第62話「逆転」

「美優先生、どうやってペアは決めるんですか!?」


 とても嬉しそうに西園寺君が手を挙げて、皆さんが気になっているペアの決め方を質問されました。

 ここでもし好きな人と組んでいいとおっしゃられましたら、私は詰んでしまいます。


 理由は、青柳君と学校では距離を取るという約束をしているからです。

 もしここで約束を破って彼に申し込みに行くと、彼が望んでいなかった場合取り返しのつかない失態になってしまいます。

 何より、私が青柳君を選んだ事によって、彼が他の男の子から危害を加えられる事になるかもしれません。


 一応、皆さんの反応から私がどう思われているのかは理解していますので……。

 漫画のラブコメ主人公みたいな他の男の子に揉みくちゃにされるような事になると、申し訳なさ過ぎて青柳君のお顔を見る事が出来なくなります。


 そんな事にならないためにも、別の方法で選んでくださればいいのですが……。


「この種目は得点に関係しない遊びのようなものなため、ペアはくじ引きで決める。好きな奴で組ますと問題しか起こらないからな。身長差が激しいペアは、相手の腰に手を回す事も認められている」

「得点にならない遊びのような種目って……やる意味あるんですか?」

「知らん。何やらこれで一組でも仲良くなれる男女が居ればいいとかいう、昔の校長の意味がわからない理由から始まったものだ。ちなみに私がいた頃はクラスで女子のほうが二人多かったため、三年間私だけ全員ペアが女子だった。ほんと、ふざけやがって……」


 余程ショックだったのか、花澤先生の暗い過去が見えてしまいました。

 クラスメイトの皆さんは何やら納得されたように頷いていらっしゃるのですが、どうしてでしょうか?


「今頷いた奴等、全員覚えたからこの後残っておけ」

「「「「「えぇえええええええ!?」」」」」


 一瞬でクラスの状況を把握した花澤先生の言葉によって、クラス内が悲鳴みたいな声に包まれました。


 ……お隣のクラスなどから苦情はこないのでしょうか……。


 ふと、青柳君は頷いていたのか気になった私は彼の事を見てみます。

 すると彼は、『しょうがないなぁ』とでも言いたそうな苦笑いで、後ろの席にいらっしゃる西園寺君の顔を見られておりました。

 苦笑いでも素敵だと思うのは、それだけ彼にゾッコンになってしまっているのでしょうか?

 ですが、悪い気は全くしません。

 むしろ凄く幸せな気持ちです。


「あっ――」


 ジッと青柳君の事を見つめていると、私の視線に気が付いた青柳君がこっちを見てくださいました。

 嬉しかった私は、青柳君にだけ見えるように手を隠して小さく振ってみます。

 すると彼も同じようにして手を振り返してくれました。


 しかし、クラス内でこういった行為をするのはお恥ずかしいのでしょうか?

 少し頬が赤くなっているように見えます。

 照れ屋さんでかわいいですね。

 手を振り返してくださったので、先程の件はもう忘れちゃいます。


「さて、とりあえずさっさとペアを決めるぞ。男女別々に箱を分けているから同じ番号を引いた奴がペアだ。誰がどの番号かは、全員引き終わってから順に聞いていくからな。くじを引く順番は出席番号でいいか」


 花澤先生は出席番号順にくじを引くように決めたみたいです。

 最初にくじを引くのは――青柳君です。

 彼はいったい何番を引くのでしょうか……?


 私はジッと青柳君を見つめます。

 彼は席を立つと何一つ緊張した様子もなく、自然体で花澤先生の元へと歩いて行かれました。


 もしかして、誰とペアでもいいと思われていらっしゃるのでしょうか……?

 それは少しショックです……。


「よし、次の奴こい」


 青柳君はくじを引くと、何事もなかったように自分の席へと座られます。

 残念ながら番号は見えませんでした。


 ――ですが、まだ諦めるのは早いです。

 私は、今度は彼の仕草に集中するのではなく、彼の声に耳をすませました。


「何番だった?」

「八番だ」


 聞こえてきたのは番号をお聞きになる西園寺君の声と、その質問に答える青柳君の声です。

 周りに聞こえないよう小さくかわされた会話でしたが、聴力が普通の御方よりも遥かに優れている私は、しっかりと彼の番号を聞き取る事が出来ました。

 聴力がいい代わりにかなり敏感なのが少々傷ですが……こういう時には聴力の良さが凄く助かります。


 とりあえず、八番ですね……!


「――よし、次はシャーロットだな」

「はい」


 私は名前を呼ばれ、緊張しながら席を立ちました。

 クラスの人数が四十人。

 男女半々ずつと考えて、八番を引ける確率は二十分の一。


 引けなくても仕方ないのですが……絶対に八番を引きたいです……!


 私はくじを引く箱の前に立つと、もう一度神様にお祈りを捧げます。

 そして引いたのは――――――七番でした。


 神様、いじわるです……。



          ◆



「シャーロットさん、何番引いたんだろうな?」


 くじを引いたシャーロットさんが席で落ち込んでいるような態度を取っているため、彰が俺に声を掛けてきた。


 本当に、いったい何番を引いたのか……。

 誰が何番を引いたかなんてわかっていないだろうから、もしかして西洋においてもっとも不吉な番号といわれる十三番でも引いたのだろうか?


 そうなると、俺とはペアが違うな……。

 正直言えばくじ引きになった時点でシャーロットさんと組める事を期待していたのだが、こればかりは運のため仕方がないだろう。


「どうだろうな……。そういえば、彰は何番を引いたんだ?」


 くじを引いた時に俺の番号は教えたが、よく考えれば彰からは聞いていなかった。


「ん? ラッキーセブンだよ。いい事ありそうだ」


 ニカッと笑顔を浮かべて彰が俺にだけ番号を見せてくる。

 他の奴等に聞こえないよう小さな声を出しているのは、相方が誰か発表の時に知りたいんだろう。


 ラッキーセブンか……。

 本当にいい事がありそうな番号だ。


「――よし、全員引いたな。それじゃあ男子と女子、ジャンケンで勝ったほうから交互に番号を呼ぶから、自分の番号を呼ばれた奴はその時に手を挙げろ」


 別に男子から発表でいいと思うのだが、美優先生の気まぐれで発表の順番までジャンケンで決める事になった。

 ジャンケンをするのは、出席番号一番の俺と、出席番号二番の女子だ。

 結果、俺がジャンケンで負けてしまい、奇数番号は女子から、偶数番号は男子からとなった。


 その後は随時発表をされていくのだが――七番の女子が発表されると、クラスの男子がショックそうな声を上げてみんな机へと突っ伏した。

 一縷いちるの望みがついえたからだろう。


 女子の七番――それは、人気者のシャーロットさんだったのだ。


 つまり彼女のペアは同じ七番を引いた彰だ。

 本当にラッキーセブンだったんだな。

 それとも、これは運命なのか?

 運命なんて信じていないが、偶然にしても出来過ぎている。


「おい、男子の七番はいったい誰だ? さっさと手を挙げろ」


 次は俺の番だなと思っていると、しびれを切らしたように美優先生が声を上げた。

 女子の七番が発表されたのにもかかわらず、男子の七番が出てこないのだ。


「おい、彰――」

「美優先生! 七番は明人ですよ! こいつ男子の恨みを買いたくなくて躊躇しているんです!」


 いったい何を考えているのか。

 男子側の七番を引いたのは彰のはずなのに、彰は俺が七番だと言い出した。


「な、何を……?」

「ん? 青柳がそんな事を考えるとは思えないが――――本当だな。青柳が七番だ」


 今更俺が男子の視線など気にするはずがないと理解している美優先生が怪しんで俺の席まで来たのだが、机に伏せていた紙を見て七番だと納得した。


 そんな馬鹿な。

 俺の机に伏せていたのは八番の紙だったはずだが……。


「まぁシャーロットの相方を務めるという事はクラスの男子を全員敵に回すものだから、さすがの青柳も戸惑ったという事か。よし、次は八番だ。男子の八番は誰だ?」

「あっ、はい! 俺です!」


 七番として名乗りを上げなかった事に注意するよりも、進行を気にしたのか美優先生は次の番号の生徒を探し始めた。

 そして俺が持っていたはずの八番の紙を掲げながら手を挙げたのは彰だ。

 どうやら俺が気付かないうちに彰がすり替えていたらしい。


 本当にこいつは、シャーロットさんを俺に譲ろうとしているのか?

 でも、こんなずるい真似は……。


「彰、気持ちは嬉しいけどさすがにこれは……」

「お前が七番でいいんだよ。明人の事だからこんなずるい真似までしてシャーロットさんと組むのはよくないと思っているんだろうけど、シャーロットさんからしたら俺よりお前のほうがいいんだ。罪滅ぼし・・・・でみんなのために行動するんだったら、ちゃんと彼女の意も汲んでやれ」


 罪滅ぼし、か……。

 それは俺が、自分よりも周りのために――特に、彰のために行動しようと思ったキッカケだ。

 その事を持ち出してくるなんて彰も中々ずるい。


「……有難く、甘えておくよ」

「あぁ、そうしろ。まぁそれはそれとして、俺のペアは東雲さんか……。また怖がられないといいけど……」


 彰は俺に笑顔を向けた後、黒板に書かれている名前を見て苦笑いを浮かべた。

 女子側の八番を引いたのは東雲さんだったため、先程の昼休みの光景を思い出しているのだろう。

 東雲さんは終始、彰から距離をとろうとしていたからな。


 この事をキッカケに二人が仲良くなってくれればいいんだけど……。


 チラッと東雲さんを見れば、なぜか彼女は俺の事をジーと見ていた。

 もしかすると、俺と彰のやりとりに気付いているのかもしれない。

 申し訳ない事をしたのかな……。


 バツが悪くなった俺は東雲さんから顔を背けた。

 すると今度は、とても嬉しそうな表情で俺の事を見つめているシャーロットさんと目が合ってしまう。


 ……この笑顔を向けてもらえるのなら、東雲さんからの文句は甘んじて受け入れてもいいか……。


 シャーロットさんの笑顔に癒された俺は、とりあえず東雲さんには帰ってからチャットアプリで謝る事にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る