第71話「立てては駄目なフラグ」
――俺は黙ってシャーロットさんの話に耳を傾けていた。
彼女はお母さんの仕事の都合で日本に来たらしい。
詳しくは知らないらしいが、シャーロットさんのお母さんが働いている会社の部署か何かが日本にあるらしく、日本のほうを引っ張る先導者としてシャーロットさんのお母さんが選ばれたらしい。
なんでも、元々仕事人間だった彼女のお母さんは、ある日を境に更に仕事へと打ち込むようになったみたいだ。
そのため、今ではこんな大役を引き受けるほどの偉い役員になっているようだ。
まぁそのせいで、日本に来てからは仕事が忙しすぎてまともに家にも帰れていないらしい。
普段シャーロットさんがエマちゃんの面倒を見ているのはそのせいというわけだ。
「――それで日本の事が大好きだった私はとても嬉しかったのですが、やはりイギリスでのお友達と別れるのはとても辛かったです」
シャーロットさんは懐かしむような表情をして話を続けている。
今は多分イギリスにいる友達の事を思い返しているのだろう。
「仲がよかったんだね」
「はい、とても仲がよかったです。一番仲が良かった子は、今でも毎日連絡をくださるのですよ」
「へぇ、そうなんだ。イギリスとの時差は九時間だから中々合わせるのは大変なのに、いい友達なんだね」
「そうなんです。オリヴィアという子なのですが、とても面白くてかわいい――」
「…………? どうしたの?」
嬉しそうに友達の話をしていたシャーロットさんは、話している最中になぜか急に固まってしまった。
そしてゆっくりと口を閉じて困ったように俺から視線を逸らす。
「今私、とてもだめなフラグを立ててしまいました……」
「フラグ?」
なんだろう?
別にフラグなんて立ててないと思うけど……。
「はい……。その子、近いうちに日本へ遊びに来るって言ってたんです……」
「わざわざイギリスから来てくれるなんてとてもいい子じゃないか。それなのに不安そうにしているのは、何か心配事があるの?」
「はい、とてつもない心配事があります……」
シャーロットさんは俺の質問に対してしばし考えると、神妙な表情で答えてくれた。
いったいなんの不安があるのか。
俺には全く想像がつかないが、彼女の様子を見るに尋常ではないだろう。
何か俺に出来る事があればするんだけどな……。
「もし困ってるのなら相談してほしいな。力になれるのなら頑張るからさ」
とりあえずシャーロットさんを安心させようと、笑顔で受け入れる姿勢を見せる。
しかしシャーロットさんは一瞬だけポーッと俺の顔を見つめてきただけで、すぐにハッとしたような表情をしてブンブンと首を横に振った。
どうやら俺では力になれないようだ……。
「あっ、えっと……そういう問題ではないと言いますか、少し言い辛い事と言いますか……」
表情に出てしまったのか、俺が落ち込んでいるとシャーロットさんが人差し指を合わせて少しだけモジモジとしながら慌てたようにフォローをしてくれた。
どういう事だろう?
よくわからないな……。
「そ、それよりも、お話の続きでしたね。日本に来た時はもう住むお家は決まっていたのです。さすがに家が決まってないとホテル暮らしになってしまうので当然と言えば当然なのですが――なぜかお母さん、会社から遠い今のマンションをお選びになられていたんです」
シャーロットさんは誤魔化すような笑みを浮かべた後、再度過去に関して話し始めてくれた。
遠いのにわざわざあのマンションを選んだ……?
会社が近いのならまだわかるが、遠いとなるとあのマンションを選ぶメリットがわからない。
値段は安くてセキュリティもまぁまぁちゃんとしているマンションだが、似たような物件は他にも多くある。
東京などの都会ではないのだから、街中でも空いているマンションは結構あるだろう。
街中だから値段は少々高くなるが、話を聞いているとどうもシャーロットさんの家はお金持ちな気がする。
それなのにわざわざ安いマンションを探すだろうか?
お金に困っていないのなら、会社に近いところを選ぶんじゃないか?
なんだか腑に落ちないなぁ……。
話に違和感を覚えた俺はチラッとシャーロットさんの顔を盗み見る。
しかし、シャーロットさんは俺のほうなど見ておらずなんだかモジモジとしていた。
「でもそのおかげで青柳君と毎日お話出来ていますので、私としては嬉しい限りなのですが……」
相変わらず何を言ってるのかは聞き取れない。
独り言なのだから聞き取らなくていいのかもしれないが、彼女が言ってる事だと気になってしまう。
誰だって、好きな人が何か言ってたら気になるはずだ。
「そういえばシャーロットさんのお母さんって車で通勤してるの? それとも電車?」
シャーロットさんの独り言やどうしてあのマンションを選んだのかという疑問はあるものの、聞いても答えが返ってこないと判断した俺は別の気になる事を聞いてみた。
岡山では車通勤が基本だ。
電車が通っている場所が少ないし、東京などに比べて乗る人が少ないため倉敷のほうでなければ三十分に一本しか電車がこない。
酷いところなんて一時間に一本という話も聞く。
バスで通勤という手段もあるが、やはりあまり便利ではない。
だから岡山駅などの駅近くに会社がある人を除けば、普通は車通勤という手段を取る。
ただ、シャーロットさんのお母さんは外国人だからその辺がどうなのか気になったのだ。
「お母さんはいつも、ベンツという車で通勤されていますよ。……いえ、ほとんど会社近くのホテルに泊まってらっしゃるようなので、いつもというのは変かもしれませんが……」
頬を人差し指で擦りながら苦笑いでそう答えるシャーロットさん。
うん、ごめん。
正直そっちはどうでもいい。
ベンツで通勤って――やっぱり、シャーロットさんの家はお金持ちじゃないか……。
彼女がシレッと名前を出した高級車に俺は戦慄する。
ベンツって車に興味がない俺ですら知っているほどの有名な高級車だ。
一生縁がないと思っていたのに、まさか身近に乗っている人がいたとは……。
まぁベンツといっても安いものはあるみたいだけど……絶対シャーロットさんのお母さんが乗っているのは高いほうだろうな……。
一千万クラスのベンツを乗ってたりしたらどうしようか。
告白が成功したとしても、俺なんかじゃあお母さんに認めてもらえないんじゃないのか……?
というか、本当になんであのマンションに住んでるんだよ……。
――シャーロットさんの話を聞けば聞くほど彼女たちが俺の住んでいるマンションにいる意味がわからず、いったいどんな理由があるのか俺は気になってしまうのだった。
…………後、イギリスでシャーロットさんが住んでいたのは高層マンションの最上階だったらしい。
そんなところから今のようなところに変わったせいで最初はエマちゃんが凄く拗ねていた、という事を笑い話のようにシャーロットさんが教えてくれたのだが、話を聞いていた俺は彼女が別世界の住人のように感じずにはいられないのだった。
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