第63話「姉と妹、かわいいのはどっち?」

『――だっこ』


 家庭教師のバイトが終わって家に帰ると、鍵の音を聞きつけたエマちゃんがシャーロットさんの家から出てきて抱っこを求めてきた。

 最近は俺が帰ってくる時間を覚えたらしく、玄関に座って待機をしているとシャーロットさんが前に教えてくれた。

 エマちゃんの後ろには当然妹思いのシャーロットさんも立っている。


 とりあえず先にエマちゃんを抱っこしてあげると、エマちゃんはいつも通り『えへへ』とかわいらしい笑い声をもらして頬を擦り付けてきた。

 相変わらずの甘えん坊さんだ。


『もうすっかり、エマを抱っこするのが当たり前になっていますね』

『まぁこれだけ求められたら断れないからね』


 俺はエマちゃんの頭を優しく丁寧に撫でながら、シャーロットさんに向き直す。

 どうやらシャーロットさんはもうお風呂に入ったようで、白い水玉模様が描いてあるピンクのパジャマを着ていた。

 それは女の子らしい彼女によく似合う色で思わず見とれてしまう。


『あの……あまり見つめられると、恥ずかしいです……』


 あまりにも見つめすぎてしまったのか、シャーロットさんは軽く握りこぶしを作った右手を口に当てながらスッと視線を逸らしてしまった。

 それなのにチラチラと俺の顔を見上げながらモジモジとするものだから、俺のほうが顔から火が出そうになる。


『おにいちゃん、エマもかわいい?』


 急にどうしたのだろうか?

 シャーロットさんの事を見つめていると、猫耳フードが付いたパジャマを着ているエマちゃんが急に俺の顔を覗き込んできた。


 今『エマも』と言ったけど、俺はシャーロットさんの事をかわいいとは言ってないはずなんだけどな?

 もしかして、表情でバレたのか?


『エマちゃんもとてもかわいいよ』


 とりあえず聞かれたら答えないわけにはいかないため、俺は正直に答える。

 というか、今更エマちゃんがかわいいかどうかなんて聞かれるまでもなくかわいいに決まっているんだけどな。


『ロッティーよりも?』


 ……なんて答えづらい質問だ。

 これ、どちらかを立てればもう片方が傷ついてしまう質問だよな……?

 しかも、エマちゃんの言葉を聞いてシャーロットさんまでジーと俺の顔を見つめてきているし。

 どう答えたらいいんだ?


 そもそも、シャーロットさんとエマちゃんではかわいさの方向性が違う。

 シャーロットさんは一人の女性としてかわいいけど、エマちゃんは幼い子としてかわいいんだ。

 正直、比べるのが駄目だと思う。


 ここは、エマちゃんを傷つけないようにエマちゃんと言うべきか?

 シャーロットさんもさすがに幼いからエマちゃんを選んだんだって思ってくれるだろう。

 子供はよくわからないところで泣くし、普通は幼い子を立てるのが当たり前だ。


『うん、エマちゃんのほうがかわいいよ』

『ほんと!?』

『あぁ、ほんとうだよ』

『えへへ、おにいちゃん、だぁいすき!』


 余程かわいいって言ってもらえたのが嬉しかったのか、はしゃいだエマちゃんが俺の頬に自分の頬を擦り付けてきた。

 あまりのかわいさに思わず頬が緩んでしまう。

 正直とても幸せな気分だ。


 だが――少し、予想外の事があった。


 俺は変な感覚に襲われ、思わずその感覚がしたほうを見てみる。

 するとそこには、頬を膨らませてソッポを向く美少女留学生がいた。


『やっぱり、青柳君はロリコンです……。エマがとてもかわいいのはわかっていますが、あんなにデレデレにならなくてもいいのに……』


 シャーロットさんは一人で何かブツブツと呟いている。


 どうしよう?

 エマちゃんを立てれば問題ないと思ったのに、絶賛拗ねまくりじゃないか、シャーロットさん。


『えっと、シャーロットさん……?』

『…………』


 声を掛けてみると、彼女は頬を膨らませたまま俺の顔を見てきた。


 この子は自分が子供っぽい事をしている自覚はないのだろうか?


 ……まぁ、めちゃくちゃかわいいからいいんだけど。

 後、拗ねさせてしまったのは俺だし……。


『あ、あの、シャーロットさんも…………かわいいよ……?』


 普通なら絶対に同年代の女子相手には言わない言葉を、俺は恥ずかしさを我慢してシャーロットさんに言った。

 下手な相手ならドン引きされてもおかしくない言葉。

 だけど、彼女が妹のほうがかわいいと言われて拗ねているのなら、機嫌を直すには《かわいい》と言うしかないじゃないか。

 後、シャーロットさんがかわいいのは本当の事だし。


『か、かわいい……。青柳君が、かわいいって言ってくださいました……!』


 直接言ったのはやはり間違いだったのか、シャーロットさんは俺から顔を背けてしまった。

 俺は彼女に好意を持たれているかもしれないと勘違いして、とんでもない失敗をしてしまったかもしれない。

 やばい、引かれていたらどうしよう……。


 ――しかし、何も心配をする事はなかったようだ。

 なんせ、俺から顔を背けたシャーロットさんはゆっくりと俺に近寄ってくると、そのまま優しく俺の腕を自分の腕で包み込んできたのだから。


『シャ、シャーロットさん……?』

『こっち見たら、やです……』


 余程恥ずかしいのか、俺が視線を向けるとシャーロットさんは前みたいに俺の腕へと自分の顔を押し付けてきた。

 声からも凄く照れている事がわかる。


 待って、何この子!?

 かわいすぎるだろ……!


 照れながらも甘えてくるシャーロットさんに、俺は悶えさせられてしまうのだった。


 ――ジーと俺たちの事を見つめる、とある視線に気付きもせずに。

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