第69話「猫になりきる美少女留学生がかわいい」

 二人きりのデート――最初は、絶対に邪魔が入ると思っていた。


 遠くに行けば問題ないと言ってはいるが、正直心の中では、《どれだけ遠くに行ったとしても、知り合いと鉢合わせしてしまうのではないだろうか?》と心配をしていたのだ。

 しかし、いったいどういう事なのか――ここまでは、驚くほどに順調だった。


 今俺たちは倉敷にある有名なショッピングモールに来ているのだが、その中にあったペットショップに立ち寄っている。

 どうしてペットショップにいるかについては、ペットショップの前を通った際にシャーロットさんの視線がこのお店に釘付けになってしまったからだ。


 理由は簡単。

 とてもかわいい仔猫がこちらを見つめながら鳴いていたんだ。


 俺はチラッと右手側を見る。


 するとそこには――

「にゃんにゃん♪」

 ――人間なのに猫語を話す尊い存在がいた。


 当然その尊い存在とはシャーロットさんの事なのだが、シャーロットさんは手まで猫の物真似をするように丸めて仔猫に話し掛けている。


 猫もにゃーにゃー言って返事をしているんだけど、絶対会話は噛み合っていないだろう。


 後、自分がしているわけでもないのにめちゃくちゃ恥ずかしい。

 幸いシャーロットさんは小さい声で鳴いているため周りの人には気付かれていないのだが、なんだか彼女を見ていると異常な恥ずかしさに襲われるのだ。

 だけど、猫になりきるシャーロットさんがかわいすぎて目を離す事が出来ない。


 なんだ、このジレンマは……。

 俺はどうしたらいいんだ……。


 ――ふと思ったのは、《前にエマちゃんが付けていた猫耳をシャーロットさんに付けてみたら、更にかわいいんじゃないだろうか?》という事なんだが――俺は、いつからそんな変態になったんだ……。


 猫耳に萌えるような人間ではなかったはずなのに、今のシャーロットさんを見ているとどうしても猫耳シャーロットさんを見てみたくなる。

 どうやら、彼女には人の性癖を変えてしまうほどの魅力があるようだ。


「あの、青柳君……そんなに見つめられると恥ずかしいです……」

「あっ、ごめん……」


 さすがに見つめすぎていたようで、俺に見られている事に気が付いたシャーロットさんが頬を赤く染めて抗議してきた。


 ただ……恥ずかしいのはわかるけれど、照れ隠しに俺の腕へと顔を隠しながら上目遣いにこっちを見るのはやめてほしい。

 もう本当、頭が沸騰しそうでやばいんだ。


 というかこの子、これ狙ってやってるんじゃないのか?


 ……でもシャーロットさんだし、でやってる気もする。

 

 もし無意識でやっているのなら、この子は天然の男殺しだ。


「この猫ちゃん、お家で飼いたいです……」


 ガラス越しでもシャーロットさんの気を引こうと一生懸命ガラスにタッチしている仔猫を見て、蕩けたような表情でシャーロットさんが呟いた。


 余程この仔猫がお気に召したらしい。

 確かに手入れがされた綺麗な白い毛に、クリクリとした瞳や小さな鼻。

 それに猫にしては珍しい垂れた耳がとてもかわいいと思う。

 後、人懐っこい様子を見るに、絶対にすり寄ってくるタイプの猫だろう。


 だから、シャーロットさんが欲しがるのも当然だ。


 この仔猫の種類はスコティッシュフォールド。

 耳が垂れているスコティッシュフォールドは二~三割らしいから、この仔猫は少しレアなのかもしれない。

 何より人懐っこくて頭のいい猫だ。

 昨年は人気ナンバーワンの猫に選ばれていたみたいだし、飼うには適した子だと思う。


 気になるのは値段だが――――十五万……。

 うん、見なかった事にしよう。


「うちのマンションは確か、ペットを飼えなかったと思うよ」

「そうですよね……。それに飼えたとしてもお昼時などは面倒を見てあげられる人がいませんので、猫ちゃんに寂しい思いをさせる事になっちゃいます。ですから、将来飼えたらいいなぁっと……」


 チラッと俺の顔を見上げながらそんな事を言ってくるシャーロットさん。

 これは、そういう意味ととっていいのだろうか?


《将来猫を飼いたいです》と俺におねだりしてきていると――。


 いや、でも、さすがにそれは都合よく取りすぎか。

 シャーロットさんは一言も俺の事は口にしていないんだしな……。

 まぁどちらの意味であれ、俺たちが大人になった頃はこの仔猫は誰かに飼われているだろう。

 ただ、大人になったら猫を飼えるくらいの稼ぎは得られるように頑張ろう、と心密こころひそかに誓う俺だった。



          ◆



「このアクセサリ、とてもかわいいですね」


 ショッピングモール内を歩いていて見つけた小店で、ピンク色のハート形アクセサリを手に取ったシャーロットさんが笑顔で俺に見せてきた。


 確かに女の子が喜びそうなかわいいデザインだ。

 物もしっかりとしているようだが――まぁ、そこそこ値段はするよな……。


 チラッと値段が書いてあるところを見ると、五千円と書いてあったので思わず苦笑いをしてしまった。

 全然買える値段ではあるが、出費が痛くないと言えば嘘になる額だ。

 こういうのは学生が気軽に買えるくらいの値段にしてもらいたいものだが、製作費などがかかって難しいのかもしれない。


「あ、あの、別に青柳君に買って頂きたいと言ったわけではないので……」

「うん、わかってるよ。まぁここでさっと買ってあげられたら恰好がついたんだろうけど、ちょっとこの値段は厳しいかな」


 俺の表情を見て焦って訂正をしてきたシャーロットさんに、俺は冗談めかしながら笑顔で返した。

 彼女が自分から買ってくれとおねだりするような子じゃない事はわかっている。

 むしろほしくても我慢するタイプだろう。

 表情に出した俺もよくないが、あまり気にされても困る。


 ――だけど、折角のデートだ。

 何か彼女にプレゼントしてあげたいよな……。


 少し恰好を付けたかった俺は、手ごろでデザインもいいアクセサリがないか探してみる。

 すると、一つ――いや、正確には二つだが、あるアクセサリに目が引き寄せられてしまった。


 そこには、一つのチェーンに銀と金の小さな二つのリングが繋がれているアクセサリがある。


 これは所謂――

「あっ、ペアリング……」

 ――そう、ペアリングだ。


 俺の視線を追ったシャーロットさんが俺の思い浮かべている言葉を呟いた。

 値段は先程のハート型アクセサリと同じ五千円。

 しかしこれはペアリングなため、実質一つ二千五百円だ。

 それなのに見た目のデザインはハート型アクセサリに勝るとも劣らない。


 何より、ペアリングというのが凄くいいと思った。


 小さな紙の看板には《好きな人と分けあえば、このリングが二人の仲を永遠に繋ぐ》という在りきたりな謳い文句が書かれているが、シャーロットさんとお揃いの物を付けられたら凄く嬉しい。

 付き合ってもいないから一緒に付けようなんて言えないが、もし付き合う事が出来たらこれを彼女と一緒に付けたいところだ。


 ……後で、トイレにでも行くと言ってシャーロットさんに見つからないように買っておこうかな?


 ――と、そんな事を考えていると、シャーロットさんがペアリングに手を伸ばしてしまった。

 そして恥ずかしそうに俺の腕へと顔を埋めながら、上目遣いに俺の顔を見つめてくる。


「えっと……?」

「あ、あの……もし、私がこれを買いましたら……青柳君に、片方付けて頂く事は可能でしょうか……?」


 俺が困惑していると、シャーロットさんのほうから俺が思い浮かべていた言葉を言ってきた。


 あぁ、もうこれは確定だ。

 絶対彼女は俺に好意を持ってくれている。


「…………嫌だ」

「え……?」


 彼女の申し出を断ると、絶望に染まった表情をシャーロットさんは浮かべてしまう。

 まるで力が抜けたかのように俺から手を放し――そのまましゃがみそうになったところを俺は受け止めた。


「ごめん、言い方が悪かった。あのさ、これ――俺が買うから、片方をシャーロットさんにプレゼントさせてもらえないかな?」

「えっ、それって……」

「折角の二人だけの初デートだから、俺からプレゼントしたい。もらってくれる?」


 俺はあえて《デート》と言葉にした。

 彼女がもう俺に好意を持っている事に確信していたし、彼女が購入を譲ってくれるように説得しやすいと判断したからだ。


 シャーロットさんは何を言われたのか理解出来なかったのか、パチパチと何度もまばたきをして俺の顔を見つめてきた。

 そして言葉を理解し始めると、元から赤かった頬が更に赤くなっていき、目には涙が溜まり始める。


 そのまま彼女は手の平を重ねるようにして口元を隠し、とても嬉しそうに――

「はい、喜んで……!」

 ――と、返事をしてくれるのだった。


 ――もうこれは、遠回しに告白をしたようなものなんじゃないかと俺は思ったが、帰るまでには絶対にちゃんと告白をしようと決心するのだった。

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