第67話「憧れのお姉さん」

「俺は元々孤児なんだ」


 昔を思い出しながら、ゆっくりと自分の過去を俺はシャーロットさんに伝える。


「孤児、ですか……?」

「そう。まだ赤ん坊だった頃、孤児院――今では、児童養護施設って言うんだったね。その施設の前で捨てられていたらしい。ある日の朝施設の人が外に出ると、段ボールが施設の前に置かれていてその中に毛布にくるまれた俺が入っていたんだってさ」

「そんな……」


 まだ話し始めだというのに、既にシャーロットさんは悲惨そうに俺の顔を見つめてくる。


 やはり、この話をするのはやめようか……。

 そう思って口を閉じると、ソッとシャーロットさんが俺の手を握ってきた。

 いったい彼女が何を考えて握ってきたのかはわからないが、辛そうにしながらも俺の目をまっすぐと見つめている事から続きを話せという事なのだろう。


「当時はまぁ、あれだけど……今は別に、俺を捨てた親の事は恨んでないんだ。施設の人は優しかったし、孤児になったからこそ今の俺があるとも思っている」

「それは、どういう事、なのでしょうか……?」


「俺が通っていた施設は子供が十人にも満たない小さなところだった。だから小学校に通うようになってからは、学校で同じ施設の子がいなくていじめを受けていたんだ」

「いじめ……。青柳君が……?」


 まるで信じられない、といった感じでシャーロットさんが見つめてくる。

 当時は今と大分違ったから想像しづらいのだろう。


「親がいないってだけでいじめの対象になるんだよ。子供って無邪気な分残酷なところがあって、善悪がついてないんだ」


 今だからこそこんなふうに落ち着いて話せているが、当時は凄く辛かった事を覚えている。

 孤児になったのは俺のせいじゃないのに、どうして俺がここまで酷い仕打ちを受けないといけないのか。

 そんな事を考えてよく公園で泣いていたものだ。


 ――その頃だ、あの人に出会ったのは。


「青柳君はいったいどうなさのったのですか……?」

「そうだね……その頃に、公園である人と出会ったんだ。その人は泣いてる俺に声を掛けてくれて、とても優しくしてくれた」


 俺は懐かしむように当時を思い出す。

 その人は仕事で日本に来たばかりの外国人のお姉さんだった。

 そして、シャーロットさんによく似ていたのだ。


 上品に佇む仕草。

 長くまっすぐに下ろされた銀色に輝く綺麗な髪。

 人懐っこさが窺えるかわいらしい笑顔。

 スゥッと透き通った耳障りのいい声。


 初めて会った時シャーロットさんの事を俺の理想そのものだと思ったのは、自己紹介をする彼女があのお姉さんに重なったからだ。


 当時俺は、自分に優しくしてくれるお姉さんに憧れを抱いていた。

 だからシャーロットさんに一目惚れしたんだと思う。


 だけど当然、彼女自身の魅力に惹かれたというのもある。

 今彼女といて幸せだと感じるのは、シャーロットさんがとても素敵な人だからだ。

 そこにお姉さんは関係ない。


「その御方に慰めてもらっていたから、青柳君は挫折せずにいられたのでしょうか?」

「うぅん、違うよ。そのお姉さんが俺に言ったんだ。《いじめられるのだったら、勉強や運動を頑張って一番になろう。そしたら、誰も君の事をいじめる事が出来なくなる。それどころか、きっと君と仲良くしたがるだろうね》ってな。そしてお姉さんは俺に英語を教えてくれたんだ。最初は覚えるのに苦労したけど、挨拶を覚えただけでもクラスメイトたちはビックリして、俺と仲良くしようとする奴が出てきた。何より、お姉さんが言うように勉強や運動で誰にも負けないように努力したら、気が付けば誰も俺に嫌がらせをしてくる奴はいなくなったよ」


「……青柳君を慰めていた御方、お姉さんだったんですね……」


 俺の言葉を聞いたシャーロットさんはなぜか苦笑いを浮かべた。


 反応するところはそこなのだろうか?

 もっと気になるところがあると思うけど……。


「いじめられないように頑張り続けたから、青柳君は勉強と運動が得意なのですか?」

「うぅん、それも違うよ」


 気を取り直したようにシャーロットさんが聞いてきたため、俺は首を横に振った。

 子供の中では一度築いた地位は中々揺らぐ事がない。

 だから、いじめをされないようになった時点で努力する必要はなくなっていたはずだ。


 でも俺には、更に努力をしないといけなくなった理由がある。


「お姉さんは毎日仕事終わりに俺がいる公園に来てくれたんだけど、ある日お別れをしなくちゃいけなくなったんだ」

「お別れ、ですか……?」

「うん。確か出会ってから一年くらいたった頃かな。そのお姉さんは外国人だったんだけど、出張で日本に来ていただけで、自分の国に戻らないといけなくなったんだ」

「確かに、そういうこともありますよね……」

「そうだね。その時にお姉さんと約束したんだ、次会う時までには立派な男になるってね」


 子供ながらの約束だった。

 子供扱いせずにちゃんと自分を見てほしいという気持ち。

 そんな思いを抱きながら俺は当時お姉さんと約束した。


「素敵なお約束ですね」


 シャーロットさんはとても優しげな目をしながら俺の顔を見つめてくる。

 赤く染まった顔で上目遣いに見つめられ、少しばかり照れ臭くなってしまう。


「まぁ、結局約束は守れなかったけどね」


 立派な男になると言っていたのに、今やクラスの嫌われ者だ。

 こんなことをお姉さんが知ったら悲しむだろうな。


 ――と、思ったのだが。


「いいえ、青柳君はご立派にお約束を守られたと思いますよ」


 俺の言葉は、優しい笑みを浮かべているシャーロットさんによって否定をされた。


「えっ?」

「青柳君はとても素敵な方です。少なくとも、私が今まで出会った御方の中で一番素敵な御方だと思っております」


 シャーロットさんはそれだけ言うと、自分が何を言ったのか気が付いたようにハッとした後俯いてしまった。

 だけどソッと寄り添ってる体は俺から離れることはなく、握ってきている手には少しだけ力がこめられる。

 少しだけ見える彼女の横顔は真っ赤に染まっているが、きっと俺も似たようなものだろう。


「え、えっと、シャーロットさん、まだ少し早いけどもう行こうか」


 この空気に耐えられなくなった俺は、もうデートに行くことにするのだった。

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