第70話「美少女に抱きつかれるのは罪?」

「――えへへ」


 アクセサリショップで買ったペアリングを渡してから、シャーロットさんはずっと嬉しそうに笑っていた。

 ニコニコの笑顔で胸へとかけている銀のリングを弄っている。

 締まりのない緩んだ表情がかわいくて仕方がない。

 お店を見て回るよりも、ずっと彼女の顔を見ていたいくらいだ。


 ………………まぁシャーロットさんが俺の腕に顔を埋めるのを忘れているため、周りの人たちがめちゃくちゃこっちを見ているけどな……。

 シャーロットさんを見てデレッとだらしない表情を浮かべた後、隣にいる俺の顔をまるで親の仇かのように見てきている。

 何も悪い事なんてしていないのに、どうしてこんな目で見られないといけないんだ。


 あれか?

 かわいすぎる美少女に抱きつかれている事が既に罪なのか?


「青柳君、ありがとうございました……。私、今とても幸せです……」


 嫉妬全開の視線に困っていると、頬を赤く染めたシャーロットさんが上目遣いでお礼を言ってきた。

 彼女はまるで熱があるかのようにトロンとした瞳で俺を見つめている。


 ……うん、罪かもしれないな。

 こんなにもかわいい子に抱きつかれていたら、そりゃあ周りから恨まれても仕方がない。


「喜んでもらえてよかったよ」

「はい、本当に嬉しいです……」


 コツンッと頭を俺の肩に乗せながら、熱がこもった息を吐くシャーロットさん。

 喜んでくれているのは凄く嬉しいのだが、今こんな様子を見せられると困ってしまう。

 周りの嫉妬の視線が強まるのもそうだが――まぁ、うん……男には色々とあるんだよ……。


 よく考えたら、シャーロットさんの胸だって俺の腕に当たっているわけだしな……。


「どうかなさいました……?」


 一人悶々としていると、シャーロットさんが心配をするように顔を覗き込んできた。

 見惚れてしまうようなかわいい顔が目の前にきてしまい、思わず俺はゴクリと唾を呑む。

 心配してくれている彼女には悪いが、もう本当に色々と限界だ。


「………………喉、乾いたから……ちょっと、カフェ行こ」


 緊張によってカラカラになってしまった喉から俺はなんとか声を絞り出した。

 ちょっと頭を冷やさないとまずそうだ。


「そうですね、なんだか今日は暑いですし……」


 シャーロットさんも同意してくれたのだが、秋に薄着でいて暑いというのはよっぽどだろう。

 デパート内だから暖房は効いているけど、それでも温かいとはいえないような温度のはずだ。


 しかし、正直言うと俺も体が火照っていて暑い。

 もしかしたら暖房の調整が少し狂ってるのかもしれないな。


「「「「「――暑いのはお前らのせいだよ……!」」」」」


 移動する最中なんだか周りのざわつきが強まった気がするが、気にしたところでどうしようもないため俺は聞こえないふりをして通り過ぎるのだった。



          ◆



 ――今や日本全国にチェーン店があるアメリカ産のカフェに来た俺たちは、メニューを見ながら何を頼もうか考えていた。

 有名なお店だというのに俺たち二人は来た事がなく、正直どれがいいのかもわからない始末。

 シャーロットさんは日本に来てそれほど日が経っていないのが理由だが、イギリスにいた頃も行った事がないらしい。

 向こうにいた時もエマちゃんの面倒を見る事で忙しかったようだ。


「シャーロットさん、どれにするか決まった?」

「えっと……色々と目移りしてしまいまして……まだ……」

「そっか。焦らずゆっくり選んだらいいよ。幸い後ろにお客さんはいないからな」


 前に彰からこのカフェは凄く混むんだと聞いたのだが、運がよかったようで後ろにお客さんは一人もいない。

 もし後ろを待たせているようであればあまり悠長に選ぶ事は出来ないけど、これならゆっくり選んでも誰にも迷惑を掛ける事はない。

 店員さんもシャーロットさんに見惚れているようだし、何も問題はないだろう。

 寧ろ店員さんからすると、彼女がゆっくりと考えてくれたほうがいいはずだ。


 かわいい子は目の保養になるという奴だろう。


 ……ただ、俺の顔を見る時は目に殺意を宿すのをやめてくれないかな?

 店員がしていい表情じゃないだろ、それは……。


「――決めました……! このホワイトチョコレートにします……!」


 どうやら、俺が目で店員さんとやりとりをしている間にシャーロットさんの頼むものが決まったようだ。

 意外にも普通のものを選らん――ではないな。

 名前が普通なだけで、めちゃくちゃ甘そうな飲みものだ。


 ホワイトチョコレートを溶かしたような液体の上に、ホイップクリームとチップ上のホワイトチョコレートが乗っている。

 ホットだし、想像するだけで口元に甘さが広がりそうだ。


 やっぱりシャーロットさんもこういう甘い系が好きなんだな。

 学校だと大人びた雰囲気を纏っているからちょっと意外な気もする。

 でも、学校以外で会うシャーロットさんは結構子供っぽいため、お似合いのような気もした。


 要は、彼女ならなんでもいいって事だ。


 俺はなんとなく抹茶ミルクにしてみた。

 正直ブレンドのコーヒーとも迷ったが、久しぶりに抹茶ミルクが飲みたくなったのでそれにしてみたのだ。

 結構抹茶系は好きで、たまに飲みたくなることがあるんだよな。


 ――注文した飲みものを受けとった俺たちは、窓際の席へと向かう。

 あまり歩き回るとシャーロットさんに負担をかけてしまうだろうから、このまま少し休憩していけばいい。

 それに、機会があれば聞いてみたかったこともあるしな。


「あのさ、シャーロットさんってどうして日本に来たの?」


 休憩するという事もあって、俺は今まで気になっていたことを聞いてみる。

 初めの頃は何か訳ありだったら困ると思って遠慮していたのだが、少なくとも暗い理由で彼女が日本に来たわけじゃないという事はわかったので聞いても問題ないはずだ。


「そうですね――」


 優しい彼女は俺が突然した質問に嫌な顔を一切せず、口に人差し指を当てながら目を瞑る。

 どうやら思い出そうとしているみたいだ。


 それからシャーロットさんは、ゆっくりと過去を思い出すように話し始めてくれるのだった。

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