第49話「許せない事」
笹川先生の犠牲(自業自得)によって美優先生たちを撒く事が出来た俺たちは、ゆっくりと動物を見て回っていた。
特に先程まで不機嫌だったエマちゃんは今はとてもご機嫌だ。
なんでか分かるかな?
――いたんだよ。
この動物園には、猫がいたんだ。
しかも触れ合う事まで出来てしまう。
絶望的だと思っていただけにこの奇跡は有難い。
おかげでエマちゃんはニコニコ笑顔で猫と遊んでいた。
『おにいちゃん、おにいちゃん。ねこちゃんかわいい……!』
小さなお手々で仔猫の頭を撫でているエマちゃんが、とてもかわいらしい笑みを浮かべて話し掛けてきた。
仔猫もエマちゃんに撫でられて気持ちいいのか、自分から頭をこすりつけている。
『そうだね』
俺は短く返事をし、エマちゃんの行動を見守る事にした。
仔猫もかわいいのだが、正直仔猫にデレデレになっているエマちゃんのほうがかわいい。
そういえば、エマちゃんが猫耳を着けているのはもしかしたら猫と遊ぶためなのだろうか?
幼い子だから猫耳を着ければ自分も猫の仲間になれると思ったのかもしれない。
子供って純粋だし、なくはないよな。
「――にゃー?」
「にゃー!」
「にゃにゃ?」
「にゃー! にゃー!」
……………………えっ?
急に猫語が聞こえてきたためそちらを見ると、俺は思わず固まってしまった。
そこには、足元にすり寄ってきた猫と猫語で会話をするシャーロットさんがいたのだ。
俺の腕に抱き着いた状態で、小首を傾げながらにゃーにゃー言ってる。
猫もシャーロットさんの言葉に応えるように大声で鳴いていた。
どうしよう。
凄くかわいいんだけど、この子は何をしてるんだ。
エマちゃんがするならわかるけど、シャーロットさんがするのはさすがに戸惑ってしまう。
「シャーロットさん……?」
「猫ちゃんって本当にかわいいですよね。お家にお持ち帰りしたいです」
困惑している俺に気付く様子もなく、シャーロットさんは猫から視線を外さない。
どうやら彼女には、猫語で話しているところを見られても恥ずかしいという事はないみたいだ。
………………まぁ、かわいいからいいか。
シャーロットさんがとてもかわいいので、俺は深く考えることをやめてシャーロットさんと同じように足元の猫を見つめる事にした。
すると猫はあくびをするように大きく口を開け、その後ジーと俺の目を見つめてくる。
なんだろう?
何か言いたい事でもあるのだろうか?
「猫ちゃんは撫でてほしいのではないでしょうか?」
「いや、それだったら足に頭を擦りつけてくるはずだけど……」
どっちかというと、ガンを飛ばされているのではないだろうか。
俺はスッと猫から目を背けた。
前に何かの本で得た知識だが、猫は敵意がない時は目をそらし、逆に警戒したり争う時には目を見つめてくるらしい。
まぁこれも絶対ではないけどな。
飼い主のように親しい仲であれば、ご飯がほしいなどの何かしらのアピールという場合もあるらしい。
しかし当然俺はこの猫の飼い主ではないし、ましてや親しくもなかった。
だからきっと警戒心を持たれているのだ。
人に慣れているはずのここの猫が警戒してくるのは、少し腑に落ちないがな。
もしかして、シャーロットさんに抱き着かれている俺が気に入らなかったとか?
まさかな……。
ただの猫がそんな思考を持つとは思えず、俺は考えを改めた。
「青柳君?」
「ん?」
「どうして今猫ちゃんから視線を逸らしたのですか?」
俺の顔を見つめていたのか、シャーロットさんは俺が猫から視線を外した事が気になったようだ。
「猫が見つめてきたら、視線を逸らすのが礼儀らしいからだよ。基本猫って同じ猫同士でも視線を合わせない生き物なんだ。目が合って無駄な争いにならないようにしているらしいよ」
「へぇ、青柳君って博識なのですね」
「いや、猫の知識一つで博識と言われても困るんだが……」
感心したように見つめてくるシャーロットさんに、俺は苦笑いをしながら答えた。
シャーロットさんも《博識》という言葉の意味は理解していて言葉の綾で使っただけだろうけど、大袈裟に捉えられるのはあまりよろしくない。
まぁとはいえ、シャーロットさんに感心してもらえたのは素直に嬉しいという気持ちもある。
やはり意識している相手に認められると嬉しいものだ。
「青柳君も猫ちゃんはお好きなんですよね?」
「そうだね。動物の中では一番好きだと思うよ」
「私も猫ちゃんが一番好きです。私たち、好みが同じなんですね」
同じ動物が好きな事が嬉しいのか、シャーロットさんが頬を緩めた。
俺としても彼女と好みが合うのは嬉しい。
誰しも意識している相手と同じ事があれば嬉しいものだろう。
まぁシャーロットさんの場合は友達と同じなのが嬉しいだけだと思うが。
「にゃー」
シャーロットさんの言葉に頷いていると、俺の足に猫が擦り寄ってきた。
猫は頭を俺の足に擦りつけ、スリスリと甘えてきている。
なんとなく猫に手を伸ばして頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ち良さそうに目を細めた。
そして更に擦り寄ってくる。
この猫なら――。
試しに俺は右手で猫のお尻と後ろ足を包み込むようにして、左手を猫のお腹に回す。
嫌がってない事を確認すると、右腕に座らせるような感じで猫を抱き上げた。
「えっ、猫ちゃん抱っこしても逃げないんですね?」
「あぁ、嫌がる猫も多いけど、こういうふうに甘えてくる猫には嫌がらないのもいるみたいだよ。抱っこの仕方にもコツがあるみたいで、そのとおりにしているから猫も嫌がってないって感じかな」
「なるほど……」
シャーロットさんは羨ましそうにジーと俺の腕の中にいる猫を見つめる。
もしかしたら自分も抱っこしてみたいと思っているのかもしれない。
でも上手く抱ける自信がないから、様子見をしている感じかな。
――クイクイ。
ん……?
シャーロットさんと猫に気をとられていると、服の袖が誰かに引っ張られた。
視線を向けてみれば、なぜか頬をパンパンに膨らませているエマちゃんが立っている。
『エマちゃん? 頬を膨らませてどうしたの?』
先程まで上機嫌で遊んでいたはずのエマちゃんが拗ねた様子を見せたため、俺はエマちゃんに理由を尋ねてみる。
すると、エマちゃんは頬を膨らませたまま両腕を広げて俺を見つめてきた。
そして――。
『だっこ』
まるで猫ではなく自分を抱っこしろと言ってるかのように、抱っこを求めてくるのだった。
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