第45話「甘えたがりな銀髪幼女」

『どぉ?』


 一度自分の部屋に帰った後再度俺の部屋を訪れたエマちゃんは、両腕を広げた状態で首を傾げながら聞いてきた。

 今回エマちゃんが両腕を広げている意味は抱っこをしてという事ではない。

 俺が見やすいように両腕を広げて、今着ている服を見せびらかしているのだ。


『うん、とてもかわいいよ』


 俺は見たままの感想を率直に伝える。

 エマちゃんが着ている服は、ピンク色を基調としたワンピースに白色のヒラヒラが付いているものだった。


 そして、服に合わせて靴もピンク色にしている。

 幼いエマちゃんにとてもピッタリな組み合わせだ。


 今のエマちゃんはまるでおとぎ話に出てくる妖精みたいにかわいい。

 この子の恰好を見てかわいくないと言う奴がいるのなら、そいつには即眼科に行く事をお勧めする。


 まぁ一つ気になるのは――どうして、猫耳のカチューシャを着けているのか、という事だ。


 先程までは着けていなかったのに、一度服を着替えに戻ったエマちゃんはなぜか頭に自分の髪色と同じ銀色の猫耳カチューシャを着けていた。

 エマちゃん自身が幼くてとてもかわいい子だからよく似合ってはいるのだが、さすがにこのまま遊びに行くのは少し抵抗がある。

 シャーロットさんが趣味でさせているのかもしれないけど、きっと周りからは俺が着けさせていると思われるだろう。

 とんでもない濡れ衣を着せられそうで怖い。


「なぁシャーロットさん。妹がかわいくて猫耳を着けさせたいのはわかるけど、今日はやめてもらえないかな……?」

「ま、待ってください! まるで私が着けさせているみたいな言い方じゃないですか!」


 まるでどころか、そのままの意味で言ったんだけど……。

 この反応を見るに、シャーロットさんが着けさせたわけではないのだろうか?


「いつの間に手に入れたのかはわからないのですが、この子が勝手に猫耳カチューシャを着けているのです! 随分と気に入っているようで、これも着けていくと言って聞かないのですよ!」

「そうなのか……」


 余程猫耳が趣味だと思われるのが嫌だったのか、シャーロットさんは必死に説明をしてくれた。

 でも俺はここ最近の付き合いで知っている。


 シャーロットさんが、猫耳などの獣耳が大好きだという事を。


 ……まぁ今はその話はいいか。 

 それよりも、今はエマちゃんの猫耳についてだ。

 いつの間にか手に入れていたというのが気になるが、エマちゃんに聞いてもちゃんと説明してくれるかわからない。

 特段今は困っていないため、後で聞ける時があれば聞いてみればいいだろう。

 問題は、シャーロットさんが言っても聞かないという事は、実質エマちゃんに猫耳を外させる事が不可能だという事だ。

 さてどうするべきか――。


 俺はチラッと、エマちゃんに視線を向けてみる。

 するとエマちゃんは、自分の猫耳に手を伸ばして嬉しそうに弄っていた。


 ……知り合いに会わない事だけを祈ろう。


 猫耳を外させるのは無理だと判断した俺は、知り合いに会わない事を天に祈ってみた。

 祈っても効果がない事はわかっているが、気休めに祈るくらいは自由だろう。

 実際の対策としては知り合いに会わないよう遠出をする事だ。


 元々、シャーロットさんと一緒に遊んでいるところを知り合いに見られたらアウトなため、俺は遠出をする予定だった。

 だから特段困る事もないのだ。

 ただすれ違う人たちに変な目を向けられるだけで……。


『――んっ。おにいちゃん、だっこ』


 半ば諦め気分になりながら考え事をしていると、足元に来ていたエマちゃんが服の袖を引っ張ってきた。

 本当、この子はすぐに抱っこを求めてくるな。

 抱っこしてあげると凄く喜んでかわいいからいいんだけど。


『エマ、だめだよ? 少しは我慢しなさい』


 エマちゃんを抱っこしようとすると、珍しくシャーロットさんが間に入ってきた。

 ここ最近は諦めモードで好きにさせていたのに、方針を変えたのだろうか?


 姉に邪魔をされたエマちゃんは不満そうな表情でシャーロットさんを見上げる。

 その表情は《なんでじゃまするの?》とでも言いたげだ。


『どうしても抱っこしてほしいなら、私がしてあげる。だから青柳君に抱っこをお願いするのはもうやめてね』

『やっ……!』


 今度はシャーロットさんがエマちゃんを抱っこしようとすると、エマちゃんはシャーロットさんの手から逃げてしまった。

 そして、シャーロットさんの横を通り抜けて俺の足にくっついてきた。


『もう……! そんな態度とるんだったら、二度と抱っこをしてあげないからね!』


 さすがに避けられたのはショックだったのだろう。

 シャーロットさんはまたプンプンと怒ってしまった。


『おにいちゃん……。ロッティーがいじわるする……』


 シャーロットさんが怒っているからか、エマちゃんはウルウルとした瞳で俺に訴えかけてきた。

 涙目の幼女が上目遣いに見つめてくると、なんだか小動物が泣きついてきているように見えてしまう。

 正直に言うと保護欲が刺激されていた。


『あの、シャーロットさん。まだエマちゃんは幼いんだから、少しの我が儘は許してあげようよ』

『あ、青柳君まで私を悪者にするのですか……!』


 エマちゃんを抱っこして庇うと、シャーロットさんがショックを受けた表情をした。

 途端に表情が暗くなり、目に涙が溜まっていく。


『あっ、いや、違うよ! シャーロットさんが言ってる事は正しいと思うんだ! でも、幼い子は伸び伸びさせてあげたいっていうかさ……!』


 予想以上に傷ついてしまったシャーロットさんに俺は慌ててフォローを入れた。


 だけど、シャーロットさんの表情は元に戻らない。

 それどころか頬を膨らませていじけてしまった。


『青柳君はいつもそうです……。エマばかり贔屓して……』


 うわ、シャーロットさんそんなふうに思っていたのか……。

 確かに幼いからという理由で、俺は全てエマちゃんを優先的に考えていた。

 彼女自身も同じようにエマちゃんを優先していたから気にしなかったが、自分がするのと他人にされるとでは思い方が違ったのだろう。

 思えば彼女はたまに寂しそうな表情をしていた。

 もっと彼女の事を考えて言動すればよかった、と俺は今更ながらに後悔する。


『えっと、ごめん……』

『――あっ……いえ、そんな……。私のほうこそごめんなさい……。なんでもないです、気にしないでください』


 俺が謝ると、シャーロットさんがハッとしたような表情をして謝り返してきた。

 そして取り繕うように笑みを浮かべる。


 慌てて取り繕ったが、もう遅い。


 思わず本音を漏らしてしまった――という感じか。

 やはり俺が思っていた通り、彼女は普段から我慢をして取り繕っている。

 これからはもう少しシャーロットさんの気持ちを察せられるよう、彼女の機微に気を遣おう。


『ごめんなさい……』


 シャーロットさんが悲しい表情をしていたからか、それとも俺たちが謝りあっていたからかはわからないが、俺の腕の中にいるエマちゃんがシャーロットさんに謝った。

 結構我が儘な部分もあるが、きちんと謝る事が出来るのならこの子は大丈夫だろう。

 それに幼いのにやっぱりとても賢い。

 きっと大きくなれば立派な子に育つ事だろう。


 腕の中にいるとてもかわいく尊い存在が立派な子に育つ気がした俺は、不思議と温かい気持ちになるのだった。


 ――ただ、《この子を甘やかすのはやめられないかもしれない……》とも思ったが。

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