

 付き合えているならまだしも、付き合っていない同い年の女の子に対して頭を撫でるなどセクハラで訴えられても文句を言えない。


 どうしよう、俺の理性が段々とシャーロットさんに壊されていってる気がする。

 言い掛かりとはわかっているのだが、このままだと本当にとんでもない事をしそうだ。


「あの、シャーロットさん……。悪いんだけど、抱きつくのやめてくれないか……?」


 今更何を言うんだと思われるかもしれないが、今だからこそ言うのだ。

 なんせ、シャーロットさんがかわいすぎるせいで俺の限界がきたのだから。


「えっ……だめ、なのですか……?」


 当然、今まで許されていた事を駄目と言われたシャーロットさんは悲しい表情を浮かべて俺の顔色を窺ってくる。

 彼女は目をウルウルと潤ませており、懇願するかのような瞳で俺の顔を見つめていた。

 そしてそのままシュンとして、手を放そうとする。


 あぁ、もう!

 ずるい!

 シャーロットさん本当にずるいよ!


「ごめん、やっぱりいいよ」


 俺は離れていくシャーロットさんの手を掴み、自分の腕へと彼女の手を導いた。

 こんな捨てられた仔犬のような表情をされたら駄目だって言えないじゃないか。

 元々シャーロットさんがかわいいせいで罪悪感が二倍増しだし。


「いいのですか……?」


 一度駄目と言われているせいか、シャーロットさんが躊躇いながら聞いてきた。

 だけど俺がコクッと頷くと、パァッと明るい表情になって抱きついてくる。


 言葉にしなかったのは恥ずかしかったからなのだが、こんなふうに嬉しそうにされるとやっぱり俺も嬉しい。

 後は、いつまで俺の理性が持つかだな……。


 ――あまり長くは続かないだろうなっと思いつつも、俺は腕を組んだままシャーロットさんとデパート内を歩くのだった。



          ◆



「あっ――猫ちゃん……」


 一緒に歩いていたシャーロットさんが、突然ポツリと呟く。

 猫という言葉に反応して俺は周りを見てみるのだが、ペットショップなんて何処にも見当たらない。

 そもそも、このデパートにはペットショップは一つしかないはずだ。


 もしかして、野良猫が入り込んでいるのだろうか?


 そう思ってシャーロットさんの視線を追うと――その先にあったのは、ゲームセンターのUFOキャッチャーだった。

 そしてその中に猫のぬいぐるみがたくさんある。

 どうやら彼女は猫のぬいぐるみに興味を示したようだ。


「ぬいぐるみ欲しいの?」

「えっ? あっ、かわいいとは思いますが、私には取れませんので諦めます」


 うん、欲しいという気持ちはあるようだ。


「――あれ、青柳君……?」


 クレンゲームに向けて足を踏み出すと、不思議そうにシャーロットさんが俺の顔を見上げてきた。


「ちょっと見てみたいなって思ったんだ。少しだけいいかな?」

「は、はい……」


 シャーロットさんからすると、俺がゲームセンターに行くのは不思議なようだ。

 確かにその認識は間違えていない。

 俺は自分から進んでゲームセンターに行く事はないからな。


 だけど、亜紀と一緒になら何度か来た事がある。

 そして決まって、俺はクレーンゲームで亜紀がほしいものを取らされていたのだ。


 俺はクレーンゲームに近付くとぬいぐるみが取れるかどうかを確認してみる。

 シャーロットさんが欲しそうに見つめていた猫のぬいぐるみは、両手の平に乗るくらいの小さなものだ。

 クレーンのアームの幅は狭いし、ぬいぐるみを落とす穴を守っているシールドの高さも低い。


 ――うん、これなら問題なく取れそうだ。


「シャーロットさんが欲しいのはどの子?」


 三毛猫を模したものや虎猫を模したものなど、景品は意外と種類が豊富なため俺はシャーロットさんにどれが欲しいのか確認を取る。


「取ってくださるのですか……?」

「うん、そうだよ。どれがいいかな?」

「でも……」


 何か抵抗があるのか、クレーンゲームをする事に渋るシャーロットさん。

 お金の心配でもしてるのだろうか?


「大丈夫だよ、俺がやるんだからお金は俺が出すから」

「あ、いえ、お金の心配をしていたのではなくて……」


 何か言いづらそうにしている。

 いったいどうしたのだろう?


「えっと、嫌ならやめるけど……」

「い、いえ、嫌ではないのですが……そうですね、あちらの猫ちゃんがほしいです」


 なぜか思い切ったような表情をするシャーロットさんが指差したのは、耳が垂れている猫のぬいぐるみだった。

 モデルは、先程ペットショップにいた猫と同じスコティッシュフォールドだろうか?

 意外に手のこった事をしているな……。


「うん、わかった。あれだね」

「あっ、お金――」


 俺が頷いて自分の財布から百円を取り出して入れると、五百円を手に持っていたシャーロットさんが困ったような表情をした。

 あまり勝手にしすぎると彼女も気にしてしまうからよくないが、多分これくらいならいいだろう。


 俺はシャーロットさんの表情を見なかった事にし、ターゲットの猫へと集中をする。


 しかし――。


「――あっ、おしい……!」


 ターゲットは、出口を目前としてポロッとクレーンから落ちてしまった。

 クレーンが下りた時点で俺はしくじったとわかったのだが、シャーロットさんはギリギリまでドキドキしていたようだ。


 でも、これで大体のクレーンの開き幅もわかった。

 今のイメージを頭に焼き付けて微調整すれば――。


「――わっ、凄い……!」


 二度目はちゃんとターゲットが出口に落ちてくれたため、シャーロットさんが歓喜の声を出した。

 口調がいつもの敬語からタメ口になっているところを見るに、珍しくも大分興奮しているようだ。


 これくらいではしゃぐなんて、やっぱり素のシャーロットさんは子供っぽくてかわいいな……。


「はい、これ」


 俺はクレーンの出口から猫のぬいぐるみを取り出すと、そのままシャーロットさんに渡した。

 するとシャーロットさんはギュッとぬいぐるみを抱きしめ、頬を赤く染めながら上目遣いに見つめてくるのだった。

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