第48話「断末魔」

「昨日の今日でやるなぁ青柳。明日からはテストもあるというのに余裕そうで何よりだ」

「さすが全国模試一桁台ね」


 俺とシャーロットさんの顔を交互に見ながら、美優先生たちが俺をからかってくる。


《昨日の今日で》という言葉に対してロリコン教師――もとい、笹川先生はなんの事かわかっていないだろうが、美優先生が言ってるのは昨日亜紀と遊んだ事についてだろう。


「――全国模試一桁台って……普通に天才じゃないですか……」


 俺が口を開こうとする前に、今もなお抱き着いてきているシャーロットさんが驚いたように呟いた。

 よく考えればなんでこの状況で手を離さないんだろう、この子は……。


「暇さえあれば勉強をしていたおかげだよ。それに一桁だったのはたまたまだ」


 これは謙遜ではなく、本当に運がよかっただけだ。

 本来の実力なら二桁台に入れればいいほうだろう。

 偶然の結果を持ち出されて褒められても居心地が悪い。


「謙遜だな、天才」

「謙遜だね、天才君」


「……あなたたちは少し黙っててくださいませんかね?」


 俺の言葉に対して間髪入れず茶化してきた先生たちに俺は嫌気がさした。

 特に美優先生は俺が天才じゃないという事はよく知ってるだろうに。


「ねぇねぇそれよりも青柳君、その子を私に抱っこさせてよ」


 笹川先生は余程マイペースなのか、俺の言葉を軽く流して両腕を差し出してきた。

 どうやら俺の腕の中にいるエマちゃんを抱きたくて仕方がないみたいだ。


 エマちゃんのかわいさからそれはわかるのだが、この人に渡すのはな……。


 笹川先生は学校で有名なロリコン教師だ。

 女性なのにもかかわらずそんなあだ名が付くという事は、やはりそれ相応の理由がある。

 笹川先生とロリという組み合わせは一見すると母性溢れた女性とその子供のように見えるだろう。

 特に笹川先生は見た目は優しい大人の女性だし、何処とは言わないが女性らしいある一部分がかなり大きいからな。


 だがしかし――この人、ロリの話になると目付きが変わるんだよ。

 今だってなんだかエマちゃんを見る目が怪しいし。


「ね、いいでしょ?」


 俺が渡さないからか、笹川先生が距離を詰めて上目遣いに俺の顔を見てくる。

 心なしか、抱き着いてきているシャーロットさんが腕にギュッと力を入れたような気がした。


 しかしその事に反応する前に腕の中にいるエマちゃんが急に暴れて出してしまい、俺はそれどころではなくなってしまう。


『むぅ……! むぅ……!』

「わぁっ! いたい、いたいよ!」


 バシバシと笹川先生の手を叩くエマちゃん。

 手を叩かれた笹川先生は慌てて手を引っ込めて涙目になってしまった。


 いったいどうしたのだろうか……?

 急にこんなに怒るだなんて、エマちゃんはいったい何に対して怒ったんだ?


「も、申し訳ございません先生! 実はエマは、家族以外の人に触られるのを嫌がるんです……!」


 妹の無礼に顔を真っ青にしてシャーロットさんが謝ったが――その説明には既に矛盾がある事に俺は気が付いてしまう。

 そしてその矛盾に気が付いたのは俺だけじゃないようだ。


「でも、青柳君も家族じゃないと思うけど……」


 俺と同じ矛盾に気が付いた笹川先生はそう言ってシャーロットさんにツッコみを入れる。

 現在家族でもない俺が抱っこをしているという事で、《家族以外》という言葉とは矛盾をしていたのだ。


「それが、エマにとっては青柳君は特別みたいなんです」

「そうなんだ……」


 シャーロットさんの説明を受けて残念そうに肩を落とす笹川先生。

 なんだかかわいそうに思えてきた。


「同情しなくていいぞ? 数分後にはケロッとしてるからな、こいつは」


 笹川先生の事を気の毒に思っていると、黙って話を聞いていた美優先生が話に入ってきた。

 そういえばこの二人、学校では気が付かなったがこんなところに二人だけで来るほど仲がいいんだな。

 どちらかというと真逆そうな性格をしているのに。


「美優先生、どうしてこの動物園にいたんですか?」

「ん? あぁ……そこの涙目で落ち込んでいるロリコンが動物を見に行きたいってうるさかったからだよ。本当、折角の休みの日に何をしてるんだか……」

「文句を言いながらもちゃんと付き合ってあげるんですね。美優先生が動物園なんて凄く珍しいですし」

「まるで似合わないというような物言いについてはとりあえず見逃してやる。こいつとは幼馴染なんだよ。付き合わないと後がめんどくさいのをよく知ってるから来ているだけだ」


 めんどくさそうに笹川先生を見つめながら美優先生は教えてくれた。


 この二人が幼馴染だっていう事も初めて知ったな。

 まぁ先生たちの関係なんてどうでもいいんだが、ほんと世の中わからないものだ。


「美優ちゃんはね、こう見えてツンデレさんなんだよ。ツンツン文句言うくせに、最後には絶対に付き合ってくれて優しいの」


 ――美優先生が言った通り、本当にものの数分で笹川先生はケロッとした表情で話に加わってきた。


「おい、生徒の前ではちゃんと花澤先生と呼べといつも言ってるだろ。あと、誰がツンデレだ」

「美優ちゃん」

「…………」


 笹川先生の即答によって、花澤先生の額に血管が浮き出てくる。

 俺はシャーロットさんたちを連れてそーっと巻き添えを食らわない位置まで下がった。


「あっ、そうそう。ねぇ青柳君、どうしてベネットさんが美優ちゃんのクラスになったか知ってる?」

「えっ、いや……」


 笹川先生は美優先生の様子に気が付いていないのか、何事もなかったかのように俺に話し掛けてくる。

 俺としては今話し掛けてくるのはやめてほしいのだが……。


「君がいるからなんだよ? 英語が達者な子がいたほうがベネットさんも安心するだろうって事でね。じゃないと英語を理解出来ない美優ちゃんのクラスにするわけがないもん」


 笑い話をするかのように『あははは』と笑いながら教えてくれる笹川先生。


 この人は本当に美優先生と幼馴染なのだろうか?

 先程から容赦なく地雷を踏んでいるが……。

 まぁこの遠慮のなさが、付き合いの深さを表しているのかもしれないな。


 さて――。


「あれ? 青柳君? ねぇ、何処に行くの?」


 踵を返した俺に対して、笹川先生が不思議そうな声を出す。

 シャーロットさんは心配そうな表情をしつつも俺についてきてくれた。

 彼女もこの後に起こる悲劇を察しているのだろう。

 エマちゃんはまだ怒っているのか、不満そうに頬を膨らませながら俺の胸に顔を押し付けている。


「おーい! 無視されると先生泣いちゃうぞ――って、美優ちゃん? なんで手をこっちに伸ばして――あぁあああああああああああ!」


 俺たちが背を向けてすぐ、笹川先生の悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。


 なぜあの人はこの事態を予測しなかったのだろうか?

 幼馴染ならわかるだろうに……。

 

 ――俺たちは笹川先生の断末魔を聞きながら、何事もなかったかのように場を立ち去るのだった。

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