第52話「テストが終わった時の約束」

「お、終わった……」


 テスト最終日――最後のテストを終えたと同時に、後ろの席に座る彰が机へと突っ伏した。

 テストが終わった解放感によってクラスのみんなが各々でこの後の予定について盛り上がっている中、一人だけ負のオーラを全開に出して顔を上げようとしない彰。

 なんだか見ていて痛々しい。


「なぁ彰。その終わったって、どっちの意味だ? テストが終わったって意味だよな?」

「聞かないでくれ……」


 一応尋ねてみたのだが、反応から察するにどうやらテストの結果がやばいという意味の《終わった》だったようだ。

 せめて、美優先生が激怒しない点数で終わらせてくれていたらいいのだが……全教科赤点とかだったら洒落にならないな。

 彰の場合は自己採点用に答案用紙にメモ書きをしていない――というよりも、時間的にメモ書きをする余裕がないせいで自己採点も出来ない。

 テスト結果が返ってくるまできっと彰は気が気でなくなるだろう。


 ……ちょうどいいのかもしれないな。

 どうせ今更テスト結果に頭を悩ませても結果自体はどうしようもないのだ。

 それだったらせめてでも気持ちを切り替えて、テストが返ってくるまでの間はテストの事なんて忘れさせたほうがいい。

 人は楽しい時に一番嫌な事を忘れられるものだしな。

 そのためにも、彰にはある役目をやってもらわなければならない。


「彰、突っ伏しているのはいいが、何か忘れていないか? 早くしないとみんな各々に今日の予定を入れてしまうぞ?」

「ん? 今日って何か用事あったっけ……?」

「おいおい、約束してただろ。テストが終わったらやろうって」

「……あっ、そうだった!」


 少しの間机に突っ伏した状態で考え事をしていた彰は、俺が言いたい事を理解するとガバッと顔を上げた。

 どうやら彰も思い出したようだ。


「みんな! 何勝手に約束してるんだよ! 今日何をするのか忘れたのか!?」


 彰は慌てたように椅子から立ち上がると、クラスメイトみんなに大声で呼びかけた。

 忘れていた張本人がそれを言うのかよと思いつつも、俺は黙って彰の次の言葉を待つ。


「やっとテストが終わったんだ! みんなでシャーロットさんの歓迎会をやろうぜ!」


 ――そう、俺が延期にさせた事ではあったが、テストが終われば打ち上げも兼ねてシャーロットさんの歓迎会をする事になっていたのだ。

 当然シャーロットさんには事前に伝えており、今回彼女が参加出来るように予め手を打っておいた。

 今週からエマちゃんは外国人の子専用の保育園に通っているため、今日は遅くまで預かって頂くように保育園に頼んでいるのだ。

 テストの事もあったから今日は朝ご飯を食べた後シャーロットさんと別行動にはなっていたが、特段学校に現れた彼女に焦った様子もなかったため、エマちゃんはきちんと保育園に行ったのだろう。


 シャーロットさんは歓迎会の話をした時凄く嬉しそうにしていたし、楽しんでもらいたいものだ。


「あっ、そうだったね!」

「そうだそうだ。シャーロットさんの歓迎会をしないと!」


 彰の呼びかけに呼応するようにクラス内がざわつき始める。

 どうやらみんな、今日シャーロットさんの歓迎会をする事は問題ないようだ。


「でも、場所はどうするの? こんなに大人数入れるところなんて急にはとれないんじゃ……」

「あっ、それは……」


 クラスメイトの一人がした極当たり前の質問に、彰は困ったような表情を浮かべた。

 場所については一切考えてなかったのだろう。

 まぁ忘れていたのだから当然だし、俺はこうなる事も想定していたので問題ない。


「美優先生の友達がしているというお店に予約を入れてあるよ。ある程度なら人数調整をしてくれるし、学生割引をしてもらえるらしい」


 昔、美優先生からそのお店の事を聞いていた俺は、予め美優先生に友達へと話をつけてもらうようお願いしていたのだ。

 美優先生も歓迎会をするならという事で快諾してくれたし、学生だからという理由で割引もしてくれるように話をしてくれた。

 あの人はああ見えて本当に生徒想いでいい人なのだ。


 ただし、店を貸し切り状態にする事と、割引をしてもらう事には一つ条件がついている。

 それが、味が美味しければ宣伝をしてほしいとの事だった。

 その事は後で彰を通じてみんなに伝えてもらおう。


「おぉ、さすが明人! いい仕事するな!」

「へぇ、青柳君って意外と気が利くんだね……」


 俺の言葉を聞いた彰は嬉しそうにバシバシと俺の肩を叩き、クラスメイトには珍しくも感心されていた。

 とりあえず叩かれた肩が痛かったので、彰にはやり返しておく。


「じゃあそろそろ適当にばらけて移動しようか」


 彰の呼び掛けを合図に、みんな小さなグループを作ってそれぞれ移動を始めた。

 店の名前と場所、開始時間については既にクラスのグループチャットを通じて連携しているため、一緒に行かなくてもみんな辿りつけるだろう。

 むしろ大勢で移動するほうが街の人に迷惑を掛けてしまうため、彰のこの判断は正しい。


 ただし店の人への挨拶もあるから、俺は先に着いておいたほうがいいんだろうな。


「彰、俺たちは先に行こうか」

「そうだな。道案内は頼むよ、明人」

「了解」


 俺と彰は鞄を持つと、教室を出てクラスメイトたちの横を通り抜ける。

 その際にシャーロットさんともすれ違ったが、彼女と何か言葉を交わす事はなかった。

 家では仲良くしていても学校ではなるべく話をしない。

 一番最初にした約束を彼女もきちんと守ってくれているのだ。


 学校ではこれでいい。

 下手に絡んで彼女との仲を知られるほうが問題なのだからな。

 とりあえず、何も問題はなさそうでよかった。


 ――この後、まるでそんな事を考えた俺をあざわらうかのように向かったお店では思わぬ神様の罠が俺を待ち受けているのだった。

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