第65話「汗も滴るいい男?」
――ついに、この日がやってきました。
今日は学校がお休みとなる土曜日――そう、待ちに待った、青柳君と二人だけでデートをする日です。
ここ数日は青柳君が他の女の子たちにモテてしまってモヤモヤしましたが、それも今日で終わりです。
きっと――青柳君が、私に告白をしてくださるはずですから。
ロリコンではない証明をわざわざデートの日にするという事は、それ以外考えられません。
私が都合のいいように解釈しているだけかもしれませんが、もし違うのであれば、わざわざデート日を指定せずにあの場でその証明をしてくださったはずです。
だって、彼は今すぐにでもロリコン疑惑を解きたいはずですからね。
それをわざわざ土曜日に伸ばすという事は、土曜日にしなければならない、もしくは土曜日のほうが都合がいいという事になります。
そして土曜日にあるイベントとしては、このデートしかないのです。
今日お付き合いする事が出来れば、今後は学校でもずっと一緒に居られるはずです。
青柳君と一緒に学校生活――考えただけで、幸せですね……。
私は頬に両手を当てながら、青柳君に告白して頂ける事や今後の事を考えてしまい、頬が緩むのを止められませんでした。
――ですが、あの青柳君ですからね。
私の期待を裏切って、思わぬ方法でロリコン疑惑を解こうとする可能性もあります。
ですから油断は出来ませんが、もしもの場合は――私から、彼に想いをお伝えします。
日本では男性から告白をするのが一般的なようですが、女性からしてはいけないという決まりはないはずです。
現に、漫画では女性から告白をする場合も多いですからね。
……もし、それで断られたらどうしましょう……。
まだ彼の事を好きで居続ける……?
おそらく、振られても簡単にこの気持ちは忘れられません。
ですが付きまとうような事はしたくありませんし、何より彼に迷惑をかけたくありません。
遠目から彼を眺めるだけにとどめてこの想いを抱き続ける――それは、凄く辛そうですね……。
そんな事を続ければ、きっと青柳君は他の女の子と付き合って幸せそうに過ごされるでしょうから。
好きな人には幸せになってほしいと思いますが、漫画のキャラみたいに《彼の幸せを願って私は身を引く》という事は私には出来ないと思います。
なんせここ数日、彼が他の女の子に言い寄られているだけで凄く嫉妬して、甘えてしまいましたからね……。
私、自分がここまで嫉妬深い女の子だったなんて知らなかったです。
そんな私はきっと彼が他の女の子とイチャイチャしていると嫉妬してしまいますから、私が彼の事を幸せにしたいのです。
そして――いっぱい、イチャイチャしたいです……。
『さっきから何を一人で百面相しているの? まだ朝の五時半じゃない……』
青柳君に対して想いを馳せていると、寝起きの声で話しかけられてしまいました。
この声は、エマではございません。
エマはこんな話し方をしませんし。
ですから声の主は私とエマの母親――お母さんです。
『あっ、えっと、おはようお母さん。なんでもないよ。それにこの時間で起きたのは、ちょっと約束があって……』
『こんな朝早くから?』
『その、準備とかあるし、今日はちょっとエマを連れていけられないから……』
きっとエマは、青柳君と遊ぶと知ると付いてきたがります。
本当なら連れていってあげたいですが……今日は、二人だけでデートをしたいのです。
それにエマがいると、青柳君は私ではなくエマの相手ばかりしちゃいますからね……。
『あぁ、青柳君とデートなんだね』
『――っ!? ど、どうしてそれを……? いえ、それ以前に、なんで青柳君の事を知ってるの……?』
『デートはロッティーの様子から勘で言っただけよ。青柳君に関してはお隣だから名前を知ってるに決まってるじゃない』
か、かまをかけられました……。
『デ、デートじゃないもん……。それよりも、どうしてそれだけで青柳君の名前が出てくるの?』
さすがにお母さんにデートだと知られるのが恥ずかしかった私は、咄嗟に誤魔化してしまいました。
お母さんのニマニマとしている笑顔を見るにそれも無駄のようですが……。
ただ、それよりも腑に落ちないのは青柳君の事です。
どうしてデート相手が青柳君と決めつけられているのでしょうか……。
『この前、夜も遅いというのにエマを連れて青柳君の家に入っていったじゃない。しかも、彼の腕に抱きつきながら。だから二人は付き合ってるのかなって思ったんだよ』
『み、見てたの……?』
『うん、その日は必要なものがあって一回家に帰ってたからね。別に娘の恋愛事に口出しをする気はないけど、親がいないからって堂々と夜中に相手の家に遊びに行かれるのは、ちょっと思うところはあるけどね』
なんという事でしょう。
完全にお母さんに知られてしまいました。
お母さんは口うるさくないのでやめろとまでは言われませんが、やはり夜に男の子の家に遊びに行ってる事は気になるようです。
うぅ……今後、遊びに行ったらだめとか言われたら嫌ですね……。
『別に、普通にお話してるだけだから……』
『そんなに怯えなくても、家に遊びに行くのはだめって言わないよ。あなたが男の子と親しくしているのは珍しい事だしね。………………ただ、相手はあの青柳君かぁ』
私の様子から青柳君の家に行く事を禁止されるのを恐れている、と理解したお母さんは笑顔で認めてくださいました。
しかし、一つ呟かれた言葉に引っ掛かりを覚えました。
小さく呟かれた《
『やっぱり青柳君の事を知ってるの?』
『それよりも、ほら。早く準備しないとエマが起きちゃうよ?』
お母さんはそう言うと、私に早く行くように言ってきました。
なんだか、誤魔化された気がします……。
しかし、今日は青柳君にかわいいと思っていただけるようにしっかりとお洒落をしないといけませんし、あまり遅くなると本当にエマが起きちゃいます。
だから私はそれ以上聞くのはやめて、身支度を整える事にするのでした。
◆
『さ、さむいです……』
準備を整えた私は、朝早くからお外に出ていました。
青柳君との待ち合わせ時間は九時なのですが、まだ七時を回ったところです。
待ち合わせ時間まで家にいるとエマが起きてきますので、こんな時間から出る事になったのですが……お外が、凄くさむいです……。
その理由は、今日の私の服装が薄服だからでした。
全ては青柳君にかわいいと思って頂くためなのですが、秋だから大丈夫だと思ったのにとても寒いですね……。
イギリスにいた頃は季節が変わっても日によって温度が違うため服装はいろんなものを着ていましたし、人の目を気にしてお洒落をするというのもあまりありませんでした。
どちらかというと、実用性重視です。
ですがやはりかわいい格好をするようになったのは、気になる男の子と遊ぶようになったから、ですかね。
本当に、人は変わる時は変わるようです。
青柳君、喜んでくださるといいなぁ……。
「――はぁ……はぁ……もう一本……!」
『えっ……?』
時間を潰すために散歩をしていますと、離れたところから青柳君の声が聞こえてきました。
こんなに朝早くお外にいらっしゃるなんて、いったい何をなさっているのでしょうか?
それに、とても息が乱れているように聞こえます。
私は青柳君からは見えないようにそーっと曲がり角から覗いてみますと、サッカーウェアらしき物を着て公園で走っている青柳君の姿が見えました。
ジョギングでもランニングでもなく、本気でダッシュをされています。
しかも一旦走り終えると、すぐにまた走りだしてしまいます。
健康のため……という事はないですよね?
それならジョギングで十分ですから。
もしかして、リレーのメンバーに選ばれたからでしょうか?
真面目な彼はみんなの足を引っ張らないように一人トレーニングをしている――なくはなさそうですが、少ししっくりときませんね……。
ただ……そんな事よりも、一生懸命に走る青柳君、とてもかっこいいですね……。
水も滴るいい男という言葉がありますが、青柳君の場合は汗も滴るいい男のようです。
額から流れる汗を右手で拭う姿なんて、とてもかっこいいですね。
私は声をかけるのも忘れて、青柳君の走る姿をこっそりと眺めるのでした。
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