第57話「諦めも大事」

「――それで、話ってなんなんだ?」


 みんなと別れた後彰と一緒に公園へと移動した俺は、早速本題に入る。

 今まで先伸ばしにしていてあれだが、こういうのは早めにケリをつけたほうがいい。

 彰はジッと俺の顔を見つめた後、何やら考える素振りを見せた。

 話があると言ったはいいものの、本当に聞いてもいいのか悩んでいるようだ。


 少しして、覚悟が決まったのだろう。

 彰は真剣な表情をしまっすぐに俺の目を見つめてきた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「なぁ、明人。お前――シャーロットさんと付き合ってるのか?」

「うん、そう――えっ?」


 てっきり《やっぱりシャーロットさんの事が好きなのか?》と聞かれると思っていた俺は、予想外の質問にまぬけな声を出してしまった。

 彰の意図が汲み取れず、俺は訝しげな目を向ける。


「いやだってさ、シャーロットさん何度も明人の事を見つめてたし、二人とも肩が当たりそうな距離で座ってたじゃないか。多分俺と同じ疑問を抱いたのは他にもいると思うぞ?」


 ……やはり、シャーロットさんとの距離は近すぎたか。

 俺もそう思ってはいたのだが、正直距離が近かったのが嬉しくて口に出せなかったのだ。

 それに、シャーロットさんがどこか嬉しそうだったので言いづらかったというのもある。


 しかしこうなるなら離れとくべきだった。


「距離が近かったのは、三人で並んで座っていたからだろ? 別に普通の事じゃないか」

「じゃあ、シャーロットさんが明人の服を掴んでいたのは?」

「えっ……?」

「俺が俯瞰的に物を見えるって事は知ってるだろ? 途中からシャーロットさんがお前の服の袖をずっと掴んでたの、見えていたよ」


 彰は怒るんじゃなく、呆れたように苦笑いを浮かべた。

 どこか諦めに近い思いが感じ取れる。


 俯瞰――高いところから見下ろすように物事を見る、という意味だ。

 彰がそんな言葉を知っているなんて驚くかもしれないが、小さい頃からコーチたちに俯瞰について聞かされていたから彰も意味を知っているのだ。

 

 俯瞰で物事を見えるのは優秀なサッカー選手に求められるスキルの一つだ。

 いや、正確には持っていれば優秀なサッカー選手の素質があるという感じか。


 俯瞰的に見えるとは本当に空から見ているわけではなく、目から入った情報を脳が変換してまるで上から見ているかのように空間を把握できるというもの。

 彰には幼い頃からその能力があった。


 一緒にサッカーをしなくなってからすっかり忘れていたな……。


「そう、だったな……。悪い、隠していて……」


 これ以上誤魔化すのは不可能と理解した俺は、素直に認める事にした。

 やましい気持ちがなかったとも言えないし、罵倒されるとしたら仕方がない。


「まぁ明人が隠したがる気持ちはわかるし、別に親友だからって全てを話せなんていう重たい事も言う気はねぇよ。それに、なんとなく気付いていたしな」


 彰はどこか困ったような表情をした後、ニカッと笑顔を浮かべた。

 見るからにやせ我慢というのはわかるが、その気持ちが今は有難い。

 仲良くない奴ならともかく、親しい人間とは重たい会話をしたくないからな。


「何に気付いていたんだ?」

「シャーロットさんがお前の事を好きだって事にだよ。学校でろくに話してなさそうだったけど、最近はよくお前の事を見つめていたからな、あの子。ったく……会って一週間足らずで彼女にするとか、どんな手を使ったんだよ」


 からかうように肘でツンツンと突いてくる彰だが、俺は何かやりとりにすれ違いが出来ている事に気が付く。

 よく考えれば、俺の言葉足らずだ。


「えっと、何か勘違いしているようだけど、俺とシャーロットさんは付き合っていないぞ? ただ、仲がいいってだけで」

「は? そうなの?」


 俺がコクッと頷くと、彰は盛大に溜息を吐く。

 なんだか悪い事をしてしまった。


「明人、さっきのは聞かなかった事にしてくれ」

「あ、あぁ」


 聞かなかった事になんて出来るわけがないが、肩をガシッと掴まれて至近距離から真剣な表情で言われれば頷くしかない。

 こういう愉快なところがあるから、彰は人気者なのだろう。


「まぁとはいえ、今更なぁ……。もう正直、明人ならいいって思っている俺もいるし……」


 俺から距離を取った彰は、独り言のようにブツブツと呟き始めてしまった。

 どうして俺の周りにはこう独り言を呟く人が多いのだろう。

 もしかして、俺が原因なのか?


「はぁ……シャーロットさんみたいなかわいい女の子がもう一人いればよかったのになぁ……」

「彰、いつの間にか頭を何処かにぶつけたのか?」

「いや、唐突にこんな事を言い出したらそう思われるだろうけど、そんなゴミでも見るような目をしなくてもよくないか!?」


 別にゴミを見るような目では見ていない。

 ただ、友ながら最低な発言だなと思っただけで。


「まぁいるにはいるけど……」

「言っとくけど、亜紀ちゃんみたいな他の学校に、じゃないぞ? うちの学校にって話だ」


 わざわざ亜紀の事を名指しにしたのが何を意味しているのか俺は理解したが、彰が無意識に言ってそうなためスルーする事にした。

 女の子は顔じゃないと言いたいところだが――シャーロットさんを好きになっている時点で、俺も人の事を言えないか。

 彼女の事が気になりだしたのは上品で優しそうだったからっていうのが大きな理由だが、顔がかわいいから惹かれたところもあるしな……。


 まぁ一番の理由は、俺の理想そのもののような子だったからなのだけど……今はそれはどうでもいい。


 とりあえず、シャーロットさん以外にもうちの学校には彰が求めるレベルの子はいる。

 そういう俺も、ついさっき見つけたばかりだが。


「一応、クラスにいるけどな……」

「いやいや、それは女子に気を遣いすぎだろ? さすがにシャーロットさんレベルはいないって。……もしかして、美優先生の事か? 確かにあの人は亜紀ちゃんのお姉さんだから美人だけど、いくらなんでも先生はまずいだろ?」


 おそらくクラスの面々を思い浮かべたであろう彰は、最終的に美優先生に行きついたようだ。

 彰が言っている事は正しい。

 例え生徒からであっても、周りからすれば教師が生徒に手を出した事にされてしまう。

 それは社会的に責められる行為だ。

 あの人自身も行き遅れているとはいえ、さすがに生徒に手を出す事はしないだろう。

 一応、常識はある人だからな。


「はは、そうだな」


 俺は敢えて美優先生の事じゃないと否定せずに、彰の言葉に乗った。

 こうすると俺が何か言わなくても、彰の中ではさっき俺が言ったのは美優先生だったと勘違いしてくれるだろう。

 嘘はついていないし、誤魔化しておくのがあの子・・・のためでもある。


「でも急にどうしたんだ? 彰はシャーロットさんの事が好きだったんだろ?」


 まるで別の女の子を探しているような態度を見せる彰に、俺は疑問をぶつける。

 すると、彰は困ったように頬を掻きながら口を開いた。


「まぁ色々とあるんだよ。勉強は出来なくても、俺は馬鹿じゃないんだ」


 彰は誤魔化したが、俺にはなんとなく考えている事がわかってしまった。

 要は、シャーロットさんの事を諦めたのだろう。

 先程した会話から察するに俺に譲ったと考えてもいいのかもしれない。


 ……なんだかこんな会話をしていると勘違いしそうだが、相手を選ぶのはシャーロットさんだ。

 それが俺か彰かのどちらか片方とは限らないのにこういう会話は不毛だと思う。


 まぁ、彰に譲るかどうかで悩んでいた俺が言える事でもないが。

 後、なんとなく彰がモテない理由もわかってしまったが、ここで言うのはやめておこう。


 それにしても――周りから見ても、シャーロットさんは俺に気があるように見えるのか。

 これが、勘違いでなければいいけど……。


 ――もうシャーロットさんの話題に触れるのはやめて適当にブラブラと歩き回る中、俺は彰の言葉を思い出しているのだった。

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