第61話「神様にお祈り」

 青柳君のいじわる……。

 

 花澤先生がお話をされている最中、私は青柳君の事を見つめながら頬を膨らませていました。

 青柳君は先程のお昼休み、西園寺君だけでなく東雲さんまで誘ってお食事に行かれたのです。

 優しい彼が、東雲さんのような子を放っておけない事はわかっています。

 私だって、東雲さんの事は放っておけません。

 ですが私がお声を掛けに行こうとすると、他の女の子たちもついてきてしまい、東雲さんが怯えてしまいます。

 そのため私が彼女とお話する事は出来ず、東雲さんが一人にならないようにするには青柳君が動かれるしかありません。


 わかってます。

 頭の中ではわかっているんです。


 でも……せめて、私も誘ってほしかったです。


 他の女の子と知らないところで仲良くされると、凄く胸が締め付けられるのですよ。


 ……いえ、少し違いますね。

 目の前で仲良くされるほうが胸が締め付けられ、見えないところに行かれると不安になるのです。

 想いを寄せる御方が他の女の子と付き合ってしまうのでは、と……。

 ただでさえ、青柳君はモテますし……。


 彼女ではない私が青柳君に他の女の子と仲良くしてほしくないと思うのは、おかしいのかもしれません。

 ですがどのような御方であろうと、好きな御方に対してはそう思うはずです。


 もちろん、ほどほどのお付き合いでしたらむしろ喜ばしい事なのですが、東雲さんの場合、青柳君との距離が凄く近いですから心配になります。

 先程も、青柳君の服を掴んだり、青柳君の背中に隠れたりしていましたし……。


 それに――お胸、とても大きいです……。

 漫画などで得た知識によると、殿方は大きなお胸を好むそうです。

 私もあるほうだとは思うのですが……東雲さんにはかないません……。

 彼女は栄養が身長ではなく、お胸にいっている気がします。


 青柳君はロリコンですから、小さいほうが――いえ、でもそう考えますと、身長が低くて童顔な東雲さんの事が……。


「――むぅ……」


「どうした、シャーロット?」


 私が更に頬を膨らませると、お話をされていた花澤先生に心配されてしまいました。

 私は慌ててお口の中から空気を抜き、ニコッと笑みを浮かべます。


「いえ、なんでもござません」

「ふむ……まぁ、いいか。それじゃあ話を戻すが、体育祭の種目は一人最低でも二つ出るようにし――」


 花澤先生は私の態度にニヤッと笑った後、何事もなかったかのように元の話に戻ってくださいました。

 もしかして、私が何を考えていたのか気付かれてしまったのでしょうか?

 普通ならありえない事ですが、青柳君がよく『花澤先生は人並外れている』っておっしゃられていますので、ありえないことではございません。


 ですが、追及をされなかったのでそれほど心配をすることはないようです。

 花澤先生は生徒思いだとよくお聞きしますし、私が傷つくことはなさらないのでしょう。


 ……青柳君と、西園寺君には少々いじわるをしているような気がしますが……。


 それはそうと、今は体育祭の話をされていたのでした。


 うぅ……嫌です。

 運動は苦手なのですよ……。


 私は悲しい未来がお待ちしている事に悲しみを覚えながら、先生のお話へと意識を戻します。

 これ以上青柳君の事を考えていても何も進展しませんから、今日の夜にまた甘えさせてもらってこの気持ちは発散する事にしたのです。


「とりあえず男子の200mリレー、女子の100mリレーはクラスの足が速い順に男女四人ずつ選出する。男子は西園寺、黒岩、山田、青柳。女子は難波、清水、金井、鈴木だな」


 おそらく私が留学してくる前に行われた体力測定の結果を見ているのでしょう。

 花澤先生は一枚の紙を手に持ちながら、それを読み上げておられました。

 陸上部の御方などがいらっしゃるにもかかわらず、運動部ではない西園寺君と青柳君が入っておられますね。


 そういえば西園寺君は学校の部活に入っていないだけで、プロを育てるサッカーチームに入っておられるとお聞きしました。

 という事は、青柳君だけ運動をしていないにもかかわらず、クラスにいる男の子の中で四番目に足が速いのですか。

 彼も中学時代はサッカーをされておられたようですし、やはり運動が出来るのですね。


 ……ずるいです。

 勉強も運動も出来てかっこいいとは思いますが、才能に恵まれすぎていてずるいです。

 その運動神経を少しくらいわけてほしいです。


 だって私は、運動音痴なのですから……。


「はいはい、美優先生!」

「ん? どうした清水」


 急に手を挙げた清水さんに対して、花澤先生が首を傾げて尋ねられます。

 清水さんは確か、昨日の喫茶店で青柳君の前に座られていた御方ですね。


「それ、辞退してもいいですか?」

「なんでだ?」

「汗をかきたくな――」

「――却下」

「えぇ!?」


 100メートルリレーに出たくないという清水さんの申し出は、花澤先生にあっさりと切り捨てられてしまいました。

 クラスの皆さんは、『当たり前だ』という顔で清水さんを見られております。

 おそらく、辞退が問題なのではなく、理由がよくなかったのでしょうね。


 しかし、やはり女の子としては汗はかきたくないので私は気持ちがわかります。

 やはり、匂いが気になってしまいますからね。


「先生、実は私体調が……」

「そうか、なら保健室に行くといい。ただし、体育祭当日には治っているだろうから、リレーメンバーには入れておく」


「先程足をひねって――」

「それも問題なく当日には治っているだろう。治らないようなひねり具合なら、松葉杖なしには歩けないだろうからな」


 清水さんはどうしても出たくないようで、何かと理由をつけては花澤先生にはねのけられています。

 もう嘘だとはバレているのですから、正直に出たくないとだけおっしゃったほうが辞退を認められるのではないでしょうか?

 汗をかきたくないとおっしゃられたのがよくなかったですが、本当に出たくない事をお伝えすれば花澤先生も強制はしないと思いますが……。


「あっ、そうだ! 私の代わりにシャーロットさんはどうですか?」

「えっ……?」

 

 急に名前が出されてしまい、私は戸惑いながら清水さんを見つめます。

 すると清水さんはまるで名案だ、とでも言いたそうに笑顔で言葉を紡ぎます。


「彼女体力測定をやってないから50メートル走のタイムは出てないけど、どう見ても運動出来そうだもん!」

「確かにシャーロットのタイムは測っていないが……。だが、シャーロットを繰りあげたとしても、二番目に速いお前はメンバーのままだぞ?」

「えぇ…………ねぇ、シャーロットさん。代わってくれない? 私の代役として、ね?」


 このままではどうしても走らされてしまうと思ったのでしょう。

 繰り上げではなく、代役として直接変わってくれるよう私に話を持ってこられました。


「で、ですが……」


 彼女が困っているのでしたら変わってあげたいとは思いますが、私は女の子の中でも足がかなり遅いです。

 速い人ばかり出るようなリレーに出てしまったら、クラスの皆さんに迷惑を掛ける事に……。


「おま――」

「なぁ、清水さん。一人だけ勝手な事を言うのはやめようよ」


 私が困っていると、花澤先生の声を遮るようにして清水さんを止める声がクラスに響きます。

 その声は男の子らしく低い――ですが、優しさを持った声でした。


「青柳君?」


 誰が声を出したのか認識すると、清水さんは声の主の名前を呼びました。

 そう――いつも私が困っている時に助けてくださる、青柳君です。


「美優先生。このリレーの参加者は、立候補制にするか、それともくじ引きにする事は出来ないんですか?」


 青柳君は一旦清水さんを見た後、花澤先生へとお声を掛けました。


「一応体育祭も昔から続いてる大切な行事だ。他のクラスが真面目に勝ちにこようとする中、うちのクラスだけ手を抜くわけにはいかないだろ」

「そうですか……。という事だ、清水さん。他のクラスが真面目に選んでいる以上、俺たちのクラスも足が速い順で決める必要がある。確かにこういうものには出たくない生徒が多いし、正直俺だって出たくない。だけど、出ないって事は他の人にそれをなすりつける事になるんだ。しかも、最低でも自分より足が遅い子にな。それが何を意味するかは清水さんにもわかるだろ?」


 頭ごなしに抑えつけたりする事はなく、あくまで彼女が納得するように優しい声で青柳君はおっしゃられました。

 青柳君がおっしゃりたいのは、足が遅い子に無理矢理やらせるという事は恥をかかせる事になるかもしれない、という事だと思います。

 どうしても足が速い方の中に足が遅い方が混ざってしまいますと、悪目立ちは避けられませんから。


「でも、出たくないものは出たくないし……。それにシャーロットさんだって足が速いかもじゃん」

「うん、そうだな。だけどそれは他人におしつけていい理由にはならない。シャーロットさんの場合は後に測るとしても、今タイムがわからないんなら入れるべきじゃない。彼女が断れないとわかっていて頼むのは、正直ずるいと思うよ」

「うぅ……わかった……。ごめん、シャーロットさん……」


 清水さんは青柳君の言葉に渋々と頷いた後、私に謝ってくださいました。

 おそらくですが、彼女は青柳君の事を気に入ってるそぶりを見せていたので、青柳君に嫌われるのを恐れたという感じだと思います。


「いえ、お気になさらないでください。私のほうこそ、お力になれず申し訳ございません」


 私の足が速ければ代わってさしあげる事が出来ましたので、それが出来ない事について私も謝りました。

 巻き込まれた形ではありますが、遺恨は残したくありません。

 やはりみんな仲良くがいいのです。


「さて、話はまとまったようだし、次の種目を決めていくぞ」


 もう問題がないと判断された花澤先生は、次々と皆さんが出場する種目を決めていきます。

 とはいえ、残りの種目は全て立候補制でした。

 私は足の速さがあまり関係ないという、借りものリレーという種目に出る事になりました。

 本当でしたら走る事のない二十人大縄跳びというのに出たかったのですが、きっと私が入るとすぐに引っかかってしまうため、諦めたのです。


 ――しかし、この時私は違和感を感じておりました。

 一人二つの競技に出るという話でしたのに、なぜか花澤先生は一人一つずつしか競技への出場を認めなかったのです。

 その理由を説明するために、花澤先生はニヤッと笑みを浮かべて口を開かれました。


「よし、これで一人一つずつ出場種目が決まったな。最後の一種目は全員――男女混合二人三脚リレーだ。これはうちの伝統ある種目だから、全員強制参加なんだ」


 花澤先生の言葉を聞いて、クラス内は騒然。

 男の子は大喜びで、女の子は大反対しました。


 そんな中私は――青柳君とペアを組める事を、神様にお祈りするのでした。

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