第60話「青柳君の、ばか……」

「明人、飯行こうぜ」


 シャーロットさんに告白をすると決めた次の日、お昼時という事で腹を減らせた彰が俺の肩を叩いてきた。

 このやりとりはいつもの事なので特に問題もなく俺は席を立ちあがる。


 ……そういえば、昨日は結局俺の過去についてシャーロットさんに話をしなかったな。

 まぁあんなにいい雰囲気だったのだから、その空気を壊したくなかったっていうのが大きな理由なのだが。


 チラッとシャーロットさんを見ると、彼女は既に他の生徒たちに囲まれていた。

 これもいつも通りの光景だ。

 人気者の彼女と食事をしたい生徒は多く、誰が彼女と一緒に食事をするかで揉める事が多い。

 特に男子がシャーロットさんの取り合いをしている。


 しかし、そんな場合は女子陣が結託し、シャーロットさんの周りを固める事で男子陣に付けいる隙を与えていない。

 シャーロットさん自身がそれを望んでいるため問題はないのだが、除け者にされる男子陣からすればかなわないだろう。

 彰だって、つい先日までその事について文句を言っていたし。


「行こうか――ん?」


 俺は待たせていた彰に声を掛けて教室を出ようとするのだが、ジーと俺の顔を見つめる視線に気が付く。

 視線を感じるほうを見れば、目を前髪で隠している小さな女の子が俺の事を見ていた。

 昨日から会話をするようになった、東雲さんだ。

 彼女は今もなお、仲間に入りたそうに俺のほうを見ているような気がした。


 いや、まぁ、目が見えないから、あくまでそういう感じがしたというだけだが。


「…………」


 俺は少しだけ考えると、東雲さんのほうに向けて足を踏み出す。


「お、おい」


 彰が後ろから戸惑うような声を出したが、俺はスルーした。

 ここで反応してしまうと少しめんどくさい。

 それよりも外堀を埋めたほうが話が早いからだ。

 もちろん、これは彰に対してもいい方向に働くと確信している。


「東雲さん、もしよかったら俺たちと一緒に食べる? 弁当は持っていないから、食堂にまで一緒に来てもらう事になるけど」


 俺は周りに聞こえないように小さな声で東雲さんを食事に誘った。

 大きな声で話してしまうと周りが反応してしまい、彼女が困ってしまうからだ。


「いいの……?」

「あぁ、もちろん」

「――っ! ありがと……!」


 笑顔で頷くと、東雲さんは嬉しそうに弁当箱を取り出した。

 俺はそのまま弁当を手に持つ東雲さんを連れて彰の元へと戻る。

 すると、彰が戸惑いながら俺に耳打ちをしてきた。


「おい、いいのか?」

「何がだよ。まさか、関わりたくないとか――」

「いや、違う違う! だからそんな怒った顔するなって。そうじゃなくてな、いいのかよ、シャーロットさんの事は……?」


 慌てたように否定した後、彰がシャーロットさんに視線を向けたため俺もそちらを見てみる。

 だけど彼女はこちらを気にした様子もなく、女子たちと楽しそうに会話をしていた。

 もしかしたら彰は、こういう現場をシャーロットさんに見られたら誤解をされると言いたかったのかもしれない。

 俺とシャーロットさんがどれだけ仲がいいかは測りきれていないだろうけど、彰が言いたい事もわかる。

 確かに他の女の子を誘っているところなんて見られたら普通に誤解を招くだろう。

 俺だってシャーロットさんに誤解はされたくない。


 だけど、寂しそうにこちらを見られたら無視なんて出来ないじゃないか。

 それに小さな声で話しているし、シャーロットさんには聞こえていないだろう。


「問題はないよ」

「本当かよ? さっきめっちゃこっちを見てたぞ?」

「えっ……?」


 俺はもう一度シャーロットさんのほうを見てみる。

 だけどやっぱりこっちを気にした様子はなく、他の女子と楽しそうに話をしていた。

 むしろここに留まっているほうがかえって目立つだろう。


「いいから行こう。東雲さんも大丈夫だよね?」


 俺が問いかけると、東雲さんはコクコクと一生懸命頷いてくれた。

 その様子を見ているとなんだか幼い子を相手にしているような気分になってしまう。


「はぁ……まぁいいけどよ……。てか、なんで東雲は明人の背中に隠れて俺から距離を取っているんだ?」


 確かに彰の言う通り東雲さんはなぜか俺の背中に隠れるようにしているため、訝しげな表情をして彰が東雲さんに尋ねてしまう。

 すると、俺の背中にいた東雲さんはなぜかギュッと俺の服を掴んできた。

 後ろを振り向けば、俺の背中から少し顔を出すようにして東雲さんが彰の顔を見上げている。

 もしかしたら、彰の事が怖いのかもしれない。


 しかし、それでは困る。

 俺の目的は東雲さんに友達を増やす事。

 だけど正直女子とは仲がいいとはいえないし、男子ともそれほど仲良くはない。

 だから友達として紹介出来るのは彰しかいないのだ。

 その結果どうなるかは、この二人次第だろう。

 少なくとも、二人がとてもいい奴だって事は俺が保証する。


「彰の口調が悪いから怖いんだろ」

「いや、言っとくけど、明人もちょくちょく口調悪くなってるからな?」


 まるでお前にだけは言われたくないというような顔で見てくる彰。

 確かにその辺の自覚はあるが、東雲さんに話しかける時はきちんと優しくするよう気を付けている。

 そうじゃないと、この子は今みたいに怯えてしまうからな。


「まぁとにかく、怯えさせるような事は禁止な」

「お前は保護者かよ……」

「別にそんなつもりはないけど……」


 呆れたように見てくる彰に対して、俺は苦笑いを浮かべる。

 保護者のつもりは無いけど、確かにこの子に構ってしまうのは庇護欲ひごよくのせいかもしれないと思ってしまったからだ。


「青柳君は……優しい……」


 俺と彰が話をしていると、背中に隠れている東雲さんが俺の事を褒めてくれた。


「声、かわいいな……」


 おそらく初めてまともに東雲さんの声を聞いたであろう彰が、かわいいアニメ声に俺と同じ感想を頂いていた。

 やはり誰が聞いても彼女の声はかわいいようだ。

 ただし、さすがに本人がいる前で俺は口走っていない。

 おかげで東雲さんは照れてしまったようで、クイクイと俺の服を引っ張ってきた。


 東雲さん、照れ隠しに俺の服を引っ張るのはやめてほしい。

 なんせ発言をしたのは彰なのだから。


「なんだかなぁ……世の中理不尽だよな……」


 俺が東雲さんを見ていると、彰がなぜか急に嘆き始めた。


「はいはい、とりあえず昼休みが終わるから移動しよう」

「あぁ、そうだな……」


 大した理由で落ち込んでいるんじゃないとわかっている俺は、彰の背中を押しながら東雲さんと一緒に食堂へと向かうのだった。


「――むぅ……」

「ねぇシャーロットさん。なんでさっきから頬を膨らませたり戻したりしてるの?」

「なんでもないです……。…………青柳君の、ばか……」


 そんなやりとりが教室で行われているなんていざ知らず。 

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