第51話「見えてくる心情」
「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました、青柳君」
帰りの電車に乗っている中、隣に座っているシャーロットさんが俺の顔を見つめてきた。
エマちゃんは俺の腕の中で眠っており、他の乗客も周りにはいないため、まるで二人だけの空間にいるようだ。
「喜んでもらえたならよかったよ。……うん、俺も楽しかった」
今日はエマちゃんがメインだったためデートというよりは家族でお出かけをしているみたいな感じだったが、それでも凄く楽しめたと思う。
小さな子がはしゃいでる姿を見ていると心が満たされるし、甘えてこられるとかわいすぎて頬が緩むくらいだ。
一日中遊んだはずなのに、正直遊びに行く前よりも元気になった感じがする。
病は気の持ちようというが、普段からの体力も気持ちに影響されるのかもしれない。
「また遊びに行きたい……というのは、さすがに我が儘でしょうか……?」
俺の顔を見上げていたシャーロットさんが、顔色を窺うようにして俺の顔を見つめてきた。
まるでエマちゃんを相手にしているかのようなウルウルとした瞳に、夕日に照らされているせいで赤らんでいる頬。
こんな表情で見つめられると、勘違いをしてしまいそうに――――――いや、これは本当に勘違いなのだろうか?
今もそうだが、シャーロットさんは今日一日中俺の腕に抱き着いてきていた。
その理由が周りの視線から逃れるためという事だとしても、不必要な場所ですら彼女が手を離す事はなかったのだ。
普通気のない異性にそんな事をするだろうか?
前例を知らないからはっきりとはわからないが、少なくとも俺はしない。
多分シャーロットさんもそういうタイプだと思うんだ。
ましてや、毎晩のように俺の部屋を訪れている。
最初はエマちゃんのために来ていたのは間違いないけど、最近ではエマちゃんが寝た後も俺の部屋に入り浸っている。
そして、二人で肩をくっつけながら一つの漫画を読んでいるのだ。
挙句にシャーロットさんは漫画ではなく、俺の顔を見つめている事がよくある。
……どう考えても、彼女は俺の事を意識してくれているのではないだろうか?
だから亜紀と遊びに行く事を知って自分も――いや、やめておこう。
例えそうだったとしても、それを本人に確認する方法は直接聞く以外にない。
それで下手に聞いてもし俺の勘違いだった場合、関係に亀裂が入る事だって考えられるのに迂闊に聞けるはずがないだろう。
となれば、俺はどうするべきか――。
「いいや、我が儘じゃないよ。俺もまたシャーロットさんと遊びに行きたいと思っているから」
俺はシャーロットさんに対してそう笑顔で答えた。
焦らずに、ゆっくりと彼女との距離を詰めていけばいいんだ。
他の男子にとられるかもしれないという不安はある。
彼女を狙う男子は多いし、俺より魅力的な奴なんてざらだ。
例えば彰なんて確かに学力はまずいが、身長が高くてイケメンだし、足が速くてスポーツ万能だ。
部活にこそ入っていないが、それにも理由がある。
あいつは昔からサッカーが一筋なのだが、サッカー部に入らずにユースに入っているのだ。
一年生ながら既にスタメンだと聞いているし、いずれはプロになるのだろう。
そんな男子が女子から見て魅力的じゃないわけがない。
まぁただし、キャラが問題なのか、本人がふざけすぎているのが原因なのかはよくわかっていないが、彰に彼女がいた事はないのだが。
……いや、そこはあまり言うのはやめておこう。
俺もいた事がないんだから他人の事をとやかく言えるわけがない。
それはそうと、先延ばしにしている事をどうするかだよな……。
彰は俺がシャーロットさんに抱えている気持ちに勘づいてそうだから、このまま騙し続けるのもよくないだろう。
とはいえ、シャーロットさんの事を考えると広まるリスクは避けるべきだし、何より彰がシャーロットさんの事を好きになっている以上めんどくさい問題に発展するかもしれない。
そういうのはなるべく避けたいんだ。
「そ、それでしたら、来週の土曜日はいかがでしょうか?」
俺が頷くと、シャーロットさんは嬉しそうな表情を浮かべながら上目遣いに聞いてくる。
思っていたよりも直近に話がきてしまった。
要は次の休みに遊びたいという事らしい。
あまり頻繁に遊びに行くとお金が持たないが……まぁ、もう一日くらいは全然問題ないだろう。
「うん、いいよ。次もエマちゃんが行きたいところに行くって感じでいいのかな?」
「あっ……」
「ん?」
エマちゃんの事を話題に出すと、シャーロットさんは困った表情を浮かべて寝ているエマちゃんに視線を落とした。
何か問題でもあるのだろうか?
俺は、エマちゃんと俺の顔を交互に見るシャーロットさんが口を開くのを待つ。
すると――。
「実は、来週の土曜日はお母さんがお家に帰ってきているのです。ですから、エマはお母さんに預けてしまおうと……」
人差し指を合わせてモジモジとしながら、シャーロットさんは恥ずかしそうに答えてくれた。
「えっ……じゃあ、二人きりって事……?」
気になった部分を聞いてみると、シャーロットさんはコクンと頷く。
「その……二人きりでは、だめ、でしょうか……?」
「………………いや、二人で遊びに行こうか」
顔色を窺うように上目遣いで聞いてきたシャーロットさんに、俺は体温が上昇するのを感じながら頷いた。
もうこれは、本当に脈ありなのではないだろうか……?
――電車に揺らされる中、そんな言葉が頭に浮かぶ俺だった。
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