第56話「初めての友達」

「それじゃあ、そろそろ終わりにしよっかー!」


 二時間ほど経った頃、彰が声を出して全員に終了の旨を告げた。

 飲み放題以外は各自で食べものを頼んでいるため、各テーブル毎に清算する形だ。


「バラけて持っていくと迷惑になるから、俺たちのテーブルはまとめて支払いしようか」

「そうですね、そのほうがよろしいかと思います」


 俺が声を掛けるとすぐにシャーロットさんが同意をしてくれた。


 ………………結局この子、歓迎会が終わるまで俺の服の袖を放してくれなかったな……。


「はいはーい、青柳君のおごりというのは?」


 シャーロットさんに視線を向けていると、目の前に座る女の子が手を挙げて遠回しに《おごれ》と言ってきた。


「勘弁してくれ。さすがにこの人数は無理だ」

「は~い。そしたら、今度二人だけの時に奢ってね。なんなら、この後二人でカラオケにでも行こうよ」


 意外にも素直に聞いてくれた――という事もなく、なぜか遊びに誘われてしまった。


「待った待った待った! それなら私も遊びに行きたい!」

「私も!」


 俺が口を開く前に、両サイドの女子が慌てたように手を挙げて自分も行くと主張をし始めた。


 いったいなんなんだ。

 そんなにも遊び足りないのか?


「えー、私は二人だけで遊びたいんだけど?」

「抜け駆けはずるいよ!」

「そうだよ!」


 戸惑っている間にも、女子たちは言い合いを始めてしまう。

 別に今日は予定がないから遊びに行くのは構わないが、あまり親しくない女子たちと遊びに行くと考えると少し気が重い。

 彰でも誘おうか?


「――わ、私も……! あっ、でも、エマを迎えに行かなきゃ……。知らない人の中にあまり一人にさせると、あの子泣いちゃうし……」


 彰を誘うかと考えていると、すぐ傍に居るシャーロットさんが仲間に入りたそうに俺たちを見ていた。

 だけどそろそろエマちゃんを迎えに行かないとまずいようで、一人葛藤をしている。


 彼女だって俺と同じ高校生だし、本当はまだ遊んでいたいのだろう。

 嫌々シャーロットさんが育児をしているとは思えないが、だからといって遊びに行きたいという感情がわかないわけではない。

 少しだけ、シャーロットさんのことがかわいそうに思えた。

 特にこの場で仲間外れにするのはよくないだろう。


 うーん……。


「ごめん、俺この後バイトがあるんだ。だから遊びに行けない」


 どう断るのが角が立たないか考えた結果、俺はバイトを言い訳にさせてもらった。

 本当は今日家庭教師のバイトは休んでいるのだが、彼女たちに真実を確かめようはない。


「あれ、青柳君バイトしているんだ? いったいなんの?」


 しかし、もうここで話が終わると思っていたのになぜかバイトに関しても興味を持たれてしまった。

 ほんと、今日は変にグイグイとくるな……。


「――はいはい、盛り上がっているところ悪いけど、後はここのテーブルだけだぜ? さっさと会計済ませてくれよ」


 家庭教師のバイトについて説明をするとめんどくさい事になるのは目に見えていたため、どうにか誤魔化したいと思っていたらタイミングよく彰が間に入ってくれた。

 おかげで女子たちの関心が俺のバイトから会計へと変わる。

 みんな急いで財布を取り出し、自分たちが食べた分のお金を出した。

 俺はそれを代表してレジへと持って行く。

 すると、なぜか彰も俺に付いてきた。


「どうした?」

「…………いや、ちょっとこの後話し出来ないか? どうせ明人の事だから、今日のバイトはないんだろ?」


 さすが長い付き合いだと言えばいいのか、彰には先程の俺の発言が嘘だった事はバレているようだ。

 もしかしたら先程間に入って来てくれたのも、俺が返答に困るとわかっていたから助け船を出してくれたのかもしれない。


 ……ただそれよりも気になるのは、わざわざ話があると前置きをしてきた事だ。

 俺と彰が話をする時にそんな前置きをする事なんてほとんどない。

 それこそ、大事な話がある時くらいだ。


 彰には元々怪しまれていたし、今日シャーロットさんと話している姿で確信を持たれたのかもしれないな……。

 少しだけ、覚悟をしておいたほうがいいかもしれない。


 ――その後はすぐに会計を済ませると、俺は店長に今日の事についてお礼を言った。

 店長はとても優しくていい人で、俺たちが騒いでいた事など一切怒る事もなくまた来てほしいと言ってくれた。

 こんなにも立派な大人の人が美優先生の友達だとは、世の中わからないものだ。


「青柳君……」


 荷物を取りにテーブルに戻ると、困ったような表情を浮かべるシャーロットさんが名前を呼んできた。

 何かトラブルでもあったのだろうか?


「どうかした?」

「えっと……よかったのですか……? 本当は今日この後、ご予定なんてないんですよね……? 私に気を遣って断られたのでは――」


 申し訳なさそうに話すシャーロットさんに対して、俺は鼻の前で小さく人差し指を立てた。

 他の誰にも見られないようにし、シャーロットさんにだけそれ以上言わないように合図したのだ。

 そして、俺は笑顔で首を横に振る。


「気にしなくていいよ。俺が自分で判断した事だから、シャーロットさんは関係ない」


 元々彼女には俺が予定を空けている事は伝えていたため、バイトが嘘だとバレるとは思っていた。

 そして頭がよくて鋭い彼女には、どうして俺が断ったのかまでわかってしまったのだろう。

 だけど、結局判断をしたのは俺であって、シャーロットさんには相談すらしていない。

 それなのに彼女のために遊びに行くのをやめたなんて言うのは、少々横暴だろう。


「青柳君……」


 シャーロットさんは俺の言葉を聞くと、困ったような――そして、嬉しそうな表情で俺の顔を上目遣いに見つめてきた。

 彼女のようなかわいい子に上目遣いをされると照れてしまう。

 だから俺は目を逸らそうとしたのだけど――。


「仲、いいんだね……」

「「――っ!?」」


 急に背後から声を掛けられ、俺は思わず驚いてしまった。

 慌てて後ろを振り向けば東雲さんがすぐ傍で俺の顔を見上げている。


 そして、彼女の顔を見た俺は別の意味で再度驚いてしまう。


 座っていた時よりも立っているほうが身長差があるからか、ベールに包まれていた彼女の目が見えてしまったのだ。

 だけど、今は東雲さんの顔に驚いてる場合じゃなく、すぐにでも確認をしておかないといけないことがあった。


「し、東雲さん? いつからそこに?」

「んっ……? さっきから、いたよ……?」

「あっ、そうなんだ……」


 どうやら後から彼女が俺の後ろに来たのではなく、後ろにいたのに俺が気が付かなかっただけのようだ。

 影が薄いとはいえ、申し訳ない事をしてしまった。


 しかし、それならどこまで聞かれていた?

 場合によっては口止めをしないといけなくなるのだが……。


「二人は……仲良し……?」


 存在に気付かれなかった事は気にしていないのか、東雲さんは俺とシャーロットさんの顔を交互に見ながら聞いてきた。

 別に責めているとかではなく、興味があるって感じだ。


 しかしこの興味の引きよう、やはり話を聞かれていたのだろうか?


「まぁ、クラスメイトだからね」

「……クラスメイトだから……服の袖を……掴んでた……?」


 キョトンと首を傾げながら、純粋に聞いてくる東雲さん。

 ちゃっかりシャーロットさんが俺の服の袖を掴んでいた事に気が付いていたようだ。

 まぁ隣に座っているのだから、当然といえば当然なのだが……やはり、見つかっていたか。

 幸いなのは、気が付かれたのがあまり他人と話しそうにない東雲さんであることと、今現在も彼女の声が小さいため俺とシャーロットさん以外には聞こえていない事だ。


 彼女一人なら口止めするのはそう難しくはないだろう。

 そう思って確認の意味をこめシャーロットさんに視線を向けてみると、さすがに子供っぽいところを見られたのは恥ずかしかったのか、シャーロットさんは耳まで赤くして俯いてしまっていた。

 これは触れないほうがよさそうだ。


「あぁ……えっと……他の人には内緒にしてくれる……?」


 恥ずかしそうにしているシャーロットさんをソッとしておく事にした俺は、東雲さんに内緒にしてくれるようお願いをした。

 この子の場合、正直にお願いしたほうが絶対にいいと思う。

 一応半年間同じクラスにいたのだから、話しをしなくても彼女が心優しい子だという事に俺は気が付いていた。


「これ……」


 俺の言葉を聞くと、なぜか東雲さんは自分のスマホを差し出してくる。

 まさか……写真を撮っていて、それを脅しに使おうというのか……?


「連絡先……交換したい……。ベネットさんとも……」


 …………一瞬疑ったのが、かなり申し訳なく思ってしまう。

 彼女はただ単に、連絡先を交換したかっただけのようだ。

 普段はすぐにテンパるせいで友達と上手く話す事が出来ていない。

 それなのになぜか今は少しだけちゃんと話せているから、連絡先を交換したかったのだろう。


 俺とシャーロットさんはスマホを取り出すと、チャットアプリの自分たちのIDを東雲さんに伝えた。


「えへへ……初めての、お友達……」


 すると東雲さんは凄く嬉しそうに笑ってくれたのだが、彼女が呟いた言葉に俺は心がとても痛んだ。

 シャーロットさんも俺と同じ感情を抱いたのか、涙ぐんで東雲さんを見つめている。


 ――俺たち二人はこれから、東雲さんともっと話すようにしようと心に誓うのだった。

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