第54話「優良物件」

「えっと、どうかした?」


 みんなに見つめられている理由がわからず、とりあえず聞いてみた。

 すると、テーブルを挟んで反対側に座っている女子たちは顔を見合わせ、その後真ん中に座っている子が代表で口を開いた。


「青柳君、凄く優しい声出すんだなぁって」

「優しい声?」

「うん、東雲さんに話し掛けた時の声がとても優しかった。後、表情も」


 女子の言葉に少し思い返してみるが、特段優しい声を出したつもりはない。

 怯えさせないように気を付けようと思ったくらいなのだが、そんなに声や表情が変わっていたのだろうか?


「それに、ちゃんと私たちにも気を遣ってくれてるから、なんだか意外だなぁって思ったの」


 俺が考え込んでいると、斜め右前に座る女子も続けて口を開いた。


「何が意外なんだ?」

「青柳君って頭がいいからか、なんだか取っ付きづらいイメージがあったんだよね。まぁ口うるさいというか、嫌な奴って感じの発言が多いって事もあるけど」


 容赦なく思っている事を言ってくる斜め右前の女子。


 なんだろう、俺は今責められているのだろうか?


「でもさ、さっきの見てるとやっぱり・・・・いい人のなのかな~って。思い返してみれば、青柳君の発言って私たちのためになる事を言ってた気もするし」

「あっ、それ私も思った。言われた時は《何この人?》って思っちゃうんだけど、後で冷静になって考えてみると青柳君の言ってる事が正しかったのかなって思うよね」


 いったいどうしたというのか。

 今まで俺の事を毛嫌いしていた女子たちが、まるで手の平を返したかのように俺の事を正当化し始めた。

 いくらなんでも先程やった東雲さんとのやり取りだけでこうなるとは思えないんだが……。


 ――俺が戸惑っていると、嬉しそうに俺の顔を見上げている女の子の顔が視界に入った。

 その子は特徴的な綺麗な銀髪を手で耳に掛けながら、俺と目が合うとニコッと微笑む。

 心なしか、その笑顔が得意げに見えた気がした。


 どうやら彼女が裏で何かをしていたようだ。

 前に彼女は、俺がやってる事をクラスメイトたちに理解してもらうべきと言ってきた事があったのだが、俺はその言葉を拒絶した。

 悪者がいなければ成り立たない事もあるからだ。


 彼女もその時は俺の考えを尊重してくれたはずだ。

 しかし、ここ数日で何か思う事があったのか、それとも優しい彼女には見過ごせなかっただけなのかはわからないが、俺の知らないところでクラスメイトたちに働き掛けていたようだ。

 余計な事を……と思いもするが、彼女が俺のためを思ってやってくれた事なので文句を言う気にはなれなかった。


 それどころか、正直に言うと凄く嬉しかった。

 別に、クラスメイトにわかってもらえた事が嬉しかったわけではない。

 シャーロットさんが俺のために動いてくれたというのが嬉しかったのだ。


 一つ気になるのは、いつの間にそんな事をしていたのかって事なんだが……。

 俺が知る限り彼女がそんなふうに働きかけたことはない。

 まぁでも、学校では行動を別々にしているから気が付かなくても仕方ないか。


「――そういえば青柳君って、中学時代に全国大会出た事があるんだよね?」


 シャーロットさんと見つめ合っていると、不意に斜め左前に座る女子から予想外の質問をされた。


「え、そうなの!?」

「まじで!?」


 他の女子たちも興味があるようで、喰い気味に俺の顔を見てくる。

 それは東雲さんも例外ではない。

 目が見えないため何を考えているのかはわからないが、顔の向きからして明らかに俺の顔を見てきていた。


「うん、他のクラスにいるサッカー部の子が言ってたの。西園寺、青柳のホットラインは凄くて、県で止められるチームはいなかったって」


 俺が口を開くよりも先に、斜め左前に座る女子が説明を始めてしまった。


 ……めんどくさい事になった。

 この辺の話はあまり他人に知られたくなかったため、誰にも言ってこなかったのに。

 彰でさえ俺の意を汲んで周りに内緒にしてくれていたのだが、まさか知らない人間から漏れる事になろうとは……。


「ホットラインって?」

「……さぁ?」

「あんた意味もわからずに使ったの?」

「多分、あつい線の事だよ!」

「いや、それそのままだし! 後、サッカーとしては意味わからないから!」


 俺がどうしようか考えている間にも、女子たちは勝手に盛り上がっていた。

 ふと視線を横に向ければ、シャーロットさんも俺の顔を見つめてきていた事に気が付く。

 その視線には、『どうして教えてくれなかったのですか?』という意志が込められているような気がした。


 俺はスッとシャーロットさんから視線を逸らす。

 よく考えればシャーロットさんには自分の事をほとんど話しておらず、何か隠し事をしているみたいで気まずくなったのだ。


 彼女には、今夜あたり説明しておいたほうがいいかもしれない。

 まぁ個人情報をそこまで教える必要があるのかと疑問に思うが、シャーロットさんならいいだろう。

 それよりも、勝手に盛り上がっている面倒な女子たちをどうにかするべきだ。


「いや、俺は全国大会には・・・・・・出ていないよ」


 どうするか悩んだ末、俺は全国大会に出場していない事を彼女たちに伝えた。

 嘘は言っていない。

 これは、れっきとした事実だ。


「えっ、でも……二年生の時に、全国出場したって――」

「――ごめん、もういいかな、この話は」


 これ以上話したくなかった俺は、笑顔で彼女の言葉を遮った。


「だけど……」

「もうやめなって。青柳君は話したくないんだよ」


 斜め左前に座る女子はまだ食い下がろうとしたが、目の前に座る女子がストッパー役になってくれた。

 さすがに友達に止められたらもう何も言えないのか、斜め左前に座る女子はシュンとして黙り込んだ。

 少し悪い事をしてしまった気もするが、知られたくないのだから許してほしい。


 それに俺は、彰と違って中二の夏にサッカーを辞めている。

 サッカーを続けているのなら実績になるが、辞めていれば何も役に立たない過去の栄光だ。

 そんな事を自慢するなんて過去の栄光に縋っているようで恥ずかしい。


「まぁでも、サッカーをしてたのは事実だよね?」

「あぁ……まぁ……」


 今度は斜め右前に座る女子が質問をしてきたため、俺は素直に頷いた。

 そこを否定してしまうと、ただの嘘つきになってしまうからだ。


「……勉強は文句なしの全国トップクラス……そして運動も出来る……。顔もよく見ればかっこよく見えるし……あれ? 青柳君って結構な優良物件じゃないの?」

「ね? それ私も思った」

「少なくとも、他の男子に比べると大人っぽくていいよね」


 俺の言葉を聞いた後、なぜか急に三人はコソコソと話し始めてしまった。

 声が小さすぎて何を言ってるのかわからないが、チラチラと俺の顔を見ている事から俺の話でもしているのだろうか?

 

 ……悪口言われてそうで怖いな。


「――な、なんでそうなっちゃうんですか……。いえ、皆さんのお気持ちはわかるのですが、いくらなんでもこれは……」


 固まって話をしている仲良し三人組を見ていると、隣にいるシャーロットさんがなぜか驚愕していた。

 そして、見えないように机の下でキュッと俺の服の袖を握ってくる。


「どうかしたの……?」


 俺は周りの生徒に聞こえないよう小さな声でシャーロットさんに話し掛ける。

 もちろん、顔を向けて話していると他のテーブルの生徒たちにも勘繰られてしまうため、顔は正面に向けたままおしぼりを口に当てて喋っていた。

 隣に座っている東雲さんには聞こえてしまうかもしれないが、まぁこの子なら大丈夫だろう。


「いえ、なんでもないです」

「だったら、放してくれると嬉しいんだけど……。これ、みんなに見つかったらめんどくさい事になるよ」

「………………少しだけ、こうしてたいです……」

「えぇ……」


 シャーロットさんが急に服を掴んできて放してくれないため、他のクラスメイトに見つかるんじゃないかと俺はヒヤヒヤするのだった。 

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