第59話「嫉妬をする美少女留学生がかわいすぎる件」

 今日は家庭教師のバイトがないから晩ご飯がなかったのだが、その事を知ったシャーロットさんはなぜかご飯を作ってくれると言ってくれた。

 毎日朝ご飯を作ってもらっているのだから遠慮したのだけど、むしろ作らせてほしいと食い下がられてしまったのだ。

 シャーロットさんの負担になるから一度は遠慮したものの、心の中では彼女の手料理を望んでいた俺はそれを理由に晩ご飯を彼女に作ってもらった。

 そして仲良く三人でご飯を食べ終えると、エマちゃんはいつも通りウトウトとし後俺の胸にもたれて寝てしまう。

 後は俺の布団にまでエマちゃんを運んで寝させるだけなのだが――そうすると、シャーロットさんはとても嬉しそうに漫画を取り出したのだ。


「――これで、終わりだよね?」


 漫画を描く漫画の最終巻を読み終えた俺は、隣で肩をくっつけながら同じ本を読んでいたシャーロットさんに声をかける。

 するとシャーロットさんは、期待しているような瞳で俺の顔を見つめてきた。


「最終巻まで読んでどうでしたか?」

「…………」

「面白く、なかったですか……?」


 俺が黙りこむと、シャーロットさんの表情が段々と暗くなってしまう。

 だけどまだ諦めていないのか、何かを訴えかけるかのようにウルウルと潤んだ瞳で俺の顔を見つめてきていた。


 正直言ってずるい。

 こんな表情をされるとかわいすぎるじゃないか。


「面白かったよ。ただのご都合主義じゃなく、漫画を描くために凄く努力をしているし、ライバルキャラたちも主人公に引っ張られるように実力をつけて何度もぶつかっていた。そういうのは正直言うとかなり好きだ」


 きちんとした努力があった上で結果が出る。

 使い捨てで終わるのではなく、しっかりとライバルキャラたちに努力をさせてからもう一度ぶつける。

 そういったものは凄く好きだ。 


「やっぱり、花澤先生がおっしゃられた通りです……!」

「えっ、美優先生?」

「はい。青柳君に漫画をお勧めするなら、キャラがしっかりと努力する作品を勧めるといい、とおっしゃられたのです」

「……そっか」


 なぜ美優先生に相談しているんだとは疑問に思ったが、正直俺の好みに付いては的を射ているため何も言えない。

 まぁだけど、美優先生にそこまで理解されているのはなんだか思うところがある。


「それがこの漫画を勧めてきた理由?」


 当初彼女に漫画を描く漫画を選んだ理由について聞いた時、まずは読んでほしいと言われた。

 だからもう読み切った今なら聞いてもいいだろう。


「いいえ、違います。もちろんそういった理由もあるにはあるのですが、本当の理由は、漫画はこんなふうに漫画家さんが努力をして描かれている、というのを青柳君に知ってほしかったのです。一生懸命に描かれたものを、ただ嫌いだからという理由で読みもせず否定をされる。それはとても悲しい事ではないですか」


 シャーロットさんは決して怒っているわけではない。

 現に今彼女は胸の前で手を重ね合わせ、とても優しい表情で俺の顔を見つめていた。

 その表情は同い年とは思えないくらい大人びている。

 なんだか久しぶりにこんな彼女を見た気がした。

 ここ数日はどちらかというと、子供っぽい彼女ばかり見ていたからだろう。


 大人びた彼女と子供っぽい彼女、一見矛盾にも思えるこの二つはどちらも彼女なのだと思う。


 どちらが魅力的かといえば、どちらもが魅力的だ。

 大人びた彼女には人を惹きつける気品がある。

 子供っぽい彼女には守ってあげたいと思うようなかわいさがある。

 場違いではあるが、改めて俺は彼女の事が好きなんだと思った。


「まぁ、うん。シャーロットさんが言いたい事はわかったよ」


 俺は頭の中で浮かんだ言葉は口に出さず、取り繕うように笑みを浮かべた。

 するとシャーロットさんは目を輝かせ、ゴソゴソと鞄の中からものを取り出そうとする。


 あっ、これは……。


 彼女が何を探しているのか気が付いた俺は、先程とは逆に苦笑いを浮かべる。

 そうしていると、鞄から何かを取り出したシャーロットさんが嬉しそうに俺のほうへと歩いてきた。


「それでしたら青柳君。次はこちらを読んでみましょうか」


 そう言ってシャーロットさんが渡してきたのは――まさかの、ロリが全面に押し出された表紙絵だった。

 

「青柳君が好きそうなものを選んでみました!」

「そ、そっか……」


 全く悪意がない笑顔に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 これはどう反応すればいいんだ?

 普通に考えて、お前はロリコンだって言われているようにしか思えないんだが……?


「シャ、シャーロットさん。他にはないのかな?」

「あれ……? お気に召さなかったですか……? おかしいですね……?」


 遠回しに断ると、シャーロットさんが不思議そうに首を傾げて表紙絵を見つめる。

 いや、だから、なんでロリに食いつかなかったらおかしいみたいになってるんだ。


「どうしましょう、これは絶対に行けると思っていたので他に用意をしていませんでした……。仕方ありませんね、今日は諦めるしか――あれ?」


 未だに納得がいってなさそうなシャーロットさんはなぜか急に変な声を出した。

 見れば視線が漫画から別のところに移っている。

 彼女の視線を追ってみると、そこにあったのは俺のスマホだった。

 そして、通知ランプが点灯している。


「青柳君、何かメッセージが届いているみたいですよ?」

「そうだね。彰か、亜紀のどっちかだと――あっ」

「えっ、どうしました?」

「いや、なんでもない」


 ある事を思い出した俺は思わず声が出てしまったが、咄嗟に誤魔化してしまった。

 何を思い出したかというと、東雲さんに返信をしていなかった事だ。

 送られてきたメッセージ的にはあそこで終わらせてもおかしくはないが、多分返信を心待ちにしている東雲さんにとってはショックな事だろう。

 確認してみれば、やっぱり送り主は東雲さんだった。


 内容を見てみると――

『……(´・ω・`)』

 ――無言で寂しそうな顔文字が書かれている。


 この顔文字を見た瞬間、俺の頭にはなぜか飼い主に捨てられた仔犬みたいな表情をする東雲さんの顔が浮かんでしまった。

 今からだと遅いかもしれないが、一応返信しておこう。


『ごめん、ちょっと忙しくてメッセージに返信が出来なかった』


 メッセージは見た瞬間チャットに『既読』の文字が浮かんでしまうため、見ていないというのは通じない。

 だから、メッセージは見たけど返信が出来なかったという形をとった。

 よく女の子が興味のない男子に使うような手だが、別に東雲さんを雑に扱っているわけではない。

 ただ単に、忘れていたと送るとあの子がショックを受けそうだと思ったのだ。


「あっ、やっぱり――むぅ……」


 ふと、耳元で何か拗ねるような声が聞こえてきたと思って横を見ると、なぜか小さく頬を膨らませているシャーロットさんが俺のスマホを覗き込んでいた。

 上品で常識がある彼女が他人のスマホを覗き見るなんて、とても珍しい行為だ。

 それに頬を膨らませているのはなんでだろう?


 不思議に思ってシャーロットさんを見つめると、シャーロットさんも俺の目を見つめてきた。

 そして、段々とシャーロットさんの頬は赤く染まっていき、なぜか目がトロンッとし始める。

 いきなり彼女の色気が増した事にゴクリと唾を呑みこむと、何を考えたのかシャーロットさんが甘えるようにギュッと俺の腕に抱き着いてきた。


「シャ、シャーロットさん……? どうしたの……?」


 あまりの展開に俺は戸惑いながらもシャーロットさんに声を掛けてみる。

 抱きつかれているせいで鼓動が速くなっているのだが、心拍数があがりすぎて俺は倒れてしまうんじゃないだろうか。


「知りません……」


 声を掛けられたシャーロットさんは拗ねたような声を出すと、俺の腕に自分の顔を押し付けてきた。

 どう見ても拗ねてしまっているのだが、その拗ねた姿がかわいすぎて俺は体中が熱くなってしまう。

 自分にとって都合が良すぎる展開にこれは夢なのではないかと疑いを持つほどだ。

 だけど、彼女から感じる体温や、ギュッと抱きしめられる腕の感覚がこれは現実だと教えてくれた。


 ――もうさすがにここまでくれば、どれだけ鈍感な男だろうと彼女にどう思われているか気が付くだろう。

 今この場で言うとただ場の空気に流されたように見えてしまうため、彼女と二人きりで遊びに行く日、俺は自分の想いを彼女に伝える事を決意した。

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