第55話「時、既に遅し?」
「……東雲さんって、何が好きなの?」
目の前にいる女子たちは何やら会議を始めてしまっているし、シャーロットさんは周りにバレないようにしながら無言で俺の服の袖を握ってきているという事で、黙っているのが辛くなった俺は東雲さんへと話し掛けた。
シャーロットさんに話し掛けなかったのは当然周りの目を気にしているというのもあるが、今この子が何を考えているのかが掴みづらかったというのが一番の理由になる。
それに、シャーロットさんは俺の事は気にせずに何やら心配そうに女子たちを見つめているし。
もしかして、仲間外れにされている事を気にしているのだろうか?
でもこの子だったら、普通に話に入っていきそうな気がするけどな。
「え、えっと………………ぬいぐるみ……」
俺が考え事をしていると、東雲さんがおどおどとしながら消え入りそうなほどに小さな声で自分の好きなものを教えてくれた。
意外――でもないのか。
女の子らしいとてもかわいい趣味だ。
ただ、精神年齢が少し幼く感じてしまうが。
「どんなぬいぐるみが好きなの?」
「えっ……?」
どうにか話を広げようと少し掘り下げてみると、東雲さんが驚いたような声を出して俺の顔を見上げてきた。
いったいどうしたのだろうか?
目が見えないから本当に表情がわかりづらい。
「ばかに……しないの……?」
「なんで?」
「だって……子供っぽい趣味……」
もしかして、誰かに馬鹿にされた事があるのだろうか?
子供っぽいと思い浮かべた俺が言える事じゃないかもしれないが、人の趣味を他人がとやかく言うのは好きじゃない。
好きなものがあるのなら他人の目を気にせず好きなままでいればいいと思う。
「世の中には大人になってもぬいぐるみが好きな人はたくさんいるんだから、気にしなくてもいいと思うよ。ぬいぐるみ、かわいいよね」
「あ、青柳君も、ぬいぐるみ好き……?」
「そうだな……うん、好きだよ」
「――っ!」
俺が頷くと、かすかに漏れた声から東雲さんが喜んだのがわかった。
正直言うとただ話を合わせただけで実際ぬいぐるみなんて一つも持っていないが、かわいいぬいぐるみはかわいいと思うため嘘はついていない。
好きか嫌いかで聞かれれば、好きの部類に入るしな。
「これ、どう……?」
そう言って東雲さんが見せてきたのは、小さな女の子をモチーフにしたお人形の画像だった。
このキャラどこかで見た事が……あぁ、そうか。
最近よくCMなどで見かけるアニメのキャラクターだ。
画像からでもとても繊細に縫ってあるのがわかるが――いや、逆にあまりの手の込みようによってこれは手作りじゃないだろうかという疑問が頭に浮かぶ。
「これ、もしかして自分で作ったの?」
気になった部分を聞いてみると、東雲さんはコクコクと一生懸命に頷いた。
どこか得意げにも見える。
「凄いね、とても上手じゃないか」
「えへへ……」
褒めてあげると、東雲さんは嬉しそうに笑い声を漏らした。
今までまともに話した事がなかったが、この子は好きな話題になれば表情豊かになってよく喋れる子なのかもしれない。
話すのはマイペースなため、少し話すペースを落とす必要はあるが。
――クイクイ。
嬉しそうにする東雲さんを見つめていると、なぜか急に服の袖がシャーロットさんの手によって引っ張られた。
反射的に視線を向けてみると、どこか寂しそうな表情でじぃーっと俺の顔を見つめてきている。
一人だけ話の輪に入れず、寂しかったのかもしれない。
いくらなんでもやりすぎだったか……。
俺たちの関係を周りに知られる事は避けたいのだが、シャーロットさんに寂しい思いをさせるのはよくなかった。
特に今日は、シャーロットさんの歓迎会なのだから。
「シャーロットさん、もうクラスには馴染めた?」
「あっ――はい……! 皆さんとても優しいので、すぐに馴染む事が出来ました……!」
俺が話し掛けると、シャーロットさんはとても嬉しそうに目を輝かせながら答えてくれた。
いったいどれだけ寂しかったんだ、この子は……。
「――ねぇ、今更なんだけど、シャーロットさんと青柳君の距離めちゃくちゃ近くない?」
「てか、シャーロットさんのあの表情、完全に青柳君を意識してるような……?」
「えっ、あの二人っていつの間にそんなに仲良くなったの……?」
なんだか目の前に座っている女子たちが俺たちをチラチラと見ながらまた何か言っていたが、相変わらず三人だけで話しているので内容は聞き取れない。
しかし、明らかに俺たちのことを意識していることだけはわかった。
本当ならシャーロットさんとの関係に気付かれないよう今すぐに話をするのはやめたほうがいいだろう。
だけど、今シャーロットさんは話をするのが嬉しいというのを全身で表現していた。
そんな子を再び突き放せるほど俺は鬼ではないし、強い決意もない。
だから、なるべく周りから変に勘繰られない程度に自然な様子でシャーロットさんと話をすることにしたのだった。
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