第47話「不幸がもたらした幸運……?」

 ――甘かった。

 俺はなんて愚かだったのだろうか。


 電車を乗り換えるために岡山駅へと降りた俺は、現在自分の考えの甘さに後悔をしていた。

 というのも――。


「なぁ見ろよ、あの子」

「は? やっべぇ……レベル高すぎだろ……。あんな美少女初めて見た……」


「えっ、何あの銀髪美少女!? モデルの人かな!?」

「わぁ……ほんとに美人……。でも、外国人ぽいから旅行か何かじゃない?」


「お、おい、ちょっと声を掛けてみろよ」

「いやいや無理だって! 絶対相手にされないだろ!」


 ――こういうふうに、隣を歩くシャーロットさんが注目を集めていたからだ。

 まだ時間が早いため人通りが少ないにもかかわらず、多くの人が足を止めてシャーロットさんの事を見ている。

 そのくせ誰一人として隣を歩く俺の事に意識を向けていない。

 不釣り合いなため連れだと思われていないのか、俺の存在に気付かないほどシャーロットさんに見惚れているかのどちらかだろう。

 

 遠出をすれば知り合いに鉢合わせをする可能性が低いから問題ない?

 そんな考えでいた自分に猛烈に文句を言いたい。

 俺の甘い考えのせいで、注目を浴びているシャーロットさんは凄く居心地が悪そうにしている。

 それどころか、視線に怯えている様子すらあった。


 これほど注目を集めれば当然の反応だ。

 どうにか視線を遮ってあげたいが、四方八方から見られているためそれも不可能。

 もう少し降りる駅や行く動物園を考えればよかった。

 人口密度が低い駅や動物園なら他にあったかもしれないのに、自分の考えが甘かったせいでシャーロットさんに辛い思いをさせてしまっている。


 一つ運がよかったのは、俺の腕の中にいるエマちゃんが寝ている事だ。

 チョコレートを食べたエマちゃんは朝早起きをしてしまったせいか、電車の心地いい揺れによって眠ってしまった。

 今は俺の胸に顔を押し付ける形で寝ている。

 本当ならこの子のかわいさも注目を集めるレベルだが、顔が見えなければその心配はない。

 それに、銀色の髪も出来るだけ目立たないよう俺の腕で隠している。

 そのせいで少し抱っこの体勢が悪くて腕が辛いのだが、この子を辛い目に遭わせるよりは全然いい。


 起きていれば幼いこの子にトラウマを植え付けかねなかった。

 だから寝ていてくれて本当によかったと思う。


 問題は、隣のシャーロットさんをどう助けるかだが――残念ながら、すぐにはいい案が浮かばない。

 仕方ない、か……。


「シャーロットさん、帰ろう」


 非常に残念ではあるが、俺はシャーロットさんに引き返す旨を伝える。

 これ以上彼女に辛い思いをさせるくらいなら、引き返したほうがいい。

 エマちゃんには泣かれてしまうかもしれないが、他の方法でどうにか機嫌を取るしかないだろう。


「………………嫌、です……」


 俺の提案は、意外にもシャーロットさんに断られてしまった。

 正直彼女のほうが帰りたいと思っていると思っていたのだが……。


「私、今日の事がとても楽しみだったんです……。こんな事で中止になるだなんて、絶対に嫌ですよ……」

「でも――」

「大丈夫です、問題ありません。ただ――少しだけ、甘えさせてください……」


 シャーロットさんは俺の言葉を遮ると、ピトッと俺の腕にくっついてきた。

 そして、隠すように俺の腕へと自分の顔を埋める。


「「「「「――っ!?」」」」」


 シャーロットさんの思いがけぬ行動に、俺と周りの傍観者たちは驚きを隠せなかった。

 唐突に込み上げてきた緊張と動揺に俺は声が出てこず、口をパクパクと動かす事しか出来ない。

 逆に周りは、まるで火事や事故でも起きたかのような騒ぎようだ。


 ――俺はシャーロットさんに抱き着かれて嬉しいと思った半面、駅のホームを包み込むような騒ぎに対してやっぱり帰るべきだったと思うのだった。



          ◆



 二人の男女が腕を組んで歩いている――そんな状況、誰がどう見てもデートではないだろうか?

 少なくとも、この場にいるほとんどの人間はそう思っているようだ。


 先程までシャーロットさんへと向けられていた視線はどこへやら。

 シャーロットさんに抱き着かれた事によって、今は俺に注目が集まっている。

 そしてその視線が、シャーロットさんに向けられていた羨望のような視線ではなく、大半が嫉妬のようなものだった。

 残りは女性から向けられる好奇の視線って感じか。

 凄く居心地が悪いな……。


 ――乗り換えの電車が来るのを待っている俺は、冷静さを装って周囲を観察していた。

 周りに意識を向けておかないと耐えられないのだ。

 それだけ、抱き着いてきているシャーロットさんの破壊力がやばい。

 あまりのかわいさに今にも頭が沸騰しそうだった。


 なんせシャーロットさんは俺の腕に顔を埋めているだけでなく、ちょいちょい上目遣いに俺の顔色を窺ってくるのだ。

 見上げてくる表情は頬が赤く染まっており、目にはなぜかとろみがあった。

 そんな表情で見つめられれば誰だってかわいいと思うだろ?


『んっ……』


 俺が一人シャーロットさんのかわいさに心の中で悶えていると、腕の中にいるエマちゃんが薄っすらと目を開けた。

 眠たそうに目をゆっくりと開閉し、ボーっと俺の顔を見つめてくる。


『起きた?』


 俺は優しくエマちゃんの頭を撫で、声を掛けてみた。

 するとエマちゃんは俺の胸へと顔を押し付けてくる。


『ねんね……』

『あぁ、まだ眠たいんだね』

『んっ……』


 エマちゃんはコクンっと頷くと、かわいらしい寝息を立ててまた寝てしまった。

 寝起きは眠たいのが当然だし、仕方ないか。

 このまま寝かせておいてあげよう。


『青柳君、なんだかエマのお父さんみたいです……』

『こんなかわいい娘が出来るなら凄く嬉しいけど、せめて兄のままでいさせてほしいかな』


 ボソっとシャーロットさんが呟いた言葉に、俺は冗談交じりに答えた。


『……そうですね、お兄ちゃん――いい事だと思います。はい、お兄ちゃんになって頂けたほうが絶対よろしいかと』


 なんだろう?

 やけにお兄ちゃんを推してくるな。


 ……まぁ同級生が父親扱いというのが嫌なだけか。


『もう大丈夫? 大丈夫ならそろそろ離れて――』

『も、もう少しだけ、だめ、でしょうか……?』

『……いいよ』


 我慢するのも限界に近いため離れてほしかったのだが、シャーロットさんの縋るような瞳に俺は頷いてしまうのだった。



          ◆



『ねこちゃん、ねこちゃん♪』


 動物園に着くと、目を覚ましたエマちゃんが猫ちゃんコールを再開し始めた。

 猫が好きなのはいい事だが、動物園には猫がいないため俺は大変困っている。

 このままだと、エマちゃんが拗ねてしまうのは目に見えているからだ。


「シャーロットさん、どうにか出来ないかな……?」


 エマちゃんにはわからないよう日本語で、俺は隣を歩くシャーロットさんに助けを求める。

 ちなみにシャーロットさんの抱き着きは継続されていた。

 周りからの視線が緩まらないのだからそれも当然かもしれないが……正直、冷静なふりをするのが辛い。

 せめて知り合いに会わない事を祈ろう。

 ここで知り合いに鉢合わせしたとなれば本当に洒落にならないからな。


「おかしいですね……。昔はここまで猫好きではなかったのですが……」


 うん、ごめん。

 多分それ俺のせい。


 初めて会った時に猫の動画を見せて以来、エマちゃんは暇があると猫の動画を求めるようになってしまった。

 元々好きとは言っていたけれど、かわいい猫の動画をたくさん見せたせいで猫好きが増してしまったのだろう。


「他に好きな動物とかいないの?」

「えっと……コアラですかね……」

「無理だ……」


 生憎この動物園にはコアラがいないんだよ。

 というか、コアラってそうそういないんじゃないだろうか?


「パンダ……」

「無理だって……」


 パンダなんてもっといないよ。

 俺たちのところからパンダがいる一番近い動物園は、確か神戸だったんじゃないか?

 この姉妹、動物園に対する要求が高いって……。


「他には――」

「――へぇ、お前たちもうそういう関係になっていたのか」

「「――っ!?」」


 突如として聞こえてきた声に俺は全身から血の気が引いた。

 おそるおそる後ろを振り返って見れば、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる美優先生が立っていた。

 そして何故かその隣には音楽担当のロリコン教師もいる。


「やっほー、三人とも」


 ――この状況に似合わない能天気なロリコン教師の声を聞きながら、俺は《なんでこの人たちが動物園にいるんだよ……》と頭を抱えるのだった。

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