第58話「甘えてくる女の子」

 彰と別れた俺は、一人帰路へとついていた。

 ここ最近賑やかな環境にいるせいか、なんだか一人で歩く事に寂しさを感じる。


 まぁそんな中、エマちゃんが恋しいとか言えばロリコン認定待ったなしだろう。

 当然口走る気もないが。


 ――ん?


 突如ポケットに入れているスマホから通知音が聞こえた。

 歩きスマホをするのはよくないため、道路の隅へとよりスマホを取り出す。

 亜紀が連絡してきたのかと思ってチャットアプリを開くと、メッセージを飛ばしてきた相手は東雲さんだった。

 どうやら早速メッセージを飛ばしてきたようだ。


『猫ちゃん(*´▽`*)』


 その一言と一緒に添えられていたのは、白猫をモチーフとしたぬいぐるみの画像だった。

 おそらくまた自分で作ったものなのだろう。

 とてもかわいくて、お店で並んでいても遜色ない出来上がり具合が窺える。

 というか、東雲さんは顔文字を使う派なんだな。


『かわいいね、今回もお手製?』

 

 多分返事を待っているだろうと思った俺は、すぐにメッセージを送る。

 すると、数秒でメッセージが返ってきた。


 返信、早すぎないか……?


 スマホの前で返信を心待ちにしている東雲さんの顔が頭に浮かんでしまい、微笑ましい気持ちと同時に心が痛んだ。

 きっと、友達とチャットアプリでやりとりもした事がないのだろう。


 内容を確かめてみると――

『頑張った(`・ω・´)』

 ――ドヤ顔が返ってきていた。


 どうしよう。

 東雲さんが送ってきてると思うと、ちょっとかわいいと思ってしまった。

 あの子、チャットだとこんなふうになるんだな。


「おかあさ~ん。なんだかニヤニヤしてるおにいちゃんがいる~」

「しっ――見たらだめよ!」


 ……すれ違いざまに小さな女の子に指をさされたと思ったら、悲しい言葉を浴びせられた。

 こういうのは彰の役目なのに、ちょっとつらいな……。


 俺はもうスマホを見るのはやめ、トボトボと歩いて帰ることにした。


 ――少し歩くと、小さな女の子を抱っこして歩く見覚えのある女の子が目に入った。

 大事そうに女の子を抱えているのは、数時間前に別れたシャーロットさんだ。

 彼女の顔を見た瞬間、先程の彰の言葉を思い出す。


 シャーロットさんが、俺の事を好きだという言葉を。


 途端に体が熱くなってしまう。

 せっかくここ最近またちゃんと話せるようになったのに、このままでは俺が彼女に対して上手く話せなさそうだ。

 俺は別の事を考えてどうにか頭の中をクリアにする。


「あっ――青柳君! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね!」


 今さっき頭に浮かんだ言葉をなんとか忘れていると、シャーロットさんのほうから話し掛けてくれた。

 見ればとても嬉しそうな表情をしていて、会った事を心から喜んでくれているのがわかる。


「えっと、そう――」

『…………? ――っ! んっ……!』


 俺がシャーロットさんの言葉に同意しようとすると、不思議そうにシャーロットさんの顔を見つめていたエマちゃんが俺のほうを振り返った。

 そして俺の存在に気が付くと、両腕を目いっぱいこちらへと伸ばしてきた。


『エマ、危ないよ! ――あっ、きゃっ!』

「おっとっと……」


 エマちゃんが上半身まで伸ばしたせいでシャーロットさんがバランスを崩してしまい、俺はなんとか二人もろとも抱き留める。


「「あっ……」」


 抱き留めたという事は当然抱き合っているような形になっているわけで、シャーロットさんの顔が至近距離まできていた。

 少し顔を動かせば、キスだって出来てしまうような距離だ。

 唐突な状況に俺たちはお互いの目を見つめ合ってしまう。

 シャーロットさんの顔は真っ赤に染まり上がっているが、多分俺も同じようになっているだろう。

 なんせ、顔がめちゃくちゃ熱いのだから。


『―んむぅ……! むぅ……!』


 すると、俺とシャーロットさんの間に挟まれたエマちゃんが苦しそうな声を出して暴れ始めた。


『ご、ごめん、エマちゃん!』

『ごめんね、エマ!』


 二人で幼い子を押し潰している状況に、俺たちは慌てて距離をとろうとする。

 しかし――エマちゃんがしっかりと俺の服を掴んでいて、離れる事が出来なかった。


『おいで、エマちゃん』


 さすがにくっついたままでいるわけにもいかず、エマちゃんがこちら側に来たがっているのはわかっているため、俺はエマちゃんに腕を伸ばした。

 エマちゃんは望み通り迎えの腕が来たからか、嬉しそうに俺の体へとくっついてくる。


 本当にこの子は甘えん坊だ。

 まぁそこが、かわいいんだけど。


「なんだか、エマにとって私は都合のいい女になっている気がします……」


 俺が腕の中で甘えてくるエマちゃんの頭を撫でていると、寂しそうにこちらを見つめるシャーロットさんが小さく呟いた。

 風に乗ったせいか、今の声は俺にも聞こえてしまった。

 ここまで抱っこで運ばされたにもかかわらず、俺を見つけた途端自分の手から離れていったのがショックだったのだろう。

 日本語で呟いたのはエマちゃんへの気遣いかもしれない。


 ……ごめん、シャーロットさん。

 ちょっとフォローの言葉が思い浮かばない。


 ここ最近を思い返してみても明らかにエマちゃんが俺のほうに懐いている態度を見せているため、フォローの言葉をかけようがなかった。


 …………ちらっ。


「ん……?」


 ちらっ……ちらっ……。


 どうしようかと思ってシャーロットさんを見つめていると、なぜか様子を窺うようにチラチラとこちらを見上げ始めた。

 段々と俺に近付いてきている気もする。


『…………えぃっ』

『――っ!?』


 そして何を思ったのか、ゆっくりと俺に近付いてきていたシャーロットさんは、思い切ったかのように俺の服の袖を指で摘まんできた。


 喫茶店の時といい、いったいシャーロットさんはどうしたんだ。


『あ、えっと、もしかして、このまま帰るの……?』


 ――コクッ。

 

 俺が尋ねると、シャーロットさんは小さく頷いた。

 まじか……。


 俺たちが住むマンションはもうすぐそこというか、目の前にあるのだが、外でこんな態度をとられるとさすがに照れがまさってしまう。

 だけど、やっぱり嬉しいとも思ってしまった。

 シャーロットさんのような美少女にくっつかれているのだからこれも当然の反応だ。


 ――俺は恥ずかしさと嬉しさが入り混じった感情を抱えながら、マンションの中へと入るのだった。


 ……ちなみに、マンション内ですれ違った人からは生温かい目で見られたとさ。

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